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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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2-3 丘の上の魔女

「フィア、敵の情報はどう見る?」

雑木林の中を駆け抜けている

魔女のいる丘まではおよそ一リュート(約一・五キロ)。

距離にするとさほど遠くはないが、雑木林の中を通り抜けなくてはならない。

夜明け前で薄暗く、足場が悪いため、距離以上に長く感じる。

「魔術の効果範囲からしてかなりの…て、手練れだと思う…」

背後ではすでにフィアの息が上がっている。

ヴァロは慣れていたが、フィアにとっては体力的にきついのだろう。

フィアの扱う飛行魔法はぼんやりと発光するため、

相手に気づかれるのを警戒して使わないように言ってある。

普段ならば気遣うところだが、標的を目前にしてそんな余裕などない。

それにもしここで取り逃がしたのなら、送り出してくれたサイラムに顔向けできない。

「先に行く」

フィアの走る速度が徐々に落ちてきているのがわかる。

「ヴァ…ロ、ひ、ひとりで…い…く…の…は…」

フィアは息を切らしながら何か言いかけたが、こればかりはどうにもならない。

ヴァロはフィアを尻目にさらに速度を上げる。

サイラムの痛々しい姿を見てしまった以上、ヴァロ自身手を抜くわけにはいかない。

ヴァロは一息に林の中を駆け抜けた。


森を抜けると急激に視界が広がる。丘の上には一人の黒髪の女が立っていた。

艶やかな黒髪は腰ぐらいまであるだろうか。

動きやすいような長袖のズボンを着用しているが、

そして、どこかはかなげな表情はヴァロの視線を釘付けにした。

「待っていたわ」

初対面の彼女はヴァロに対してそう言って話しかけてきた。

「君がこの事態を引き起こしたのか?」

目の前の女は間違いなく魔女だ。

ただヴァロは彼女にありきたりの質問をぶつけた。

魔女は驚いたような表情を一瞬見せた後、あやしげな微笑みをみせた。

「…もしそうだとしたら?あなたはどうする?」

どこか楽しげに語りかけてくる彼女のしぐさは魅惑的でもあった。

答えが返ってくるとは思っていなかったが、この反応にヴァロは言葉を詰まらせた。

「魔法を使って盗賊行為に加担したな」

「間違いを訂正させてもらうわ。こんなのは魔法じゃない。正確には魔術」

「同じことだ」

その場にいた魔法使いが不敵な笑みを浮かべる。

根底にあるのは自身への絶対的な自信のあらわれであろうか。

「『狩人』…ではなさそう。連中なら無言で襲ってくるからね。下品なことこの上ない」

魔女は吐き捨てるように言い放った。

「いや『狩人』だ」

「へぇ、だとしたらずいぶんと変わった『狩人』もいたものね」

少しだけ周囲の空気が変わったような気がした。

「私を殺しに来たの?」

妙にふわふわした感じがする。壊れているのとは少し違う、

それはまるでこの世界に何の執着もないそんな感じだ。

「盗賊行為に加担している君を見過ごすわけにはいかない。拘束させてもらう」

「拘束?ふーん…変わった人ね。馬鹿か、とんでもないお人よし」

魔女と対峙した際に言われるのは逃げるか、殺すか。

いいかえれば対魔の戦闘訓練を受けた狩人にとっても、

魔女というのはそれだけ危険な存在ということだ。

「そりゃどうも。変わり者とは初めていわれたよ。何せ駆け出しの狩人でね」

「フフフ…駆け出しの狩人さん、裁かれるのはあなたたちのほうよ」

凍てつく仮面の下にあるのは怒りの感情だ。ヴァロは彼女の言葉にようやく感情が見えた気がした。

「私は決めたの。この世界が奪い奪われる世界ならば私は奪う側の人間になろうって。

私のすべてを奪った人間に対して私は死ぬまで奪い続けてやろうって」

そういって凄惨な笑みを浮かばせ、くるくる舞うようなしぐさをする。

その姿は魔女そのものだと思った。 

「そうはさせない。腕ずくで拘束さえてもらう」

ヴァロは帯剣していた剣を鞘から抜き放った。

おそれがないといえば嘘になる。目の前の魔女は間違いなく強敵の部類に入るだろう。

ヴァロは目の前の魔女に意識を集中させた。

「拘束というのは訂正してもらえるかしら?

