1-4 最悪の再会
翌朝、ヴァロはひとりで指定された場所までやってきた。
馬は独立騎士団の人に無理を言って貸してもらった。
目の前には朽ちた貴族の屋敷がある。
窓はほとんどすべて割られていて、周囲には雑草が生い茂っている。
魔法により破壊された場所も以前のままだ。
一年前に来た時とまるで何も変わっていない。
できればこの場所には来ようとも思っていなかったし、来るつもりもなかった。
手紙の差出人はウルヒというヴァロと同じ『狩人』のメンバーである。
一年前の騒動で知り合った人間の一人だ。
いつもにこやかな笑顔を顔に浮かべ、何を考えているか読み取れない。
ウルヒの指定した廃れた屋敷は一年前に魔女四名と死闘を演じた場所でもある。
ヴァロは馬の手綱を近くの木に括り付けるとその屋敷に足を向けた。
フィアにはこのことは何も言っていない。騎士団ある宿泊所でまだ寝ていることだろう。
知り合いとはいえ、相手は狩人。隙を見せればどんな目に合うかわからない。
騎士団と一緒ならば、相手も手を出しづらいという打算もあった。
それに一度フィアをさらわれた経験もある。
「お久しぶりです、ウルヒさん」
ヴァロは形式的にお辞儀をした。敬語になっているのは立場上であるからにほからない。
ウルヒは広間の机のようなものに腰かけていた。
「忙しいところこんな辺鄙なところに朝から呼び出してしまってすまないね」
ウルヒの顔には一年前と変わらず薄い笑みがある。
ヴァロはこの男の仮面のようにとってつけたような表情をしているのが好きになれなかった。
「要件は何です?」
「そう焦らさないでおくれよ。久しぶりに会えたんだ。少し話をしようじゃないか」
ヴァロの直感が告げている。この男は信用ならないと。
事実一年前にはフィアをさらわれているのもあるが、それを差し引いてもどこか信用できない。
目的がはっきりするまで警戒しといて間違いはないだろう。
「狩人は単独では行動しないのではなかったのですか?」
「そう身構えなくてもいい。フィアちゃんには手をださないよ。あの時だって自分の意思でやったわけではないよ。
どうしてこう信用してくれないかな」
そういって肩をすくめる。ヴァロにはそれがどこか作為めいて見え、表情を険しいものにさせた。
「で、そんなウルヒ先輩がどうしてここにいるんです?」
「今回自分がこの地に来たのはプライベートだよ」
「プライベート?聖都からここまで結構な距離があるはずですが…」
聖都からソーンウルヒまでの距離は、旅慣れたものでもおおよそ半月ほどかかる行程である。
「ちょっとした用事があってね。それより、今回ソーンウルヒに入ったのは、盗賊団の魔女の件かな?」
「ご想像にお任せします。どうせ調べはついているのでしょう」
『狩人』の情報網の深さは底が知れない。どういったルートでだれがその情報を発信してるのか、
ヴァロは『狩人』の一員となった今でも知ることができない。
「ククク…そうだね。しかし、表情の隠し方はうまくなったね。一年前は丸わかりだったのに」
「はぁ」
どういう表情をしたらよいかわからず、ヴァロは難しい顔になった。
「君が動いているということはあの『紅』はもう感づいているということか。
…ならば狩人の動きも想定よりも早いと考えたほうがいいな」
ウルヒはひとり呟いた。『紅』というのはヴィヴィの二つ名である。
狩人の人間は一様に彼女のことを『紅』と呼ぶ。
「屍飢竜の件は聞いてる。バルケから聞いたよ。ずいぶん無茶したそうじゃないか」
バルケというのは一年前のメルゴートの一件で一緒に戦った狩人である。
「まあ…はい」
屍飢竜の件は教会の立会いの下、あらゆる隠ぺい工作が図られた。
ヴァロもその隠ぺいに立ち会った人間の一人だ。
フゲンガルデン内の人間は相手の睡眠魔法により眠らされたが、
あの巨人の目撃者はフゲンガルデンの周囲に広く分布し、それを見つけ出し、何らかの理由をでっち上げ
納得してもらった。(それでも納得のできないものには記憶の改ざんまでされた)
また屍飢竜、巨人の荒らした麦畑に関する保証も容易ではなかった
魔王の封印までかかわっているのだから当然といえば当然なのだが。
ただし『狩人』ならば知っていても不思議ではない。
彼らもまた当事者なのだから。
「単刀直入に言おう。僕は君と取引がしたい。僕は今一冊の本を探している。
情報によればどうもリーデ盗賊団のメンバーの一人が持っているらしいんだ。
僕はどうしてもその本を手に入れたくてね」
「本ですか…」
意外な答えにヴァロは少し驚いた。
「本の名前はトーゴ詩編集第四集。百年以上前の無名の詩人の作った詩集だ。
本自身に価値はないし、僕みたいな変わり者でもない限り集める人間はいないだろう」
「…意外ですね。詩に興味があったとは」
「ただの私的なコレクションさ。
君に頼んだのは自分には独立騎士団にコネはないから、君に頼むのが適任と思ったんだ。
回収されてそのまま保管庫行きとか勘弁だからね」
確かに騎士団の保管庫に一度入ってしまえは、最悪数年は外に出せなくなる。
持ち主を特定する作業のためだ。
相手は盗賊で活動範囲も広い。持ち主の特定は正直難しい。
ヴァロはそういった業務を担当する同僚がいる。
「今回僕は表立って行動するのは極力控えたい。もともと狩人とは関係なしにでてきたわけだし、
…僕は裏で動くのが性に合ってる」
最後の言葉には思わず納得してしまった。
「…取引きというからにはそちらもそれ相応のものを出すのですよね」
師の相方だったとはいえ、自分にとっては得体のしれない相手である。
ヴァロは条件次第では断るつもりでいた。
「もちろん。こちらが提示するのはリーデ盗賊団の一員の身柄でどうだろう」
あまりにも予想外の言葉にヴァロは絶句した。
「今…なんと…」
ヴァロは目の前の男の言っている言葉がいまいちの見込めない。
聞き間違え出なければ、この男は盗賊の身柄と言わなかったか?
「だからリーデ盗賊団の一員の身柄と引き換えにこちらの要求を聞いてもらいたい。
身柄は隣の部屋に簀巻きにして眠らせてある。
後は尋問でも拷問でも好きにしたらいい。ただし、自分の名前は出さないことが条件だ」
「どうやって…」
「偶然さ。たまたま怪しい動きをしていた人間がいたものだから
声をかけたら盗賊団の一味だったというだけの話だよ」
口では簡単に言えるが、一般人に扮した盗賊を見分けることは至難といってもいい。
「もし自分がこの取引を断ったとしたら?」
「盗賊を逃がすだけだよ。何難しいことじゃない聞くだけ聞いても損はないと思うけどね」
その言葉にヴァロは頭を抱えた。
今更ながら、逃げ道を完全に断たれたことをヴァロは悟った。
「それじゃ、話そうか」
その言葉にヴァロは思わず苦い表情をした。
「それとまだまだ君には表情を隠す訓練は必要だね」