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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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2-4 夜明け

一夜明けて、独立騎士団の野営地は騒然としていた。

拘束していた盗賊の一人が、一夜にして消えてしまったのだ。

しかも団長は負傷し、昨日誰一人としてその姿を見たものはいないという。

その衝撃は野営地全体を覆った。


ヴァロたちはとりあえず自分たちの宿舎に待機していた。

サイラスの指示もあり、昨日の事件のことを聞かれても話さないようにしてある。

自分たちはあくまで外からやってきた客人であり、首を突っ込むことはできるだけ避けたいというのもあった。

ヴァロとフィアだけで気まずい雰囲気であることも事実だが…。

宿舎にいるとミランダがやってきた。

「ヴァロ、今回の一件申し訳ないのだが…」

「団長から聞いてる。気にするな」

申し訳なさそうにする彼女に対してヴァロは目をそらし、そういうことしかできなかった。

昨日魔女を取り逃したことへのうしろめたさから彼女を直視できなかった。

「本当にすまない」

彼女は深々と頭を下げた。

昨日の事件は魔女が関連したことによるところが大きい。

夜明け前にせよ、集団睡眠などという不名誉なことは騎士団の士気にもかかわる。

ミランダはヴァロの言葉を気遣いと受け取ったらしい。

「我々騎士団の落ち度だ。許してくれとも言わない。挽回してみせる」

仰々しくミランダは一礼してみせる。

融通の利かないところがあったのは訓練生のころから変わらない。

生真面目で義理堅い性分ゆえにその責任を背負い過ぎないか少し心配でもある。


ヴァロはサイラムと今朝話したことを思い返していた。

「サイラムさん…」

魔女捕縛に失敗して戻ってきたヴァロの前には、サイラムが青ざめた表情で横たわっていた。

近づくと体が反応したため、かろうじて意識があるようだ。

ヴァロは魔女を取り逃がしたことへ負い目を感じていた。

「…なに覚悟の上で自傷した傷です。こんなもの痛がっているようでは騎士失格ですね」

言葉とは裏腹にサイラムの顔はひどく青ざめて見えた。

「その様子では魔女は逃がしたようですね…。君には感謝させてもらう」

「感謝…?私は何も役には立てませんでしたが…」

それどころか魔女を取り逃がした。その言葉をヴァロは呑み込んだ。

「団員数名を人質に取られた上でそれを交渉の道具にされることがもっとも恐ろしかった。

連中は義賊を語っているが所詮は盗賊だ。追い詰められればどんな手段でも使ってくる」

盗賊とは取引をしないというのが原則だ。

だが、団員がかかていたとしても、盗賊たちの要求は断じて応じることはできない。

もし応じることになれば騎士団全体の団員に危険が及ぶことにもなりかねないからだ。

そう睡眠魔術という魔術はその性質上一度かかってしまえばその効果は絶対だが、

かからなければ意味がないという側面をもつ。

ヴァロが睡眠魔法にかからなかったという事実は連中にも知れ渡っている。

つまり連中のもっとも恐るべき人間が騎士団領に存在したことがわかったことになる。

そんな例外がいる騎士団領から、一刻も早く逃げ出したいところだろう。

「…私の読みが正しければ、次の手が騎士団領で連中を捕まえる最後のチャンスになるでしょう」

そういうとサイラムはよろけた様子で立ち上がった。

手を貸そうとてを差し出すものの手で制される。

「私のことは結構。問題はありません。

フィアさん、団員が目を覚ますまであとどのくらいかかるかわかりますか?」

「私の推測ではあと半刻です。個人差はあるでしょうが…」

フィアははっきりとそう言い切った。

フゲンガルデンの時と比べると明らかに少量の薬の量だ。

「ならその間、騎士団の守りを頼んでよろしいですか?…本来ならあなた方にこんなことを頼むのは筋違いですが…」

ヴァロはサイラムという人間に驚いていた。

今まで意識を保ち、この場にいたのはヴァロたちの帰りを待つためではなく、

この睡眠の魔術にかかった無防備な独立騎士団を守っていたのだ。

「やらせてください」

ヴァロは即答した。

それは負い目からなのか、この男に対しての敬意からその言葉がでてきたのかはわからない。