私は顔を見られた以上、ここであなたには死んでもらわなくてはならない。

…どんな相手だろうと狩人には手加減するつもりはないわ」

顔こそ笑顔だが、目にある冷たい光はそれが本気であることをヴァロに悟らせた。

「そっちのほうがありがたい。お互い恨みっこなしだ」

自分に向けられる視線に殺気が宿るのを感じる。

正直あまりの手ごたえのなさに対峙できるのか不安だったが、

これならば自分も敵として相手を認識できる。

「本当に風変わりな人ね。…話せて楽しかった。それじゃ死になさい」

彼女の周りに風が集まっていく。魔法による攻撃の前準備。

丘の上は遮蔽物がない、それはこちらが身を隠すこともできないともいえる。

それは魔法の使えないただの人間にとって、絶望的なまでに不利な条件でもある。

ヴァロは走り出すため、ゆっくりと重心を前に移動した。

「ク、クーナ…なの」

ヴァロより少し遅れてきたフィアが、息を切らせながらその一言を漏ららした。

「あなた、まさか…落ちこぼれのフィア…なんであなたが…」

二人の視線が交錯する。両者の顔に動揺が浮かぶ。

同時にヴァロはこの魔女はメルゴートの生き残りだということを確信する。

「どいてろ…俺が行く」

ヴァロはフィアを横目に魔女の元に全力で駆け出す。

フィアには同族殺しは荷が重い。

しかし、目の前の魔女は盗賊行為に加担しているのは明白だともいえる。

犯罪に魔法を用いた魔女は魔女狩りの対象である。

この場合ヴァロの判断は正しかったともいえよう。

ヴァロの足元で魔法トラップが炸裂する。

普通の人間ならなら片足がもがれるほど魔力の爆発だ。それでもヴァロは止まらない。

高い魔法抵抗力を有するヴァロの体質だからこその行動だ。

我に返った魔女は魔法式を構成し、目の前で魔法の構成を展開してみせる。

魔女の手から放たれた火球を、ヴァロは手にした剣で叩き斬る。

屍飢竜を倒した退魔の宝剣はその火球をたやすく消し去った。

「剣で魔法を打ち消した?そんなことって…」

そのありえない光景に目の前の魔女は思わずたじろぐ。

ヴァロはその隙を見逃さない。

すぐさま走り間合いを詰め、確信をもって剣を振りかぶる。

「待って」

フィアの声にヴァロは剣を振り下ろすのをかろうじて踏みとどまった。

周囲の時が一瞬完全に静止する。

動き出したのはクーナと呼ばれる魔女からだった。

クーナと呼ばれた魔女はすぐさま空中浮遊魔法を完成させ、空に逃げる。

この距離ならば鉄心を使い攻撃することも可能だったが、ヴァロは攻撃するのをあきらめた。

魔女が視界から消え、フィアに視線を移すとフィアは申し訳なさそうにうつむいていた。

「ヴァロ…ごめん…」

フィアの言葉にヴァロは嘆息し、剣を鞘に戻す。

次からは相手もこちらの魔法抵抗を考慮した戦法をとってくるだろう。

勝率は格段に下がったとも言ってもいい。

だがヴァロには不思議とフィアを責める気にはなれなかった。

「…メルゴートか…」

メルゴートはフィアの元いた魔法結社であり、今はもうない。

一年前の事件の黒幕であると判明し、壊滅させられたのだ。

「…うん」

フィアは頷いた。

今回の一件に関してヴィヴィは幕引きを頼むといってきた。

あの女は今回のことを見越したうえでフィアを派遣したと考えれば納得がいく。

規模こそ違うが、考えてみれば一年前に使われた睡眠魔法によく似ている。

ヴァロは魔女の消え去った空を見た。

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