父親の言い分
アルバートの父親視点
「だが!…ジーク家に相応しい女性は、レディーナだけではない」
そう言うと、息子であるアルバートが泣き出しそうな顔を見せた。
(こんな感情的な息子を見るのは久しぶりだな。)
冷めた頭がそんな事を思う。
「俺は、貴方の何なのですか…」
その言葉に昔が思い出された。
『僕はしょうらい、結婚しなくちゃいけない…よね?』
突然何を言い出すのか、と5歳になったばかりの息子を見下ろす。
『うむ、そうだ。お前はジーク家の一人の息子だからな。…跡を継ぐのは、嫌か?』
『ちがう、そうじゃなくて。なら、僕はレディーナが良いです!』
『レディーナ…。あぁ、バレンティン家のか。』
将来を見越して会わせた、幾人かの女の子達の内の一人を思い出す。
薄く、微笑む子。そんな印象の子だった。
『だがあの子とは、そんなに仲良くなかっただろう?』
『これから仲良くなるんです!』
その宣言通りそれから数週間後には、気付けば家の至る所で二人の明るい笑い声が聞こえる様になった。
『ジーク家はまだ、中流貴族となってからの年数が浅い。』
いきなり何だ?と15歳の青年となった息子を見上げた。
『だからこそ、信頼の厚い…例えばバレンティン家の様な女性が、必要なはずです。』
あぁ。と言いたい事が分かって笑ってしまう。
『婚約の話なら順調に進んでいる。問題は無い。』
『なら、何故!今回のパートナーは彼女じゃ無いんですか!?』
どうやら、今度の薔薇園鑑賞のパートナーの女性が気に入らないらしい。それとも逆か。
『仕方なかろう、家にも付き合いってものがある。』
可愛く思っていない訳では無い。息子の事も、娘の様に見守ってきた彼女の事も。
でも、どうしようも無い事もある。
何事にもある、優先順位。それを見誤ってはいけない。
感情だけでは、大切な物さえも守れない。貴族とは特に。
「アルバート、レディーナとの婚約は解消だ。良いな。これは確認では無い、決定事項だ。」
項垂れる息子に敢えて厳しく声を掛ける。
息子は無言で立ち上がると、こちらを一度睨みつけてから背を向けた。
「アルバート!!」
扉をバタンッと大きな音を立てて閉めていく。
「まったく、生意気な!」
「えぇ、旦那様に良く似ておりますな。」
セバスチャンが一言残し、頭を下げて退出した。
(まったくどいつもこいつも!)
「あなた。」
扉から今度は妻が顔を出した。
「あぁ、どうした?」
「今日から暫くの間、夫婦別室とさせて頂きますね?」
息子と良く似た笑顔で彼女が言うと、扉をバタンッと閉めた。
(あぁ、彼女もあの子を好いていたな…。)
と一人ソファーで天を仰いだ。