1-3 その丘の町で
ソーンウルヒの街に到着したのはその日の夕刻だった。
街は仕事が終わり家路につくもの、夕食の食材を買いに来たものでいっぱいだった。
街のいたるところに夕食を作るための煙がそこかしこに立ち上っている。
騎士団は正門から
人垣が独立騎士団の道を開くようにきれいに二つに分かれる。
衆目の目を集める。
「独立騎士団よ」
「あれがサイラム団長率いる賊狩りか」
「例の盗賊を捕まえに来たらしい」
本当に目立ってしかたないと思う。好奇の目にさらされヴァロは逃げ出したい気持ちになった。
ヴァロは最後尾、サイラムに何か手伝えないかと打診したところ、
荷物移送の馬車の御者を頼まれた。
フィアには馬車の荷台に隠れるように言ってある。
宿は騎士団のほうでとってあるという。
ヴァロは独立騎士団が隊列を組み、大通りをわがもの顔で闊歩していく。
ヴァロはそれを最後尾からぼんやりと眺めていた。
「ほら、ぼさっとするな」
いきなり肩をたたかれ、ヴァロは危うく手綱を落とすところだった。
抗議の視線を送るが、騎乗のミランダはどこ吹く風だ。
ヴァロは嘆息し、再び前を向く。
「目立つのはあまり好きじゃないんだがな」
「ヴァロ、何をいっている。騎士たる者、常に人の規範となってしかるべきだ。
この。我々は常に人の…」
こうなるとミランダは止まらない。
ヴァロは自身の迂闊さに後悔しながら、周囲の人垣に目を移す。
通りの両脇には人だらけだ。おそらく夕暮れ時というのもあろう。
見知った顔を視界が捕え、ヴァロは振り返る。
「どうかしたのか?」
ヴァロの行動を不審に思い、ミランダが声をかけてくる。
「…いや、なんでもない。気のせいだ」
視界に見知った顔がいたように感じたが、あの男がこのソーンウルヒにいるわけがない。
ヴァロは頭を振って、手綱を握りなおした。
隊列の行進が止まる。ソーンウルヒの役所の前だ。
大きさは目を見張るものがあるが、見せかけだけだ。
ヴァロは仕事で何度か訪れたことがある。
もともとは騎士団の駐屯所だったのだが、増築を繰り返し、今の建物になった。
中はいわゆる迷路そのもの。親からはぐれた子供が職員に保護されたケースも何度も聞く。
あとでフィアを案内してみるのも面白いかもしれないとか考えていると背後から声がかかる。
「よう、ご両人、お久しぶり」
声をかけられたので振り向くと、そこには衛兵の恰好をしたトランがいた。
甲冑を着込み帷子をつけているさまは普段の彼を知る者からは違和感すら感じる。
槍を抱えながらヴァロの乗っている荷馬車に小走りにやってきた。
「ミランダ、独立騎士団に入ったってのは本当だったんだな」
「ああ、女たらしか」
「ひさしぶりにあった同期に開口一番それはないだろう」
トランは大げさに肩を落とすそぶりをしてみせる。
「それはないも何も、それでここに赴任することになったと聞いているが?」
トランがソーンウルヒの警備役になったのは、上司の女に手を出したためである。
同期の間では当然のこととして語られている。
「そりゃまあ、そうなんだけどよ」
抗議の視線をミランダに送る。
「ミランダ、顔を出してくるぞ」
「直ぐ行きます」
サイラムから声がかかり、ミランダはあわてて返事をした。
顔を出してくるというのはソーンウルヒの市長にだ。
「ヴァロ、トランまたあとでな」
そういうとミランダは役所の中に早歩きで向かっていく。
団長がいなくなってから、独立騎士団の面々は各自自由に宿泊施設に移動し始めていた。
ヴァロもその流れに乗って、移動することにした。
パレードも終わり、周囲からの視線も次第に感じなくなってきた。
トランはヴァロの脇に当然のごとく乗ってきた。
馬車はゆっくりと街中を進む。
「しかし大変だな。こんな行進すれば、賊に逃げてくださいって言ってるようなもんだろ」
「まったくだ」
ヴァロはそれには同意だ。
ミランダ曰く、ここの権力者から協力を取り付けないと、あとあと面倒なことになった場合
大変なことになるという。少数で動く『狩人』はそういう心配はない。
ヴァロは集団として動くというのはいろいろと面倒だと感じざるえなかった。
「ヴァロはなんでまた?」
「例の盗賊退治に助っ人として頼まれてな」
ヴァロはトランにだけ聞こえるように小声で話した。
「…なるほどな。妖術の類を使うと聞いていたが、眉唾もののネタではなかったらしい」
「くれぐれも極秘にな」
トランはヴァロが『狩人』であることを知っている数少ない騎士団関係者だ。
「トランさん、お久しぶりです」
荷台からフィアが周囲を見回し顔を出す。
彼女は大衆の目にさらされるのは苦手なのだろう。
「フィアちゃん、久しぶり。しばらく見ないうちにきれいになってきたね」
「やだ、トランさんたらっ」
まんざらでもなさそうにフィアはトランの肩をたたく。
「しかし、この年齢になると時の立つが早く感じられるよ」
「こらこら、爺くさいこと言ってるんじゃない。トランは仕事はいいのか?」
「現在市内、見回り中。時間が来たら自由解散。うちの上司は理解のある人でね」
「おまえに理解があるってのは大した器の上司だ」
「ったく、どういう意味だよ」
三人で話しているとヴァロの脇から声がかかる。
「お兄さん」
声をかけられてヴァロは馬を止めた。
見るとそこにはどこにでもいそうな少年がこちらを見ていた。
「なんだ、ガキじゃねえの?」
「トラン、怯えてる」
ヴァロはトランを制し、少年に向き合った。
「そこのお兄さんがこれを渡してくれって…」
少年の指差した方角にはだれもいない。
「そこのお兄さん?どこにいるんだ?」
「あれ?」
不審に思いつつも、ヴァロはその紙を受け取った。
ヴァロが紙を受け取るのを確認するなり、少年はその場から走り去った。
「大丈夫なのか?」
「開いてすぐにあの世行きとか理不尽なことはないだろ」
紙には何か書いてある。
ヴァロは目を通すと次第に顔色を変えていく。
「まさか…」
ヴァロの雰囲気からそれがなんであるかどうやら察してくれたらしい。
「まさか、副業がらみか?」
「…そのまさかだ」
ヴァロは天を仰いだ。
よりにもよって今一番会いたくない人間からの手紙だ。
「…先輩殿がこの町に来ているらしい」
空はすでに夜に包まれようとしていた。




