わたしは転生ヒロイン
ディー視点
それからわたしは即行動にうつした。
反対する両親を押し切って、5年生の新学期が始まってすぐという中途半端な時期に『ストレイジ学園』に転校したのである。
「校長、ビートです。失礼致します。」
転校初日、朝早く校長先生への挨拶を終えた所で一人の生徒が入室した。
「ではディーさん、これから学園内をご案内致します。」
彼は学園の生徒会長で、最初に会う攻略対象の一人、名前は『ビート』。
ツンツンと立てた茶色の髪と瞳はゲームの通り。ピンッと伸びた背筋と言葉遣いからもゲーム通り真面目な性格である事が伺える。ゲームでの彼は庶民と言う不利なレッテルの中、入学当初から成績トップを死守し実力で生徒会長となった言うならお堅い優等生キャラである。
このゲームの世界には生まれた家によって、庶民と貴族の身分格差がある。目の前のビートやわたしは庶民だ。生粋の日本生まれ、日本育ちのわたしにそんな格差の馴染みはないが、どうやらこのゲームの世界での『貴族』とはわたし達の世界の公務員の位置にあたる様だ。上流貴族は国の政治や銀行の様な役割を果たし、中流貴族は王都の役所や警察。下流貴族は中流貴族の地方版という感じだ。ちなみに爵位と言う物が存在しないと知ってホッとした。正直何も知らないから。
「宜しくお願い致します。」
頭を下げ、笑みを作ると力強く頷いてビートが歩き出した。
今日は彼の他に二人、わたしと恋に落ちる予定のキャラ、もとい攻略対象に会うはずだ。
ゲームで見た世界が目の前にある事に若干感動しながらビートに付いて歩く。
「この階が5年生の教室で…君のクラスはここだ」
ビートがガラッと、ある教室の扉を開けた。
「むっ!?」
「あ?」
(ロビンだ!)
まだ教室に誰も居ないと思ったのだろうビートと、誰も来ないと思っていただろう彼が驚いて同時に声を上げたが、わたしだけは彼が教室にいる事を知っていた。攻略対象二人目、同じクラスのロビン・イスロア。
苗字がある彼は、勿論貴族だ。
「紹介する、今日から転入してきたディーだ。仲良くしてやってくれ」
「ふーん。俺はロビンだ。よろしく。」
自己紹介と共に手を出される。わたしはそれに応えて握手を返した。
「こちらこそ、仲良くして下さいね」
貴族にしては珍しく、にこーっとやんちゃな笑顔もゲームで見た通りだ。
ゲームでは彼は緑の髪に緑の瞳だったが、おかっぱ頭は青みの強い黒髪だった。瞳もネイビーブルーで緑よりも青寄りだ。身長も小さい彼はもちろん可愛い弟キャラである。
それから最初の授業が始まるまで、学園内を歩きながらビートの説明を聞くわたしの頭は他の事を考えていた。
(まずは階段でレディーナとぶつからなくちゃ)
・・・・・・・・・・
そして重要である階段での衝突イベントは手早く、思った以上に簡単に、無事終了した。
それは本日最初の授業が終わった後の事だった。
クラスで無事自己紹介を終えたわたしは急ぎ教室から飛び出すと、目星をつけていた階段下で待った。
隠れる様に少しだけ体を縮め、息を潜めていると「レディーナ様」と目当ての人の名が聞こえた。
そしてタイミングを見計らい飛び出し、無事衝突する事が出来た。
(まずは、一安心。次は誰を攻略するか見極めないと…)
ゲームでは、わたしが好きになった人をたまたまレディーナも好きだった。という設定だったが…ゲームと違い、1日や2日でわたしに好きな人が出来る訳が無し。
だがもし逆に、現在彼女が誰かに恋していれば、その人がわたしの恋の相手となるはずだ。
ならばまずはレディーナを探ってみよう。
(攻略対象三人目のアルバートに会うのは放課後だから…明日探ってみるか)
そうしてお昼、何の気なしに入った食堂内に放課後会うはずのアルバートが居た。
(やばいっ!)
会うのは放課後のはずなのでここでは身を隠した。
どうやらレディーナを誘っている様だ。
『あの…私…、体調が良くなくて…』
(え?どういう事?)
ゲームの中でアルバートとわたしが会うのは二人が演劇を観た後だ。
そこにはレディーナも居たはずである。
(それなのにレディーナは断っている…?)
(わたしとアルバートとの出会いイベントはどうなるの!?)
わたしの頭の中は、その疑問で一杯だった。
今日の授業が終わりホームルームでわたしが生徒会役員を志望したのは、攻略対象が『ビート』であれば、生徒会役員である事が必須だからで、ロビンであれば、後で部活を運動部にすれば良いからである。
(ビートのルートだと確かイベントがあるのは…)
とこの後のゲームのイベントを思い出していると
『レディーナ様、劇を見に行けなくて残念でしたね…』
と言う声が聞こえた。見るとレディーナがお供を引き連れて歩いている所だった。
目に涙を浮かべて…、いや零して。
(嫌な女!)
自分が一番可愛いと思い込み、誰かが助けてくれると期待し、行動する計算女。
わたしの大っ嫌いなタイプだ。
「泣く程行きたいなら、行けば良いのに…バカみたい。」
だからつい、本音が出てしまった。まずったな、と思っていた矢先
『貴女、失礼よ!』
と言われてカチンッときた。
(ゲームに描写もされないモブのクセにわたしに意見するなんて!)
怒りで身体が熱くなった。しかしその瞬間、アルバートの姿が見えて頭が急激に冷えた。
(会うのはここじゃないっ!)
『アルバート!』
そしてこの時のレディーナの表情を見て、わたしは攻略対象を把握した。
わたしは二人がアルバートに気を向けている隙に人混みの中に隠れた。