お父様
レディーナ視点
戻された塔の自室。
またも30分厳守の言葉を残して、ラッセル様は退出した。
今日はダンさんだけが立ち会うらしい。入り口に寄り卦かって立った。
既に部屋に用意されていた椅子に腰掛けると、もう一つの椅子をお父様が動かして私の横に並べた。
私の横に並んで座ると、肩をガシッと抱かれた。
「良く今日まで我慢したな。偉かった。」
「お父様…」
(こんな時に褒めるだなんて、ずるい。)
「アルバート君から、お前が随分痩せていたと聞いて心配していた。大丈夫か?」
「えぇ、もうすっかり。」
「嘘を言うな。まだこんなにも肩が細いではないか。」
肩に回された腕に更にぐっと力強く抱き寄せられた。
「もう、失礼ね。私、そんなにデブじゃありません。」
「…。レディーナ、私はそんなに頼りないか…?」
「…お父様?」
おどけて返したのに、お父様は更に顔を曇らせた。握られた肩が少し痛い。
「辛いと泣けぬ程、私の胸は頼りないか?」
「おとう、さま…」
(ずるい。)
何で、今日に限ってそんな優しい事を言うの?
ずるいじゃない。そんな事言われたら、…言われたら。
「お、おとうさま…。」
涙が溢れて、零れる前にお父様が大きな胸に包んでくれた。
「う、うぅ、うわぁぁぁぁ。」
「我慢するな。泣きたいだけ泣けば良い。言いたい事を言えば良い。私だけしか聞いていない。」
「うわぁぁん。ら、ラッセル様と、こ、婚約なんて嫌だあぁ」
「良い子だ。よく我慢したな。偉いぞ。」
「アルバートがっ、いい。あ、アルバートが、好きなのっ。」
「そうだな。アルバート君が良いな。」
「嫌だよ。助けて。ここから出して、おとうさまぁ」
「あぁ、助けてやる。助けてやるとも。」
「うぅっ、うわああぁぁぁ」
散々我儘言って、わんわん泣いて、お父様のシャツが私の涙でビシャビシャになった頃、ダンさんがそろそろ時間だと教えてくれた。
「お、おっとう、さま」
まだしゃっくりは出ていたが、涙はだいぶ落ち着いて、顔を上げると困り顔のお父様が笑った。
愛おしげに頭を撫でてくれて、もう一度抱き締めてくれる。
「レディーナ、覚えておけ。」
お父様の低くて心地良い声が身体に響く。
「お前を厳しく育てた自覚はある。慎み、弁え、怠るなと教えたのは、お前の幸せを願っての事だ。」
「はい…。」
「幸せを願ったのだ。お前に我慢をさせ、不幸にさせる為じゃない。」
「おとうさま?」
抱き締める腕が解かれ、次いで両頬を包まれる。
「私も、アレクも、お前の幸せだけを願っているよ。」
頬に慈しみを持った親愛のキスが贈られる。
良く、考えなさい。そう残してお父様が席を立つ。
縋る相手が居なくなって、私の身体が少しバランスを崩す。
もう宜しいので?とのダンさんの問いに、あぁ。とお父様が短く応えた。
扉がバタンッと閉められ、施錠の金属音が耳に残る。
寂しくて、寂しくて。
なのに縋る相手が居なくて、私は自分の身体を抱きしめた。