あの日の裏で
あの日…アルバートが父親からレディーナとの婚約解消を持ち出されたあの日。
ビートからアルバートに届けられた手紙には文字が一行だけ書かれていた。
『策がある。』
数日後、アレクの言葉にアルバートが涙を流す数時間前、ビートとアルバートとアレクは国営騎士団施設の中にあるアレクの部屋に集まっていた。
「まずは確認させて下さい。」
ビートの投掛けに、対面に座ったアレクとアルバートが頷いて応えた。
「今の状況のまま、レディーナを救える可能性はどれ位ありますか?」
「限りなくゼロに近い。罪に対しての再調査を依頼するも、圧力を掛けられて受け入れて貰えない上に、面会も許されず、連れ去る事も逃がす事も出来ない。要するに、何も出来ないのが現実だ。」
アレクの答えに、その通りだ。とアルバートも頷く。
「多分ですが、今の状況ではどうやってもレディーナとの面会は許されないでしょう。」
そこでビートが一旦言葉を切り、鋭い目をアルバートに向けた。
「アルバートとレディーナの婚約が解消されるまで。」
向けられた言葉にカッと怒りを露わにして、アルバートがビートへ詰め寄り胸ぐらを掴んで、持ち上げた。
「それを回避する為の策があるんじゃないのか!」
「違う。レディーナを救う為の策があるんだ。」
「それなら認められない!」
「ならば、レディーナは救えない。」
怒鳴るアルバートに対して答えるビートは落ち着いていた。
落ち着いて、アルバートの怒りを受け止めた。
「アルバート、取り敢えず話を聞いてみよう。」
アレクがアルバートを宥め、落ち着かせ、座るよう促す。
こんな時セバスチャンが居れば、珈琲の一杯でも出てくる場面であろうが、生憎それが出来る者はこの部屋にはいなかった。
ドカッとアルバートが椅子に戻ると、アレクがビートを促す。
「今の、会う事も許されない状況では、レディーナを逃がす事は出来ない。しかし、もし仮に逃がせたとしても、脱獄の罪を着せられて永遠に追われる事になるのも間違いない。」
「守る。罪を着せられ、追われる身となったとしても。今の地位を捨ててでも。守る覚悟がこちらにはある。」
「それは、素晴らしい。」
アレクの模範的な解答にパチパチとビートが拍手した。
「素晴らしい、が。」
拍手していた手を止め、口元を緩め、アレクへ目を向ける。
「素晴らしいが、世間知らずだ。」
「なっ!!」
貴族に対して何とも無礼な態度と言葉遣いである。
これがラッセルであったなら、即、ビートの頭は身体と別れる事になったかもしれない。
しかし、それでもビートは続けた。
「地位を捨てて、どうレディーナを守るつもりですか?権力の無い人は弱い。どうやって貴族や王族から彼女を守るおつもりですか?金は?住む土地は?家は?仕事は?」
ビートの責め立てに、ぐっとアレクは言葉を詰まらせた。
「なら、どうすれば良い。」
地を這う様に、低く呻るアルバートの声。
「ある。レディーナを取り戻し、バレンティン家も守れる方法が、ある。」
アルバートが睨む様に、アレクが縋る様に、ビートの言葉を待った。
「しかし、これは賭けだ。」
ビートの話を要約すると、こうだ。
会わせて貰えないなら、会える場に行って奪う。婚約披露、まさにその日に。
皆の目の前でラッセルを怒らせ、手を上げさせる事が出来れば、それを口実にラッセルを拘束する事も、レディーナを保護する事も出来るのではないか。
その上でレディーナの不足を理由にこちらから婚約を破棄すれば良い。周りの者を証人に。
皆の手前、破棄された婚約をもう一度迫る事は、ラッセルのプライドが許さないだろうから、レディーナが追われる事は無いはずだ。
何なら、唇を奪ってしまえ。とビートは軽く、言う。
「出来ない!レディーナと婚約を解消なんて…そんな事をしたら、きっと。」
きっと、…レディーナは受け入れてしまう。
この作戦に必要で、最も重要な事は、レディーナがラッセルを拒否する事。
拒否していないのに保護すれば、今度はこちらが犯罪者になってしまう。故に、拒否無しにこの作戦は成り立たない。
レディーナ自身が拒否し、ラッセルが逆上してようやく、拘束する事も、レディーナを保護する事も出来るのだ。
しかしそれは、レディーナが一番苦手とする事だった。
嫌われる事を恐れる故にレディーナは、自分の気持ちよりも周りが望む自分を優先する。
それを、ここにいる誰もが分かっている。だからこそ、ビートは賭けだと言ったのだ。
もし、その場でレディーナが受け入れてしまったら、その時は、全てが終わる。
「悪いが、その作戦は受け入れられない。」
たった一言落として、アルバートは席を立ち、退室して行く。
「色々と考えて貰ったのに、悪かった。」
「こうなるだろうな。とは思っていましたから。」
アレクとビートが同時に笑みを零し、そしてそれはすぐに消えた。
その年の末、アルバートが婚約を解消した事が、作戦承諾の合図だった。