表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/152

貴女とダンスを―下―

『今日の午後3時。告白の木の下で待っています。』


たったそれだけ。差出人の名前も書いていなかった。

しかし、告白の木の下と書かれているのなら、告白されるのだろう。とマリアは冷静に理解した。

一体誰だろう?と思い当らない同級生や上級生を思い出しながら帰宅し、制服から普段着に着替えた。

どちらにしても、断らなくちゃ。と一人頷きながら、告白の木を目指した。

両親に無理を言ってストレイジ学園に入学させて貰ったのだから、しっかり学んで、良いお婿さんを迎え、実家を繁盛させるのだ。恋愛事に現を抜かしている場合ではない。と…


しかし、告白の木の下で待つビートの姿を見付けたマリアは、思いがけない人物の登場に驚き、すぐ横の木の影に隠れた。

え?一体、どういう事?と慌て、誰かと間違った?と手紙の宛名を確認し、時間を間違えた?と文面を何度も読み返した。

しかし、どう見ても手紙の宛名には『マリア様』と書かれているし、午前でも夜中でも無い、午後3時と書かれていた。

恐る恐る、マリアが木の影から顔を出すと、こちらをじっと見ていたらしいビートと目が合った。

ひゃっ!とマリアの肩が跳ねると、ビートがにこやかに手を振った。

私?と口だけを動かし自分へ指差すと、そうだ。と言わんばかりにビートが大きく頷く。


おずおずと木の影から身体を出したマリアは一歩、また一歩と重たい足をビートへ向けた。

頭の中は『どうしよう』と言う単語しか浮かばなかった。

つい先程まで、断ろう。と決めていた心が揺れている事に、マリアは気付いていなかった。


『やぁ、マリア。』

マリアが自分の前までやってくるのをひたすら待って、ビートが声を掛ける。

『あ、あの…。ビートさん…』

頭の中がぐちゃぐちゃで、マリアは何も言えず、ただ相手の名だけ呼んだ。

『来てくれて嬉しいよ。』

初めて見るビートの笑顔は、太陽の様に明るく、マリアの目と心を惹きつけた。


『えっと…36、です。』

これから始まるだろうとマリアが淡い期待を抱いた告白はしかし、そうでは無かった。

クイズをしないか?から始まったビートからの穴抜け問題。

計算が一番得意だったマリアは、108+18×□□=756と言う問題を難なく解いた。

ビートが満足気に頷くと、次いで新たな問題が地面に描かれた。△☆+△□=☆□☆。

はて?とマリアが首を傾げる。

『同じ記号には同じ数字が入る。では、□の数字は?』

成程、面白い。とマリアが目を輝かせた。

繰り上がるのであれば、△の数字は少なくとも5以上、更に答えの百の位の☆が1以上になる事は無いから…と考えて「0」と答えを出した。

『流石だな。計算が得意なマリアには簡単だったかな?』


いくつか同じ様な記号問題を出されては、頭を捻り、解く。

すると、ビートが満面の笑みで、正解だ。と褒めてくれる。

いつの間にか告白の事等忘れて、マリアはビートが出す問題にのめり込んだ。

『では、最後の問題だ。』

そう切り出したビートが書き出した最初の記号は「ハート」だった。

”♡→× □ = ←♡”

またもやマリアが首を傾げる。ハートの隣にある矢印は、記号だろうか…。

『マリア、この式読めるか?』

『えっと…、ハート、矢印、かける、四角、イコール、矢印、ハート?』

『いや、違う。』

そう言うとビートが式を左からなぞり、その式を読んだ。


『私はマリアが好きです。どうしたらマリアは私を好きになってくれますか?』


「懐かしい、ですね。」

当時の、5年いや更に6年も前の事を思いだすと、マリアは何だか気恥ずかしい気持ちになった。

あの後、流されて告白を承諾してしまった。いや、『してしまった』のでは無い。だって、あの時、マリアは凄く嬉しかったし、確かに胸をときめかせたのだ。

それから密かに関係は続いた。自分達の関係を隠すつもりは無かったが、ひけらかすつもりも無かった。

マリアはビートを知る内に、優しさを好きになり、茶目っ気に胸をときめかせ、囁きに耳を奪われた。触れる手の優しさに泣きたい程の愛しさを見付け、意地悪がむしろ好きになっている自分に気付いた。

いつの間にかアルバートとレディーナには知られていて、以前レディーナに「ビートは本当に、マリアさんが好きなのね。」と何気無く言われた時マリアは、嬉しさと恥ずかしさで消えてしまいたい程だった。


「ビートさん」

あの時とは違う。呼び出された時、何も言葉を見付けられなかった当時と、言葉にしなくてはいけない事をはっきりと理解している今は。

「クイズを、しないか?」

お別れの言葉を。と口を開いたマリアをビートの言葉が止めた。

きっと、ビートも気付いている。マリアはビートの瞳を見て、確信した。


「勿論。」

マリアが頷くのを待って、ビートが手頃な枝を拾い、地面に描く。

“♡⇔♡ × □ =♡♡”

