卒業発表会―午前―
レディーナが体調不良の為急遽来られなくなった。と言う連絡を受け、公演場所であるストレイジ劇場内で準備をしていた生徒達に動揺が走る。
ヒロイン欠席と言う緊急事態に生徒達は互いに目配せし、ザワザワと騒ぎ、そして一人の人物へ視線を向ける事で指示を仰いだ。
その視線を一身に受けビートは頷く。
「その件はこちらで対処する。気にせず準備を進めてくれ。」
ビートの焦りを抑えた様な声色、急ぐような足取りは勿論、演技である。
演者控室へ足を進めたビートは、迷わずヒーロー役のアルバートの控室に入った。
「レディーナの家から連絡があったらしい。こちらは順調だ。」
「あぁ。」
こちらを見る事なく、素っ気なく答えたアルバートにビートはやれやれとわざとらしく首を振った。
「その衣装、レディーナが見たら喜びそうだな。」
その言葉にアルバートが隠す事無く苛立ちを込めて鏡越しにビートを睨んだが、目の前の男、アルバートの衣装を目に入れたビートは楽しそうに目を細めた。
以前見た赤い、騎士の制服姿は鮮やかで華やかで、アルバートの麗しい顔と相まって美しかったが、今回の英雄の衣装は深い藍色で、腰に模擬ではあるが大きな剣を差し、凛々しく勇ましい姿であった。
自分の姿を見下ろしたアルバートの溜息が聞こえて、ビートは更に楽しそうに笑った。
「まあ、そう落ち込むな。ふっ、せっかくレディーナの為に英雄役になったのにな?」
「うるさい。」
「立候補までしたのにな?」
「だまれ。」
隠す気も無いくせに、抑えた様に肩を震わせ笑うビートに、アルバートは更に苛立った。
「お前が断らないからだ。」
「ああ言われちゃ、私は断れないよ。お前だって強く反対しなかったくせに。」
「俺はレディーナに甘いんだよ。」
まったくその通りのアルバートの返しに、そうだな。と至極真面目にビートは頷いて見せた。
「お前、俺の他に行くところがあるだろ。」
非難の眼差しながらもようやくこちらを見たアルバートに満足してビートは頷き、背中を見せる。
そしてそのまま挨拶もなく退出すると、向かうべきもう一つの控え室へ足を進めた。