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執事喫茶にて―後―

バチバチ火花を散らしているアルバートとランを放置してツバサはレディーナの手を引いた。

「準備するから、ゆっくりしてて。」

そう言って案内したのは、店の真ん中にある金糸で縁取りされた大きな赤いソファだった。

店内にはその他にも青や緑、ピンクや黄色等様々な色のソファがあったが、これが一番大きかった。

促され、テーブルを囲うUの字のソファの真ん中にレディーナが座ると、追いかけてきたアルバートが隣に座った。


「オーナー、手伝います。」

厨房にてレディーナの為の紅茶を準備中、後ろから声を掛けられツバサは振り返る。

「ありがとう、ラン。そこのお皿にこっちのケーキをお願い。」

指示された通りランは、薄黄色のお皿を2枚食器棚から出して、残しておいた二人の為のケーキを慎重に移した。柔らかいシフォンケーキだ。

その周りに手際良く、ソースやクリーム、砂糖菓子で可愛く飾り付けし、トレーに乗せた。


「楽しそうですね」

湯が沸騰するのを待っていたツバサは、無意識に鼻歌を歌っていた自分に気付いて顔を赤らめた。

一応、そんな事ないわ。と気取ってみたが、くすくす笑うランには御見通しの様である。

「オーナーが嬉しいと、私も嬉しいです。」

白い陶器のカップをランが3つ並べる。その器にツバサは沸騰したお湯を入れた。


「今、私がこんなに毎日楽しく過ごせるのは、オーナーのお陰です。」

「ラン…」

見上げれば、本当に楽しそうにランが笑ってみせた。

ランが男装している女性である事は、オーナーであるツバサと本人、ランだけの秘密である。

女性にしては高すぎる背、広すぎる肩、低すぎる声。男性的な明け透けな、裏表のない性格。それがこの店での、彼女の魅力となった。

「お互い様よ。わたしも貴女に随分助けて貰ってるもの。」


カップに入れたお湯を捨て、白地に青い花模様が描かれた陶器のポットに少し温度が下がった温かいお湯を入れ、それもトレーに乗せるとランは軽々と持ち上げた。

さぁ、オーナー。行きましょう!と促され、本当に楽しそうね。とツバサが笑って答えた。


「ラン…って言ったかな?何でそこに座るの?」

レディーナ達が座って待つテーブルへ給仕を終えるとランは、当たり前の様にアルバートとは反対側のレディーナの隣に座った。

「私の仕事は給仕ですから、こうしてお側に控えております。」

「いや、そこに座る必要ないよね?って言うか、執事は座らないから。」

「さ、オーナーはこちらへどうぞ。」

「う、うん。」

レディーナとは反対側のランの隣に促されてツバサが座る。


「座るにしても、君達普通は逆じゃない?」

「さ、レディーナ様、こちらを。オーナーにもお注ぎしますね。」

非難しつつレディーナを自分に寄せたアルバートを無視してランは左右の花、それぞれに紅茶を注いだ。

怒ってる。アルバートがマジで怒ってる。とツバサは思う。

しかし、でも、まぁ、良いか。と流した。

普段からレディーナを独占するアルバートを面白く無いと思っていたツバサの心が晴れてスッキリしたから。


「あーーー!!!」

突然聞き慣れた、しかし、今聞くとは思わなかった声が後ろから割って入ってツバサが振り返った。

「ロビン!?なんで??」

その人物を視界に入れてツバサが驚く。店の入り口に、ロビンが口を大きく開けて立っていたのだ。

今日来る日じゃ無かったでしょう?と座ったままツバサが問えば、明りが点いてた。とロビンは口を尖らせた。

「って言うか、お前!何でディーの隣に座ってるんだよ!」

レディーナとツバサに挟まれたランの手をロビンはぐいぐい引っ張った。

引っ張るロビンと引っ張られるランの間にはテーブルがあり、ランが引かれる度テーブルが揺れ、並々に注がれた紅茶が揺れる。

