婚約披露―教会内―
レディーナ視点
まず、目に飛び込んできたのは光だった。
目の前の大きなステンドグラスから透けた光が私の足元まで伸びていた。
照らされた道を、お父様にエスコートされ歩く。
その道の先で待つのはラッセル様。
沢山の見知らぬ誰かが、おめでとう。と口にする。
その度、泣きそうになるのを堪えた。
あと数歩でラッセル様に届く。と言う所で名を呼ばれた。
見れば、アルバートが立っていた。
ツン。と鼻の奥に痛みが走った。一気に涙腺が緩む。
溢れる。と思った所で目に入った。アルバートの隣にいる、ピンクのドレスを着た女性の背中。
(あぁ、彼女が新しい…)
涙を堪える為か、彼女から逃れる為か。
目をきつく瞑ったのは無意識だった。
「アルバート、幸せになってね。今までありがとう。」
伝えた声は震えてしまった。
そうして一歩踏み出すと、また名を呼ばれた。
「お兄様…」
「レディーナ。」
お兄様がいつもと変わらない笑顔を見せる。
久しぶりで、懐かしくて、心の奥がぐっと詰まった。
「可愛いレディーナ。例え何者になろうと、私は君の味方だ。」
優しい言葉に涙が一粒だけ、零れてしまった。
「レディーナ、こちらへ。」
ラッセル様の声が濁って聞こえた。
見ればこちらへ差し出された手。
手に手を乗せるとぐっと掴まれ強引に引かれた。
(全然、ちがう…)
彼はもっと優しく包んでくれた。大切な物を扱う様に。
手を引いてくれた。迷わぬ様に、転ばぬ様に。
「この女性との婚約の許しを得たい。誰か異議を唱える者はいるか」
ラッセル様が招待客へ向かって声を上げる。
身じろぎ一つ、誰もしない。
「との事だ、神父。」
「はい、畏まりました。」
その言葉を聞いてはっと顔を上げた。
ラッセル様を見上げても、目が合う事は無かった。
いや、今日は一度も目を合わせてもいない。…違う。それは、今日だけじゃない。
(ちがう…)
違う。全然、違う。こんな時、顔を上げれば必ずそこに、こちらを見る優しい目があった。
「宜しいですね?」
神父が尋ねた。私に。
…そう、私に。
『私も、アレクも、お前の幸せだけを願っているよ。』
『可愛いレディーナ。例え何者になろうと、私は君の味方だ。』
『会いたかったよ。ずっと。』
「…ぃ、や。」
貰った沢山の言葉が胸の奥で溢れた。
「いや…、嫌です。」
でも、言葉だけじゃない。貰った愛は。
「なんだと?」
呻る様に低く落ちる声、表情を消したラッセル様が怖い。
(でも嫌だ。他の誰でも無い、私は嫌なのだ。)
掴まれた手を必死に振り払って剥がす。
「いや!!私、嫌です。貴方と婚約なんて、絶対いや!!」
その時、ラッセル様の右手が上がるのを見た。
ぶたれる。そう覚悟して目を瞑った私を襲った衝撃は、想像していたものとは違った。