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貴女とダンスを―中―

全ての子供達を送り出し終わるとビートはマリアの手を握った。

「時間、少し良いか?」

勿論、とマリアが頷いて応える。今日はマリアもそのつもりで来たのだ。


「今日のワンピース、可愛いな。」

どこへ向かうのか、マリアの手を引くビートが振り返って笑う。

マリアはそれだけで、胸がきゅんと痛んだ。

「れ、レディーナ様に選んで頂いたの…。」

今日は特別な日、そう決心したマリアが勇気を出す為に選んだ一番のお気に入りのワンピースだった。

「そうか。レディーナは元気か?」

そんなマリアの決心に気付きもしないビートが笑う。


ビートは卒業後、アルバートにもレディーナとも会っていない。しかし本来、庶民と貴族の関係はこれが正常で、マリアとツバサを毎月招待するレディーナが異例であった。

「えぇ、元気だけど…悪阻が酷いってリーナさんが言ってた。」

卒業して5年が経ち、レディーナは待ちに待った子供を授かる事が出来た。

しかし悪阻が酷く、先月マリアが訪れた際レディーナは、ベッドの上でぐったりしていた。

「はは、アルバートの慌てふためく姿が目に浮かぶな。」

「えぇ、そうね…。」

楽しそうに笑うビートに対して答えるマリアは固かった。


「ロビンはディーと同棲を始めたんだって?」

「ディーさんはルームシェアだって言い張ってるけど…。」

両親、御近所への挨拶をすませ、すっかり外堀を埋めた抜け目の無いロビンはある日、堂々とツバサの実家のツバサの隣の部屋に住み込んだ。

最初「ロビンが居着いた…」と嫌そうな顔をしていたツバサが次第に、「全然出て行く気配が無い」「両親もグルだった」「もう、何か、めんどくさい。」となり、絆されるのも時間の問題だ。と、マリアは思っている。


くっくっく、と笑うビートをマリアが窺うと、とても楽しそうに目を細めていた。

また、ズキンッとマリアの胸が痛む。

告白の時以上に緊張するなんて。とマリアはその時を思った。

自然、握っている手にぎゅっと力を込めると、きゅっときつく握り返される。


マリアは一人娘だ。そして、実家は商売をしている。

女性が表だって商売をするには、伴侶に先立たれて。や、孤立無援で止む無く。等仕方ない理由がいる。そうでない限りは、男性が表に立ち女性が裏で支えるのが普通だ。

だからマリアは、実家の商売を担ってくれるお婿さんを探さなくてはいけない。


ビートには兄弟がいる。しかし長男だ。

そして、高給取りと言われる教師の道を選択した彼に必要なのは支えてくれるお嫁さんだ。


二人の道が重なる事は、無い。

分かっていた。分かってて、それでもマリアは最後の希望に掛けていた。

ビートが教育試験に落ちれば。そんな最低な事を願った。

しかし彼は合格し、自分の夢を無事、叶えた。

かと言ってマリアに実家を捨てる選択は出来ない。

大好きな両親が大切に守って来たお店だ。

自分だってその仕事が大好きなのだ。


仕方ない。そう諦めを心に決めたマリアをビートが呼んだ。

「マリア、この場所を覚えているか?」

見慣れた、そして懐かしい景色。大木が並ぶ雑木林。その中に一際目立つ大木がそびえ立っている。

「…告白の木」

誰がそう呼んだか知らないが、庶民の間で知らない者は居ないその木の名。

ストレイジ学園の裏手、正式名称は知らないが、誰もが『告白の木』と呼ぶその下で、告白をし見事結ばれた二人は永遠に幸せになるのだと言う、言い伝え。

そして二人にとって、とても大切な、思い出の場所だった。


マリアがビートの名を知ったのは、ストレイジ学園入学したての1年の時だった。

『また、…1番だ。』

貴族にしか興味が無いと言っても過言では無いマリアが唯一、何度も目に入れ、覚えた名前。

それは学期末テストでも、クラス内テストでも、必ず一番上にあった。


1年生の時、マリアとビートは同じクラスだった。

とは言っても、マリアの目はいつでも貴族の御子息と御令嬢を追っていたし、ビートの方も教科書の文字と教師が書く黒板にしか興味がなかったので、二人に何の接点も無かった。

1年間の間にあった接点は唯一、一度だけ。

クラス内で盗難騒ぎがあった時、誰もが疑う少女をマリアが庇った事があった。子供と言うのは時に残酷な物で、いつの間にか疑われた少女より、マリアへの風当たりが強くなり、マリアは次第に孤立した。

でも、その中でビートだけが、マリアを非難する事も、誹謗する事も無かった。

かと言って、庇う訳でも宥めてくれる訳でも無かったが。


そんなある日、クラス内テストで1位がビート、2位がマリアだった時があった。

「カンニングしたんじゃない?」「教師に色目使ったのかも。」「ありえるぅー」

教師から答案用紙を返却される後ろで、またマリアの陰口が囁かれた。

マリアは気にしなかった。いつもの事だと、何なら得意気に答案用紙を受け取った。

『君達…』

そんなザワザワした中、声がした。酷く明瞭な、とても通る声だった。

『陰口を言う暇があったら勉強したらどうか?君達は何の為に学園に来ている?…耳障りだ。』

思えば、それが初めてマリアがビートの声を意識して耳にした瞬間だった。


見目よく、真面目で、優秀な同級生であるビートに言われたからか、マリアへの風当たりは止んだ。

途端、掌を翻した様に勉強を教えてくれと寄りつき、一緒に帰ろうと誘われる様になった。

そして無事に1年間を終え、終了式の日。

下駄箱に一通の手紙が入っていた。

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