サイラムは微笑むと背中越しに手を振り、自身のテントにたどたどしい足つきで戻っていった。


「ヴァロ…ごめん」

ミランダが去っていくとおずおずとフィアが謝ってきた。

彼女も責任を感じているようだ。

「あの魔女はメルゴート出身者だな」

フィアは目を合わせようとしない。

「ひゃっ」

「なんだよな」

肩をつかみ強引に視線を合わせる。

フィアは初めヴァロの強引さにたじろいだが、しばらくすると平静を取り戻した。

「…うん」

「なんでもいいから、教えてくれ…できればで構わない」

フィアは返事をすると目を伏せ語り始めた。

「丘の上にいた魔女の名前はクーナ。

私よりも二つ年上で、私たちの世代では天才といわれていた。

得意な魔法は四元魔法。専攻していた分野は傀儡人形だったと聞いてる。

私とはメルゴートの学院でである時期一緒に学んでいたわ」

大規模な結社の中には独自に学院というものを作り、人材の育成を積極的にしているところもあるという。

「彼女はクラスでも優秀でメルゴートの学院の生徒の中でもとびぬけて優秀だった。

同期では彼女を知らない人がいないぐらい。

いずれメルゴートの長老卓にも呼ばれるんじゃないかって噂もあった」

長老卓というのは結社の中の最高意思決定機関と聞いたことがある。

「あこがれ…ていたんだと思う。私はクラスでも落ちこぼれだったから…」

当時フィアにはある封印式がかけられていた。

その封印式が干渉し、彼女が作る魔法の構成をより困難なものにしていた。

それ故に魔法どころの話ではなかったのだ。

「…今回もし嫌なら、フゲンガルデンに戻ってもいいんだぞ」

それはヴァロ自身の願望のあらわれでもあった。

相手はすでに一般人に魔法を使っている。その段階で既に処分対象なのだ。

ましてフィアの所属していた結社は一年前の事件で掃滅されている。

同郷の魔女を倒すさまをまたフィアに見せたくはない。

「ヴァロ、お願い私にやらせて…」

フィアの表情から必死さが伝わってくる。

言葉にもどことなく余裕がない。フィアの態度に違和感を覚えた。

「今度はうまくやるから」

フィアは泣きそうな顔で懇願してきた。

「…あの時止めた理由を聞きたい」

これから組むうえで、その点をはっきりさせなくてはならない問題だ。

今後のためにも、お互いに禍根は断っていおかなくてはならない。

次に魔女を取り逃がすことは絶対に許されないからだ。

「…止めたのは多分…似てると思ったから…」

「似てる…何にだ?」

「ヴァロと出会う前の私に…」

彼女から出た言葉に衝撃を受けた。

表情にはどうにか出さずにすんだ。

その言葉にあの丘の上で対峙した際に感じた疑問、

剣を振りかざしたときフィアが止めた理由が少しだけわかった気がした。

あの姿にかつての彼女をダブらせていたのではないのか。

「…でフィアはどうしたいんだ?」

「…私は彼女を救いたい」

その言葉はヴァロの心に響いた。

「できると思うか?」

「わからない。でも、私がやらなくちゃならない気がする」

フィアの目には覚悟の光があった。

こうなったらてこでも動かないのは、この一年間一緒にいて経験済みだ。

ヴァロの表情に自然笑みが浮かぶ。

少女の成長が純粋にうれしかった。

「決まりだな。なら俺もフィアに手を貸す。いくらなんでも一人じゃ無理だろ」

頭をくしゃくしゃにした後、ヴァロは上目遣いに見てくるフィアに微笑んだ。

「…ごめん」

「謝る必要はないだろ。お前は俺の相棒だからな」

そういって頭をくしゃくしゃに撫でてみる。

ヴィヴィは処分を自分たちに任せるといっていた。

もしかしたら、いやもしかしなくてもヴィヴィはこの事態を読んでいたのかもしれない。

「明日、ウルヒに会ってくる」

今回の一件といいなんとなくあの男の手の平で踊らされている感がヴァロにはぬぐえない。

もともと盗賊団の一員を差し出し、昨日の事件のきっかけを作ることになったのは

あの男ではないのか。

これから仕切りなおすためにも、もう一度あの男と向き合う必要がある。

「私も行く」

「フィア、お前は…」

「相棒なのだから当然でしょ」

ヴァロが遮るよりも早くフィアが言葉にしてくる。

そのしぐさにヴァロは思わず吹き出す。

「…ちゃっかりしてるよ。ただし、俺のそばを離れるな。それが条件だ」

フィアはしっかりとした眼差しで頷いた。

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