Valentine―天邪鬼なわたし―
ディー視点
<3話同時更新しております。>
「うーん」
わたしは執事喫茶の今日の売り上げを見て、呻った。減った訳じゃない。少ない訳じゃない。
ただ、安定してしまったここ数か月。この様子だと、飽きられてしまう日がきっと来る。
「なにか、ないかなー」
(何か、こう、集客率が見込めて、楽しめるヤツ…)
ぼーっと何とは無しに真っ暗な窓の外を眺めたわたしの前に、ココアが置かれた。
顔を上げればランが立っていた。
「ありがとう。」
「いえ、いつもお世話になっているお礼です。」
コクリ。と甘い味を味わって、ホッとしたと同時にふと名案が浮かんだ。
「そうだ!バレンタインだ!」
「ばれんたいん?」
そうだった。この世界、乙女ゲームの癖にバレンタインが無いのだ。
今は1月。ならばとわたしは早速、来月に向けて店内用の掲示物を作り始めた。
カラフルな文字で『2月14日はバレンタインデー。好きな彼にチョコと感謝を贈ろう』と描いた大きい用紙を店内に飾り、『2月14日の特別メニュー“ブラウニー”』と題して各テーブルに置いた。
バレンタインが存在しないこの世界。なら、店から始めて徐々広めて行こう。果たして、この作戦は無事大成功となった。2月14日、店に沢山の女性客が押し寄せた。
特別メニューも大好評だった。店内で出す食べ物は、お客様用のみで執事が給仕するのが普通だが、今回の特別メニューは小さい正方形のブラウニーが四つ。執事とお客様、二人で分け合って食べても良いし、お持ち帰り用と称して綺麗にラッピングして帰りに手渡しも出来る様にしたのだ。
ちなみに、小さいサイズにしたのは執事の胃袋の為だ。
が、予想以上に来店数が多く、ランは胸焼けで控室に戻ってはフライドポテトを食べたり、ブラックコーヒーを飲んだり、虚ろな目で遠くを見たりしている。何人かは、店内に充満するチョコの匂いで吐き気を催し、恨めしい目でわたしを睨んでいる。
(みんな、ごめん!)
来年は、何か対策をしよう。と誓って、戦地(店内)へ向かう皆の背中を見送った。
夜、本日の売り上げを見てわたしは、上機嫌だった。勿論、売上が良かったのもある。
でも、それ以上にお客様から言われた「とても楽しかった」の一言が何より嬉しかった。
恥ずかしそうに頬を染めて執事にチョコを渡したり、仲良く二人で食べ合う姿は微笑ましかった。
何だかんだ言う割に店の執事達も、喜んでいた。「辛かったけど、自分がお客様に好かれているのが目に見えるのが嬉しかった。」と言ってくれた。
「あれ?オーナー、帰らないんですか?」
そんな言葉を思い出してホクホクしていると、後ろからランに声を掛けられた。控室から出て来た普段着の彼女を見て、時計を見る。時刻は7時。
「うん。もうちょっと残ってる。」
「送りましょうか?」
彼女の言葉に首を横に振り、大丈夫と答えた。
「あぁ。」
ランがニヤリと笑ったので、わたしはギクリとした。
「なるほど、なるほど。今日はオーナーを送ってくれる人が来るんですね?」
わたしは、バレてるのは承知で知らないふりをする。
「なるほど、なるほど。1つだけ残ってたチョコケーキはそういう訳ですか。」
からかわれて耳まで熱い。本当に止めて欲しい。早く帰って。
「でも彼、今日の日の事…知らないんじゃないですか?」
今日がバレンタインデーだと知らないんじゃないか?と聞かれて頷く。
「良いの。」
店内のバレンタイン関連の掲示物は既に撤去した。
今年から始まったイベントを彼が知らないのは当たり前で、だからこそ、良い。
「それで、良いのよ。」
今夜の彼は、それを知らない。
でも、来年は?再来年は?…毎年続けたその先で、いつか彼が気付いたその時、彼が知ってくれたら、それで良い。
それ位が調度良い。今の、まだ素直になれない、天邪鬼のわたしには、調度。
「そうですか。では、良い夜を。」
ランがそう言って店から出て行く。外からヒンヤリとした風が舞い込んだ。
きっと、もうそろそろ。寒い寒いと文句を言いながら彼がやって来る。
「今日、ケーキが余ったから、食べる?」
わたしは厨房で湯を沸かしながら、練習する。
「チョコケーキ好きだったよね?余ったよ。」
珈琲が良いだろうか、紅茶が良いだろうか。
「チョコケーキ、一緒に食べない?」
ミルクはあったかな?砂糖も用意しておこう。
シュシュッと湯が沸いた音と同時にカランッと店の扉の鈴が鳴った。
「あー、サミィ。寒いー。あれ?おーい、ディー?どこ?」
彼がわたしを探す足音が聞こえる。
わたしはわざと返事せず隠れて、緩む口元を抑えながらその音に耳を澄ませた。