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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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1-2 同期と団長

ヴァロは城門の前で立っていた。

ヴァロは皮の袋を手に、騎士団の制服の上から旅用のマントをつけていた。

腰には剣があり、一般の人間にも騎士団関係者だとわかるような装いだ。

「ヴァロ」

そういって駆け寄ってきたのはフィアだ。

旅用の恰好をしているが、ヴァロの兄ケイオスからもらった

聞けばどこぞの貴族から買い取った服だという。

ずば抜けているフィアの容姿をさらにきわだたせていた。

あと数年すれば、悪い虫が寄ってきそうだなとか

父親の心境でヴァロはそれを見ていた。

「待った?」

「いや?まだ約束の時間までは時間がある」

時間前行動はヴァロにとって

そもそも騎士団自体が時間前行動厳守なため、ヴァロはいつも時間よりも早く来ることが多い。

「旅支度はしてきたようだな。最悪一か月以上フゲンガルデンを離れることになるが大丈夫か?」

「大丈夫」

どこかうれしそうに彼女は答えた。

フゲンガルデンの城は役所という機能もある。

平日は商売の許可を取るもの、もしくは何らかの申請を行うものなどで少ないながらも途切れないほどには人の往来がある。

これが年末ともなると、ちょっとすごいことになるのだが、今はそんな時期ではない。

行きかう人は、奇妙な二人組を一瞥すると何事もなかったかのように足早に通り過ぎていく。

「話ではここで待ち合わせということなんだが…」

「ヴァロ、ところで私たちは誰を待っているの?」

「…そういえばフィアにはまだ言ってなかったな。

今回俺たちは独立騎士団に協力してある盗賊団を追うことになる」

「独立騎士団?」

聞きなれない単語だったのだろう、フィアがその言葉を反芻する。

「そう独立騎士団。ようは国境をまたぐ悪党を追うために編成された騎士団だよ。

悪党というのは国をまたいで行動することも珍しくないからな。

独立というのはどの国にも属さないということを教会に誓った証でもある」

もともとはマールス騎士団領内において辺境の蛮族に対しての戦闘行為や盗賊退治を業務としていたのだが、

その功績と周辺国の求めにより、独立騎士団として周辺国の警備等の任務に就くことになった。

現在では五つの団体が独立騎士団として活動を続けている。

騎士団と名のつくのはマールス騎士団だったというなごりでもある。

「なるほどね」

「便利なもので教会に属している国なら、審査なしの簡易的な手続きで出入りできる」

行商の人間からすれば、羨むべき特権だろう。

入国審査は下手をすれば一か月以上かかることもありえるのだ。

「今回一緒に行動するのはその中でも主に盗賊を専門に相手にしてるところだ。

その独立騎士団に知り合いがいてだな…噂をすれば…」

その言葉を言いかけヴァロは頭をかいた。

視界の端に見慣れた人影があったからだ。

あからさまにヴァロは嫌そうな顔をした。

「はあ…フィア、少し離れててくれるか?」

ヴァロは嘆息すると二三歩フィアから距離を取った。

騎士団の正装である甲冑を着た女がヴァロに足早に近寄ってくる。

「?」

何を言われたのか意味が分からず、フィアが首をかしげる。

ヴァロに近づくとその女は脇に備え付けられた剣を抜き放った。

剣戟を繰り返すこと数合。

白昼突然の剣戟が通りを行く人の視線をにわかに集める。

「物騒な挨拶は相変わらずだな、ミランダ」

「剣の腕はなまってはいないようで安心したぞ」

そう言い交すと、女は鞘に剣を収める。

ヴァロとミランダと呼ばれた騎士は一礼し、親しげに言葉を交わす。

「しばらく見ない間に腕上げたんじゃないのか?」

「それは嫌味か?まだ貴様から一本もとったことはないんだがな」

人だかりからドッと歓声と拍手が上がる。

いつの間にか周囲には人垣ができあがっている。

白昼の大通りで決闘まがいのことをすればこうなることは予測できる。

ヴァロは頭を抱えた。

「フィア、ただのあいさつだよ」

目を白黒させているフィアの頭をポンとたたいて、取り合えず安心させておく。

「場所を変えたほうがいいだろう。このままだと衛兵が駆けつけてくる」

「うちの騎士団長が後からくるのでな」

「やはりお前のところか…」

「そうだが?」

ヴァロはその言葉に頭を抱えた。どうやら今回組むことになるのは同期一番の問題児とらしい。

ミランダと呼ばれた分厚い甲冑で覆われた女は不思議な顔でこちらを見る。

本名ミランダ=ノクターム。

代々有名な騎士を排出してきた名家に生まれる。

鋭い存在感をしているものの、彼女の周りにはどこか凛とした清廉な雰囲気が漂う。

訓練生だったころからその感じは変わらない。

一言でいえば、やたら好戦的で負けず嫌い。

訓練生時代、その容姿に魅了され求愛した男を悉く撃沈し、その数は伝説と化している。

本人いわく、私と並び立つには軟弱者ではつとまらんだそうだ。

