調査報告
セバスチャン視点
―コンコン―
この日わたくしはある書類を手に、屋敷内のある一室の扉をノックした。
夕食も入浴も終わっているだろう時分である。
わたくしが来る事を予見していたのだろう、彼は入室の許可を口にした。
数日前、同じ様にわたくしはこの部屋を訪れた。
その時は自発的にでは無く、呼び出された訳だが…
『セバスチャン、頼みたい事がある…』
齢五十三。骨身を惜しまず今迄お仕えしてきた身、頼まれればもちろん頭を下げる。
しかし、次期当主である彼から頭を下げられたのは初めての事だった。
それはとある女性の調査であった。
『頼む、どんな事でも何でも良い。調べて欲しい』
その切実な願いに私の胸は熱くたぎった。
・・・・・・・・・・
まずは調査対象の周り、両親から調べるのがセオリーである。
そこは庶民街の中に佇む一軒の食堂であった。
「いらっしゃいませー」
程良い活気と灯りが指す店内へ足を進め、空いている席に座った。
「何にしましょ?」
豪快な笑顔で恰幅の良い女性がメニューを見せた。
「では、チキンソテーを。あとオススメを何か一つ。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言って女性が厨房へと消えたと思ったら、料理を乗せたトレーを持って別のテーブルへと忙しなく足を動かしている。それとなく店内を見回す。客層は一見というよりはなじみ客の様だ。
店内で動き回る女性は一人、ならば彼女が調査対象の母親だろう。と目星をつけた。
「お待ちどうさまです!」
ガンッと勢い良く料理が置かれる。使われている食材の質は良くないが、口に入れて頷く。
(悪くない味付けだ)
良くも悪くも大衆向けの庶民料理、である。
それからじっくり食事に時間を掛け、店内に人が少なくなってから席を立つ。
「ごちそうさま」
厨房へ声を掛ける。厨房内は先程の女性の他に男性が一人だけいた。
女性が声に反応し、パタパタと厨房から出てくる。
「700ジンになります。」
財布の中から1000ジン札を取り出しながら探る
「そういえば娘さん、今日はいないんですか?」
途端に女性は訝しい目を向ける。
(ま、当然だな。)
「以前来た時見かけたから、どうしたのかと思っただけなんだが…」
もちろん嘘であるが、ちょっと困った様に笑みを見せると、女性ははっと表情を改めた。
「あら、失礼しました!御贔屓にありがとうございます。娘は今日、学校で…」
「あぁ!確かストレイジ学園、でしたか。彼女に前に教えて貰いました。」
「えぇ、そうなんです。全く困った子で…」
少しずつ女性の口が軽くなりだし、内心ほくそ笑んだ。
あの後、思った以上に話が弾み厨房から出てきた男性、父親とも話せた。
両親からある程度聞き出せた事に満足である。が、まだ足りない。
(彼は『どんな事、何でも』とおっしゃった。)
ならば、と先程聞き出した昔の友人とやらに話を聞いてみるか、と向かったのは学校から街中まで続く坂道の中程である。ここで待てば学校終わりの生徒達が出てくるだろう。
数時間後、坂の上の方からザワザワとした声が届き始めた。
(来たな…)
ある程度特徴も聞いていたので見つけるのに苦は無かった。
優雅な笑みを作り、目当ての女性陣の前で足を止めた。
「失礼、お嬢様方少し宜しいでしょうか?」
この年頃の女性にはこの話し方が一番好まれるし、警戒されにくい。
「この女性について伺いたいんですが…」
「え、あの…?」
この時の反応で大抵の事が分かる。
(なるほど…)
彼女らに『言いたい』という反応を見つけ納得する。
女性が『他人』に『言いたい』と思わせるとは、調査対象の女性はなかなか良い性格をしていたらしい。
「わたくし、こういう者です」
胸の家紋のバッジを見せる。この印はこの様な意外な所でも効力を発揮する。
女性たちの顔がぱっと明るくなった事を確認し、人通りの多いカフェの窓際の席へ案内した。
解放感は人の気持ちを緩め、混雑の中は人の口を軽くする。
女性とは集団になると更に饒舌になるのだな。と、感心しながらコーヒーで喉を潤した。
・・・・・・・・・・
そして今日、仕入れた情報全てを整理し報告に上がった次第である。
作成した文章を食い入る様に読み込み、彼は頷いた。
「感謝する。」
その言葉はわたくしに誇りを与えてくれた。が、次の瞬間耳を疑う言葉を投げかけられた。
「これを…セバスチャンはどう思う?」
調査、それもこういった人物調査をする際、大切なのは主観では無く客観である。
公平に中立に物事の事実だけを見る目が必要とされるものだ。勿論彼も、それを知っているはずである。
(承知の上で、それでも、わたくしの意見が知りたい…という事か…?)
両親は調査対象の事を少し夢見がちな少女であったと話した。
しかし、友人の話からそれは少し控えめな表現であると思った。
『わたしの居場所はここじゃない』と言っていたという少女。
(まぁ、友人に語っていた『自分が居るべき場所』は随分と夢物語ではあったが)
それからある日を境に見せる様になった『ストレイジ学園』への執着。
それは両親からも友人の話からも十分に伺えるものだった。
(さて、どう答えるか…)
彼の求める物が何であるか頭を悩ませながら、信頼されていると言う満ち足りた思いに久方ぶりに気持ちを高ぶらせた。