「ビートさん、この式は何と読むのですか?」

描き終わるのを待って、マリアが質問した。

「…。私は貴女が好きです。貴女も私が好きです。どうしたら一緒になれますか?」

「…、この式は、正しくありません。ので、答えは、…ありません。」

マリアは今迄の感謝も込めて、深くお辞儀をした。

楽しかった。嬉しかった。幸せだった。大好きだった。

顔を上げビートをしっかり見据え、きちんと笑うと、お別れです。と背を向けた。


「いや、答えはある。」

ビートは淡々と、まるで正解を知っているかの様に、マリアの背に告げる。

「いいえ、ありません。私はお店を辞める事は出来ない。でも、貴方の夢の邪魔も、したくない。」

「それでも、ある。」

「ありません!」

「ある。」

無いったら!と、振り返ったマリアにはもう、涙を堪える事は出来なかった。


「ある。マリアが実家を継いで、私が婿に入る。私は教師の仕事をしつつマリアを手伝う。それだけだ。」

「だって、でも…そんな事、普通じゃない。誰も、許すはず、ありません。」

「マリアは、誰の許しが欲しいんだ…?」

そう言われて戸惑うマリアをビートが引き寄せ、腕の中に囲うと、コツンと額を合わせた。


「マリアの御両親にも、私の両親にも説明し、承諾は貰った。アルバートとレディーナも祝福してくれるだろう。それに、ディーとロッテにも話した。二人とも喜んで応援すると言ってくれた。」

「でも、でも…。」

「批判も中傷も、覚悟の上だ。お店は確かに、最初利益は落ち込むかもしれない。でも、必ず盛り返せる。ディーとは執事喫茶で茶葉の店頭販売の話を進めているし、貴族の間で変わり種の紅茶を上手く流行らせて欲しい。と、アルバートに先日手紙を送った。きっと良い返事が来る。」

「だって、誰も…。」

「大丈夫だ、マリア。今は無くとも、夫婦二人で働く、それが普通になる日がきっと来る。と言うか、すぐ、だ。」

ビートは顔をマリアの肩口に埋めた。ビートがくすりと笑うと、くすぐったくてマリアが身体を揺する。


「ディーが執事喫茶を辞める訳ないし、ロビンが王家直属騎士を辞める訳ないだろう?だからきっとあの二人もそうなる。と言うか、そうさせる為に色々ロビンにアドバイスしたんだ。そうなって貰わなくては困る。」

肩口から聞こえた言葉にマリアが唖然とした。

最近、やたらとビートがロビンを構っていると思っていたら、そんな都合があったのか、と。


「マリア。どうか、頷いてくれ。私と、結婚して欲しい。」

マリアは混乱する頭の中、一つだけ理解出来た。

もう私は、頷くしか無いのだ、と。

ビートの手の中に落ちてしまったあの日から、自分は彼に捕まってしまっていたのだ。


「ありがとう、ビートさん。すごく、嬉しい。」

嘘、偽りの無い心からの喜びを込めてマリアが笑うと、すかさずビートが口付けを落とした。

「私はあの日、1年の教室で、疑われていた同級生をマリアが庇った日、マリアの笑顔に、惚れたんだ。」

覚えてるか?とビートに問われ、突然のキスに戸惑いを隠せぬままマリアは首を横に振った。


庇った事は覚えている。でも、笑った記憶は無かった。

「疑われている生徒を庇ったあの日、マリアは笑ったんだ。私がついてるから、もう大丈夫、と。そして、終了式の日にも。頭を下げたその子に、お互い笑顔で今日が迎えられて良かった、と。私はその子が羨ましかった。私もマリアから笑顔を向けられたい、とそう思った。気が付けば手紙を書いて、下駄箱に入れていた。」

マリアは目を見張った。

ずっと疑問だった、接点が殆ど無かったはずのビートに告白された理由が今、ようやく分かったのだ。


二人の間に風が吹くと、遠くからワルツが聞こえた。

今は5月。今月末行われる学園恒例のダンステストの為、ワルツが流れているのだ。

その事に気付くと間もなく、ビートがマリアに迫った。

「び、ビートさん!?」

「ずっと、…羨ましかった。」

マリアの右手をビートの左手が包む。そっと背中に腕が回され、包まれた。


「毎年、マリアが誰かと踊る度、誰かの手を取る度、…羨ましかった。」

「まさか、ビートさんが?」

「まさか、妬かないとでも思ったか?」

片方の口角だけ上げたビートが、リズムに乗ってステップを踏んだ。慌ててマリアが続く。


「これから先、マリアの笑顔は私だけの物だ。」

ずっとマリアが夢見ていた、時には羨ましくてレディーナに嫉妬までした、好きな人とダンス。

今迄と、これからを想ってマリアの胸が詰まった。

ビートが、潤むマリアの目元にキスを落とす。


「マリア、笑ってくれ。」

言われ、一筋涙を零してからマリアが笑った。

「び、ビートさんも、私の物なんだからっ。」

言われ、目を大きくしたビートが満足そうに笑って頷いた。


これで完結となります。

最後までお付き合い頂いた方々、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