卒業発表会―本番―
渡された聖女の衣装を身に纏い立つここは、ストレイジ劇場。
ごくりっと唾を飲み込むが、緊張で喉は張り付いたままだった。
開演を知らせる合図が遠くに聞こえ、顔を上げると目に映る景色に、足が怖気づき震える。
視線を落とせば、更に恐怖心が強くなる。
マリアが立つここは、ストレイジ劇場の舞台。
恐怖心から逃れる為にもう一度顔を上げると、マリアの瞳に優しく笑むアルバートが映った。
ビートからマリアに与えられた罰とは、レディーナの代役を務める事だった。
レディーナとアルバートの強い推しで演目が『聖女の祈り』に決まり、配役も決まった翌日、ビートはレディーナに当日欠席する事を告げられた。
『ごめんなさい、ビート。』
『うむ、謝られてもな。どうしてか、説明してくれるか?』
『ディーさんに出て来て貰う為なの。』
『ふむ、そう言われたらなぁ。さて、参った。』
全然参った様に見えないが、ビートは参っている様である。
『彼女、ディーが出てくる為に演目は『聖女の祈り』で配役は『アルバートとレディーナ』である必要がある…と言うんだな?』
『あ、演目は関係ないんだけど…ただ一番台詞が少ないから選んだってだけで、でも、そう。その必要があるの。』
『そうすると、彼女は来る…と。』
『そう、きっと来てくれる。来てくれる…けど、舞台に出てくれるか分からない。』
『だから、誰かに代役を事前に頼みたい…と。』
『ええ、そうなの!』
分かってくれた!と明るくレディーナが頷くが、依然ビートは困った顔をしている。
『アルバートはどうする?まだ言って無いんだろう?』
『それは…、私が何とか説得してみるわ!』
ビートはレディーナに告げられた時のアルバートの悲痛な表情を想像した。
『いや、説得は私も一緒に行こう。』
『本当?ありがとう。ビート!』
その方が面白そうだ、と言う単純かつ明確な理由でビートはレディーナの件を承諾した。
さて、そうなると代役は誰にするかである。
事情をある程度詳しく話す必要もあるので、滅多な人には頼めない。と幾人か人選していた時、調度アルバートから、先日のレディーナ襲撃事件の件で生徒会室の貸し出しを依頼された。
アルバートから話を聞いて最初ロッテに依頼しようと思っていたビートだったが、その中にマリアの名が上がった所で口角をぐいっと上げた。
『ロッテの件はお前に任せる。あまりいじめるなよ?だが、マリアはこちらに譲って貰う。』
『最初からそのつもりだよ。そちらこそ、あまりいじめるなよ』
呆れ顔のアルバートにビートは晴れやかな笑顔を見せた。
そして、休日の生徒会室でのアルバートによる恐怖の尋問の数日後、マリアはビートに呼び出された。
『まさかマリアも関わっていたとは、残念だったよ。』
『ビートさん、ごめんなさい。』
場所はピンクの屋根の雑貨店兼軽食店2階。
ビートの前には紅茶が、マリアの前にはケーキとミルクティーが置かれている。
『更に、浮気までしていたとは…』
『っしてません!』
『マリア、私がどんなに傷付いたか、分かるかい?』
そう言われると、何も言えなくてマリアはうっと口を噤み、顔を俯けた。
途端ビートが楽しそうに肩を揺らすが、残念ながらマリアは気付かない。
『さて、罰の件だが、秘密の仕事を頼みたい。』
『秘密の仕事…、ですか?』
『そう、ナイショに出来るかな?二人だけの秘密だよ?』
『二人だけの秘密』と言う響きに頬を染めながらマリアが頷くと、ビートは満足げに笑ってレディーナの代役の依頼と共に、台本を差し出した。
浮気したら許さないよ。の一言と共に。
そして今日、マリアはアルバートと共に舞台に立った。
人前に立つ事には大いに抵抗があった。が、レディーナの為、アルバートの為。
更にはビートに頼まれ、罪悪感の後押しもあって頷くしかなかった。
「寂しい。寂しい、と心が叫ぶのです。」
最初こそ声が震えたものの、演技が始まりさえすれば後は練習通り進められた。
「貴女は気付いていないだけ。皆が貴女を必要としています。」
優しく笑むアルバートが目に映れば、他の景色はもう目に入らない。
知らず頬を染め俯くマリア。が、はっと気付き舞台袖に目をやると、悠然と笑むビートと目が合い、更に顔を赤く染め上げ、台詞を一瞬忘れてしまったのは、御愛嬌。