卒業発表会―午後―
渡された聖女の衣装を身に纏い立つここは、ストレイジ劇場。
ごくりっと唾を飲み込むが、緊張で喉は張り付いたままだった。
開演を知らせる合図が遠くで聞こえ、顔を上げると目に映る景色に、足が怖気づき震える。
視線を落とせば、更に恐怖心が強くなる。
ディーが立つここは、ストレイジ劇場の屋上。
恐怖心から逃れる為にもう一度顔を上げると、ディーの瞳に暗い中ポツポツと、街の淡い小さな明りが映った。
以前、同じ様に眺めた時は吸い込まれるような一面の青空だった。
怖くなんてなかった。次はもっと、と願いを掛けて飛び込んだ。
でも、何故か今日は違った。飲み込む様な闇色にディーの足は竦み、進みたくないとガタガタ震えた。
ここ、ストレイジ劇場が卒業発表会の場だと分かった時、やっと死ねる時が来た。と思った。
前世でそうだったように。と、簡単だ。と、良かった。とさえ思った。
(なのに…。)
抱きしめる様に自分の腕で身を包むと、薄緑のレースの手袋が映った。
『お前に渡す様、生徒会長に言われた。』
そう言って今朝ロビンがディーに差し入れたのは、聖女の衣装。
その中にあった、このレースの手袋に施された刺繍がとても綺麗だったので、素直に衣装を受け取った。
最後、綺麗に着飾って死ぬのも悪くない、と思った。
『来年は、俺達の番だから。何が良いか今の内から考えとけよっ!俺的には、剣劇が良いと思ってるんだけど、クラスの奴らは反対しそうだしなぁ。よ、良かったら今度、見に行く?一緒にっ…。』
ロビンが楽しそうにする未来の話、いつかの話は眩しくて、そこに自分は居ないのだと思うと、息が詰まった。
いけない。と頭を左右に大きく降り、ディーはロビンを頭から追い出す。
怖気づく自分の心を、何を今更。と叱責し何も視界に入れない様にぎゅっと固く目を閉じた。
『信じてるから。』
すると今度は別の人物の声がディーの頭の中で響く。
『貴女を、信じてるから。』
”わたし”に語りかけられたのかと思った。
そんな訳ないのに。そんなはずないのに。
『待ってる。』
そのレディーナの一言が何故かとても嬉しくて、なのにどうしようもなく悲しくて…。
背中を押す様に追い風が吹く。
まるで世界が促している様だ。とディーは嗤う。
もう何も考えたくなかった。感じたくなかった。それは足を一歩踏み出すだけで叶う。
屋上と空の境目につま先を付ける。心が再び揺れない様に、目は閉じたまま顔を真っ直ぐ上げた。
その時だった。ディーの背後の扉がバタンッと勢い良く開いたのは。