婚約披露―扉の前―
レディーナ視点
連れられた教会の入り口、閉じられた扉の前、お父様が迎えてくれた。
「レディーナ、とても、綺麗だよ。」
目尻にある涙は私とお揃い。
「お父様、来てくれてありがとう。」
大勢の人を招待したラッセル様に対して私の招待客は少ない。
私の家族とアルバートのみだ。と、ラッセル様に教えられた。
招待したのは勿論、私では無い。
「レディーナさん、こちらを。」
シスターからドレスに合わせた白いレース付きの帽子が渡される。
それを頭に乗せると、透ける程薄いレースが私の顔を覆う。
未成年である私の公表を控える為。と言う名目だが、その役目は全く果たされていない。
「心の準備が整いましたら、お知らせください。」
二人のシスターが扉の前に控えた。私達の合図を今か今かと待っている。
「レディーナ、この前の事を覚えているか?」
お父様がふいに、私の両手を持ち上げ向かい合い、私の目を見て言った。
先日見たのと同じ優しさが浮かぶ眼差しに、言葉が思い出される。
『お前に我慢をさせ、不幸にさせる為じゃない。』
でも、ここで、もし、仮に…。
私がこの婚約から逃げてしまったらどうだろうか。
ここから走って、沢山の警備の目をかいくぐり、奇跡的に逃げられたとして。
そうなったら、家は?お父様は?お兄様は?
それは、我儘の範囲を超えているのでは無いか。
その後の責任や非難を全てお父様とお兄様に丸投げして、私だけ逃げて守られるなんて。
それは、無責任で自分勝手だ。
もう一度、お父様の目を見る。
『私も、アレクも、お前の幸せだけを願っているよ。』
お父様が言いたいのは、こっち。
この言葉だけでもう、充分。
「お父様、今日まで育てて下さってありがとうございました。」
「…。そうか。」
お父様の目が切なげに揺れた。
その目から逃れる様に扉の前で控えるシスターに目を向ける。
シスターと目が合うと、頷いて扉に手が添えられる。
鼻から大きく息を吸い、吐いて、頷く。
その頷きを合図に、教会の大きな扉が開かれた。