Valentine―貴方の為の―
マリア視点
<3話同時更新しております。>
「マリアも店頭で、ココアを売ると良いよ。」
ディーにそう言われた翌年の2月14日。店頭で販売したココアは全て、完売した。
それをビートさんに報告すると、流石だな。と笑って、来年はセット販売しよう。と提案されたのは去年。今年はレオンのお店のチョコマーブルパンと一緒に売り出す事にした。
「ねぇ、バレンタインデー、生徒会長には何あげるの?」
聞き慣れない単語のはずなのに、いつの間にかバレンタインデーと言う言葉は定着していた。
「そう言うロッテは?レオンに何あげるの?」
未だにビートさんを生徒会長と呼ぶロッテの質問に質問で返すと、顔を真っ赤にして否定した。
「ち、ちがっ!ちがうっ!レオンは別に、雇い主ってだけだから!」
「あら、そうなの?」
わざと肩を竦めてみせると、ロッテはプリプリ怒りながら可愛く包装されたパンをテーブルに並べた。
「それにしても、男の人にチョコって…、ディーさんは良く思い付いたわよね。普通、男の人って甘い物が苦手なイメージがあるもの。」
「確かにねー。でも、レオンはチョコ好きだって言ってたよ。ナッツチョコが好きなんだって。」
「…それ、レオンが言ったの?」
無口な彼が?とココアが入ったポットとハートが描かれた紙コップを準備しつつ、ロッテの顔色を窺う。
「うん。先週いきなりねー。店番してたら、俺はナッツチョコが好きだから。って、突然言い出すんだもん。ビックリしちゃったよー」
レオンの声真似をしながらロッテが笑う。幼馴染故か、とても似ている。
「高いチョコより、安いチョコの方が好きなんだってー。変だよね。せっかく食べるなら、高い方が良くない?」
あたしに同意を求めるロッテの顔色は至って普通。赤くなる所か、ピンクにもなっていない。
「…、レオンも大変ね。」
え?何で?と狼狽えるロッテを見て、レオンに同情した。
その日、店頭で売り出されたココアとマーブルパンのセットは瞬く間に売れ、午後3時の時点で完売となった。去年より早い。
知って買いに来てくれた人も大勢いたが、見付けてついでに。と買ってくれる人も多かった。
「来年は、もっと色んな種類のチョコパンにしようかなー」
「そうね、ウチはココアの粉を2月から売りだそうかな。そうすれば、自宅で皆が作れるもの。」
お互いに来年の何となくの予定を立てる。普段あまり売れ行きの良くないココアも、期間限定で売り出せば意外に売れるかもしれない。今日の夜、両親とビートさんに相談してみよう。
「んじゃ、あたし、そろそろお店に戻るね。まだパンが残ってるだろうし。」
「うん。今日はありがとう。あ!帰りにちゃんと、ナッツチョコ買ってレオンに渡しなさいよ!」
「えー!無理だよー!渡せないよー!受け取って貰えないよー!」
口を尖らせて渋るロッテの両手を握った。
「大丈夫よ。お世話になっているお礼です。って言って渡せば、ちゃんと貰ってくれるわ。だって今日は、感謝を伝える日でしょ?」
「そっか…、そう、かなぁ…」
迷う背中を押す為に、深く頷いてみせる。ロッテは、頑張る。と頷いた。
決意を固め、鼻息荒く歩くロッテを見送り、あたしもお店に戻る。店番を手伝おうとすると、お父さんに止められた。今日は疲れただろうから。と、促されて早上がりさせて貰う。
たまにはビートさんを迎えに行こう。とストレイジ児童園へ足を向けた。それぞれの店でバレンタインにちなんだ物が売られていた。何度か『売り切れ』の文字を見かけて、ロッテは無事買えただろうか。と少しだけ心配になった。
ストレイジ児童園に着くと、調度ビートさんが出てくる所だった。
「ビートさん、おかえりなさい。」
「ただいま。マリアも、お疲れ様。」
いつもは玄関でする挨拶を今日は空の下で交わす。それが何だか可笑しくて二人で笑った。
遠くはない家までの道を、並んで帰る。手を繋ぐ事は滅多に無いけれど、付かず離れずのこの距離が、あたしには居心地が良い。見上げると、視線が合って、そうすると、肩を寄せ合う、この距離が。
家に帰ると、夕ご飯の支度。お母さんと並んで一緒に作る。ビートさんはお父さんと経営論を語り合って、時たま白熱し、喧嘩になる。大慌てであたしが止めると、何でも無いよ。と二人は慌てて拳を隠す。四人で食卓を囲んで、今日あった出来事や来たお客さん、新しい商品、生徒の事、新しい授業の話をする。皆で笑って、皆で悩んで、時に口論し、そして最後は「おやすみ」で終わる。
…こんな毎日が、愛しい。
夜、自室で生徒の宿題を作っているビートさんの前に、グラスに入った茶色いデザートを置いた。
「今日は、バレンタインなんです。」
「あぁ、今日は児童園でも皆にチョコを配ったな。でも、ごめん、マリア…」
そっとこちらへ押し返されるグラスを、もう一度押し戻した。
「知ってます。だから、これは、チョコじゃないの。」
甘い物が苦手なのは知ってる。だから、チョコと同じ色のコーヒーゼリーにした。
「なら、マリア、食べさせて。」
逃げようとしたあたしの腰を引き寄せて、膝に座らせたビートさんが口を開けた。
あたしは熱くなった指でスプーンを握って掬ったゼリーを彼の舌に乗せた。
「うん。美味しい。マリアも、あーん。」
今度はそのスプーンをビートさんが握ってあたしに差し出す。口を開けると苦みと仄かな甘味が広がった。彼の親指があたしの下唇を拭う。赤くなった顔を俯いて隠すと、柔らかな感触と共に額からリップ音が聞こえた。
「マリア、いつもありがとう。」
彼の甘い声に、あたしは溶けた。