婚約披露
バシーンッと鋭い音が教会内に響き渡った。
しかし、左頬への衝撃を覚悟して目を瞑ったレディーナを襲った衝撃は、ドンッと体を後ろへ押される衝撃だった。よろめき、レディーナは尻もちをつく。
次いで声が聞こえる。
「レディーナをいじめて良いのは、わたしだけよ!」
聞き慣れた声にはっとレディーナは顔を上げた。
見ればピンク色の、いや、桜色のドレスを着た女性が、小さな身体で大きく手を広げてレディーナを庇っている。
まさか。混乱する頭で、まさかの人物が思い出されて、更にレディーナの頭は混乱する。
「女の分際で、私に逆らうか!」
一瞬怯んだものの、我を取り戻したラッセルが目の前の女性を怒鳴りつける。
ツバサ!!と思った所で、凛と通った声が響いた。
「失礼、婦女暴行の現行犯です。被害女性達はこちらで保護させて頂きます。」
そう言うや否やアレクがラッセルの腕を掴むと、後ろに捻り上げ拘束した。
「皆様、動かないで頂きたい。」
ラッセルを助けようと、又はレディーナを捕えようと動き出した招待客を一睨みすると、アレクが胸元の笛を吹いた。
バタンッと教会の扉が開いて現れたのは、レディーナが見た事のある黒色の制服を着た、国営騎士20人程だった。サッと素早い動きで招待客の周りを固める。
「レディーナ。」
呼ばれてその時ようやくレディーナは、後ろで自分を支えてくれている温もりに気が付いた。
後ろを見上げれば、ガーネットの瞳がレディーナの目に映った。
アルバート。そう名を呼ぼうと口を開けたが、声にならなかった。
「レディーナ、ごめんね。」
謝罪の言葉を口にしたアルバートの指が、レディーナのあごをくいっと持ち上げる。
え?と思う間も無く、優しくアルバートの唇がレディーナの唇に触れた。
それは羽の様に軽い口付けだった。
レディーナが理解し頬を染める間もなく、威厳のある大声が教会内に響く。
「ラッセル様、娘が不義を働きまして、申し訳ございません!」
まったく申し訳ない顔をしていないジゼルが、ラッセルを睨み胸ぐらを掴んだ。
「こんな娘、ラッセル様には勿体無い!」
触れる程近い距離で大声を出されて、ラッセルの耳がキーンと鳴った。
「お手間は取らせません!こちらから婚約破棄させて頂きます!」
申し訳ありませんでした!と頭を下げたジゼルの石頭がラッセルの頭に直撃して星が舞う。
「こんな娘を皆様の前に晒すのも恥ずかしい。失礼させて頂きます。」
まったく訳が分からず大混乱のレディーナを置いてジゼルは出口へぐんぐんと歩を進めた。
は?え?と右へ左へキョロキョロしているレディーナの膝下と背中へ腕を回してアルバートが横抱きにする。
「レディーナ、お家に帰ろう。」
事後処理をすると言うアレクと国営騎士団を残して、アルバートは颯爽と教会を後にする。
教会の扉を出て、唖然とするシスターの前を堂々と歩き、廊下を渡り外へ出ると、既に馬車が待っていた。
「レディーナ様!!」
馬車の扉を開いて、マリアが喜び手を振っている。
ここに来てようやく、自分は助かった。という事だけ理解出来たレディーナの目から涙が零れた。ポロポロと涙を流すレディーナを強く抱きしめて、アルバートは馬車の中へ入って行く。
馬車に入ってもレディーナは相変わらずアルバートの膝の上で横抱きにされていた。
見上げれば、微笑むアルバート。
対面へ目を向ければ、優しく笑む父ジゼルがいた。
「そう言えば、マリアさんとディーは?」
もっと言うべき事があるだろうに、人の事を気にするレディーナがレディーナらしくて、アルバートがくすっ。と笑い声を漏らした。
「二人は街の馬車で帰るそうだ。」
「そう…」
「「レディーナ、おかえり」」
迎えてくれる二人のその言葉が嬉しくて、温かさが懐かしくて。
じわじわと実感と共に胸に温かさが広がる。
アルバートの膝の上で、ただいま。と久しぶりにレディーナは心から笑った。