運命の階段
「そんなに急ぐと危ない。」
急いで階段を降りるレディーナの手をアルバートが取って、その足を止めさせた。
「レディーナ、ゆっくりで大丈夫だから。ちゃんと足元を見て。」
「ご、ごめんなさい」
アルバートに手を引かれ、今度は慎重に、とレディーナが足元を見ながら階段を降りた時であった。
「レディーナ様、アルバート様?」
その声に、誰?と思う間もなくレディーナが顔を上げた先、そこにはディーが立っていた。
優しげな笑みを浮かべたエメラルドグリーンの瞳がレディーナの紅茶色の瞳に写る。
「あ…」
そう言った時には遅かった。
見上げた先、アルバートの瞳は既にディーを写していた。
………。………。………。
立ち止まるは階段の中段、三人の間には長い沈黙が続いていた。
「レディーナ様?」
最初に言葉を発したのはマリアだった。
その声にはっとしたレディーナが心を落ち着ける為一つ大きく息を吸う。
次のセリフは私だ。と、レディーナは声が震えない様に、お腹に力を込めて声にするべき言葉を紡いだ。
「貴女の様な方も演劇をご覧になるの?この劇の良さが分かるのかしら?」
震えてしまっている事を知られたくなくて、アルバートの手からレディーナは手を引いた。
そのままその手を自分のヘソ辺りで組み、見下ろすようにディーを見つめる。
ディーは大きな瞳に涙を浮かべ俯き、そしてすっと闇夜に消える様に立ち去った。
レディーナは顔を上げるのが怖かった。アルバートの瞳を見るのが怖かった。
だから見上げる事も振り返る事もなく一人で階段を降り始めた。
「…レディーナ」
それに気付いて我に返ったのか、アルバートがすっとレディーナの手を取った。
それでもレディーナはアルバートの瞳を見る事は出来なかった。