「ゴホンッ」

「…え?アルバートさん?レディーナさんも…」

零れない様に、レディーナと自分のカップを持ち上げたアルバートが咳払いすると、ランとツバサしか見えていなかったロビンがようやく、もう二人居た事に気付いた。


「あー!もう、紅茶が零れちゃったじゃないっ!スカートに染みができちゃう!!」

突然ツバサが立ち上がった。先程の揺れで零れた紅茶がツバサの白いスカートを汚していた。

ご、ごめん。と慌てるロビンを、もう知らない!とツバサが怒る。

ロビンが厨房へ向かうツバサを追いかけたかと思うと、しゅんと項垂れてレディーナ達の元へ帰って来て一言、お前のせいだからなっ!と、ランを睨んだ。


厨房へ足を踏み入れたツバサは、急ぎスカートの紅茶の染み部分の下に布を入れ、上から濡れ布巾でポンポンと叩いて染み抜きをした。

マリアから教えて貰っておいて良かった。と染みが消えたお気に入りのスカートにホッと息をつく。

そのスカートは先月、ロビンの買い物に付き合わされた時、買って貰った物だった。

暇なら、と半ば強引に付き合わされた買い物の帰り道、窓際に飾られた白いスカートに目が惹きつけられた。店内から顔を出した店員に強引に勧められ、ロビンに煽てられ、試着した。

店員が言う「良くお似合いです。」より、ロビンが顔を赤らめながら言った「…悪くない。」の方が断然嬉しかった。

だからお気に入りで、だから大切で、だから汚したくなくて…。

自分の思考にツバサは少しだけ赤くなった顔をフルフルと左右に振って落ち着かせた。


「お前、早く帰れよ!」

「ま、まぁ、ロビンさん。落ち着いて。」

「あぁ、レディーナ様。なんてお優しい。」

「ちょっと、レディーナの髪に触らないで貰える?」


ツバサが厨房から戻れば、店の中央でランにロビンがつっかかっていた。それを無視するランの姿は珍しい物ではない。ツバサの側にいつも居るランが気に食わないと、月に何度か訪れては文句を言うロビンを飄々とかわすランは、この店では良く見る光景だ。

今回はそこに割って場を宥めようと執り成すレディーナがいて、からかう様にランが受け、静かに怒るアルバートがいる。


はぁ。と一つため息をついたツバサは、我関せずと席に戻って紅茶をこくりと口に入れた。

さすがマリアのオススメなだけあって冷めても美味しい。と一人心の中で驚いていると、お尻に揺れる衝撃と共に体が左に傾いた。

え?とツバサが左隣を見上げれば、びっくりする程近く、それはもう、肩と肩が触れる程近くにロビンがいた。

ランとバチバチ火花を散らすのをアルバートと交換したようである。


背が伸びたな。と隣に座ったロビンをツバサは感慨深く見詰めた。

学園にいた頃は目線が同じ高さだった。それが今では見上げる程である。アルバートやランと比べればそれでも小さいが。

顔付きも幼さが薄れ、精悍さが目立ってきた。子供の様な柔らかい印象だった体格も、今では筋肉で引き締まった印象だ。


ふと、ソファの背もたれにロビンの腕が回されてツバサの体が強張った。

肩と肩が触れ合う程密着し、背中に逞しいロビンの腕を感じれば、次第に体の熱が上がって行く。

ちょ、ちょっと!とロビンを睨み上げたが、ん?と何でもない顔で返され、ツバサは言葉に詰まった。

これでは自分だけが意識している様ではないか。

この天然タラシッ!と心の中で毒付けば、ロビンの顔が近付いて来た。

固まるツバサの肩口に顔を寄せたかと思うと、くんくんと嗅がれて更にツバサは赤くなった。

「ちょ、ちょっと、何よ!」

「…ん。良い匂い。石鹸変えた?」


限界だった。ツバサには、もう、限界だった。


バチーーンッ!


店内に乾いた音が響き、ロビンは―泣いた。

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