伝えたい事
「凄く、困らせる事だと分かってる。伝えたいだけで、叶えて欲しいって訳じゃないの。ただ、想ってる事を素直に伝えたい。」
そう言うと、レディーナは姿勢を正した。合せてアルバートも姿勢を正す。
「私、アルバートの婚約者に戻りたい。」
それを聞いた途端、困った様に表情を崩したアルバートに、レディーナが慌てて言い募る。
「あの、今ディーが婚約者だって分かってる!無理な事言ってるのも分かってる。だから、希望…って言うか、願望。いや、違う。思ってるだけ!だけだから!」
わたわたするレディーナを立ち上がったアルバートの腕が抱き締めて落ち着かせた。
「やばい…」
最初にレディーナに告げられた一言はそれだった。
やばい?何が?とレディーナがアルバートの腕の中でプチパニックを起こして数分後、
「言葉にされると、こんなにクるんだな。」
そう零したアルバートが、腕の締め付けを強くした。
「レディーナ、俺は言葉にする事をわざと避けてた。口から出るのは嘘か腹の探り合いばかりの貴族社会の中で、口にすれば、それが逆に軽くなってしまいそうで、怖くて。…言えなかったんだ。」
アルバートは腕の拘束を解いてレディーナを解放し、そしてレディーナの両頬を包んだ。
見上げるレディーナの紅茶色の瞳とアルバートのガーネットの瞳が交わる。
「でも、言うよ。この気持ちは言って変わる様な、そんな軽い物じゃない。」
「レディーナ、俺はお前が愛しくて仕方ない。その不器用な一生懸命さも、心を見る澄んだ瞳も、欲の無い真面目な心も、人を気遣い想う深い愛情も。お前の全てが愛しいよ。」
「…ほんと?それ、本当に?」
「あぁ、本当だ。レディーナ、婚約じゃなくて、結婚して欲しい。」
ポロポロとレディーナの目から涙が流れ伝い、包むアルバートの手に吸い込まれる。
「じゃ、じゃあ、ディーを説得しなくちゃ。」
「あぁ、それなら心配ない。」
アルバートは数日前のディーとのやり取りを思い出して笑った。
「婚約者の目の前で浮気する男はお断りだって。」
「…へ?」
アルバートの答えにレディーナが目を点にした。
と言うか、元々ディーにそんなつもりは無かったのだから当たり前である。
婚約披露に出席するのに、庶民の身では無理だったので、アルバートと婚約したのだから。
「捨てられた男じゃ駄目か?」
「…、ううん。嬉しい!駄目じゃない。アルバートがいい。」
昔の幼い頃の様に、にこーっとレディーナが笑った。
「レディーナ…」
それに対して、アルバートが艶っぽく名を呼ぶ。
乞う様なアルバートの視線が、レディーナの瞳から唇に移り、もう一度瞳に戻った。
「だ、ダメ!!」
それに何かを察したレディーナが慌てて自分の唇を手でガードした。
「ここ外よ!?誰か見てるかも知れないのに!!」
「大丈夫、誰も見てない。」
「そういう問題じゃないわ!第一、婚約前の口付けは禁止されているのよ!」
「もうすでにしてるだろ。1回も2回も変わらないさ。」
「な?レディーナ。」
魅惑的なアルバートのお願いについ、レディーナの力が緩む。
アルバートがレディーナの手首を掴み、促す様に下げる。
その手は抵抗する事無く、下げられた。
アルバートがそれに満足し薄く笑むと、宥める様に優しい瞳でレディーナの唇に近付く。
「んっ」
初めての、優しい羽根の様なキスと違い、2回目のキスは柔らかく、ついばむ様に何度も何度も角度を変えては口付けられた。
「ん、んんー、んんーーー!」
レディーナがあまりの長さに抗議し声を上げると、ようやく唇が離される。
「ある…っ、んんーーーー!!!」
離されたかに思えた唇は、ただの休憩だったようで、すぐさまレディーナの唇に戻った。
今度のキスは何度かついばんだ後、ペロリと唇を舐め、ちゅっとリップ音をさせて離れた。
はー、はー、と肩で息をしながらレディーナがアルバートを睨み上げる。
「い、1回だけの約束だったのに…」
「そんな約束してない」
残念な事に、潤んだ瞳で睨まれてもアルバートには逆効果だった。
「これでも我慢したんだ」
「全然よ!って言うか慣れてない?」
「まぁ、初めてじゃないしな。」
その言葉にレディーナが、まさか、やっぱり、ディーと?と小さく零した。
愕然とするレディーナにアルバートがデコピンする。
「忘れたのか?」
「何を…?」
「初めてじゃないだろ?したろ?教会で」
今の衝撃ですっかり忘れた、羽の様なキスを思い出し、レディーナが恥ずかしがって頬を染めた。