ある意味、トランと並ぶ同期一番の問題児。

家宝の魔剣『列炎刀』を持てば、文字通り鬼神の如き力を発揮する。

その武力を買われどこぞの独立騎士団に配属されたと聞いたが、

まさかこんな形で一緒になるとはつゆほども思っていなかった。

「誰かさんが聖都行ってる間何もしてないわけないだろう。

そういうヴァロは赤髪の美女と並んでフゲンガルデンをデートしていたと聞いたのだが?」

「あれはそんなんじゃない。仕事上の付き合いだ」

一年前の動乱後、さんざん周りからそのことを何度も聞かれヴァロは正直辟易していた。

根ほり葉ほり聞かれたが、あまり表ざたにできるような話でもなく、

また相手も話せないような相手だったため、知らぬ存ぜぬを押し通すしかなかったというのもある。

しかしその態度が噂話に拍車をかけ、噂はしばらく続いたのだ。

「どうだか、お前は昔から…なんだ?その娘は?」

「彼女は聖堂回境師のフィアだ。今回の事件で協力してくれることになってる」

ヴァロが紹介すると背後からフィア出てきて一礼する。

「初めまして、聖堂回境師のフィアです。よろしくお願いします」

そういってフィアは丁寧にお辞儀をした。

ミランダは目を丸くしてその奇妙な同行人をしげしげと見つめた。

「聖堂回境師!話では聞くけど生で見るのはこれがはじめてだ」

声を高揚させフィアの手を取り、振り回す。

フィアはどこか困惑気味で視線をヴァロに向けてくる。

ヴァロはミランダには意外とミーハーな一面があったことを思い出していた。

「私は二回目になるかな」

唐突に背後から声がかかる。

振り返ると騎士団正装の甲冑を来た男が背後に立っていた。

「騒ぎが起きているのはどこだ」

ヴァロはどこかで見覚えがある顔だと思い記憶を手繰っていると背後から声がかかる。

数人の分厚い甲冑を着込んだ衛兵たちが騒ぎを聞きつけやってきたのだ。

めんどくさいことになると覚悟したが、以外にもそうはならなかった。

「これはマールス独立騎士団サイラム殿」

隊長らしき人物が敬礼のポーズをとる。

「すまないね。うちの部下が騒ぎを起こしたみたいで。

こっちで言っておくから、私の顔に免じて今回は引いてくれないかな?」

その言葉は衛兵には効果的だったようだ。

敬礼をすると衛兵たちは何事もなかったように、その場から立ち去った。

サイラムと聞いてヴァロはその男を思い出した。

若いころヴァロは騎士団の式典等で遠目で見たことがある。

マールス独立騎士団団長サイラム。一見は白髪交じりの中年の男性だが、

騎士団領きっての頭脳派とも言われている。

主に盗賊団などの討伐、指名手配犯の確保が目的である。

東方の山間部を荒らしまわっていたエヌン盗賊団の壊滅は記憶に新しい。

「まったくいきなり駆け出したと思ったら抜剣したり、打ち合いをしたり心臓に悪いことこの上ない」

その言葉にヴァロは心底共感した。

「すみません」

「まったく、同期の仲間に再会したからと言って天下の往来で剣の打ち合いはないでしょ」

最近の若いもんの考えることはわからんね」

「騎士とはいついかなる時でも鍛錬を欠かさぬものです」

「…それは詭弁だよ。君にはそろそろ私の側近としての自覚を持ってほしいのですが…」

ヴァロはサイラムから出た側近という言葉に少し驚いていた。

「君の噂はかねがね。今回一緒に仕事できることをうれしく思う」

差し出された手をヴァロは握り返した。

「悪いがものぐさな性質でね。手短にいこう。話は聞いている今回我々の追っている相手は

リーデ盗賊団という。もともと北方にいる盗賊団という話だ。

そのまま北にいればいいものを、どういうわけか南の騎士団領まで進出してきた。

しかも連中は最近奇怪な術を使うとかなんとか言われていてね。

警備兵を眠らせたという話も聞く。

さらにここ一年ほどでできた盗賊団のようで、情報も全くないと言ってもいい」

フィアとヴァロは、示し合わせたように顔を見合わせた。

奇怪な術というのは間違いなく魔力を使った何らかの術であろう。

ヴィヴィから聞いていた話とも符合する。

「相手はかなり厄介な相手だ。実態がつかめない上、どこにいるかさえわからない」

「その点は覚悟の上です」

「頼りにしてるよ。さて、我々は今日中にソーンウルヒに向かわなくてはならない。

詳しい話は歩きながらで構わないかね」

ヴァロはその言葉に頷いた。

歩き始めるとサイラムはヴァロに近寄り、小声で話しかけてきた。

「すまないね、うちの若いのが迷惑をかけたみたいで」

視線を当の本人に向けるとフィアに興味をもったのか、フィアのそばを離れようとしない。

そういうフィアもまんざらでもない様子だ。はたから見れば姉妹みたいだともいえなくはない。

ヴァロは苦笑いを浮かべた。

「いえ、気にしないでください。あいつとは長い付き合いです。こういうのは慣れてますから」

「いつも注意はしてるんだが…、本人はいつもあの通りでね。困ったものだよ」

ヴァロは少しだけサイラムに同情した。

「話は変わるが、上が魔狩りの君をよこしたということは…そういう相手だということか」

その問いにヴァロは静かに頷いた。魔狩りというのは騎士団内でのヴァロの裏の業務のことだ。

人にあだなす魔の者を狩る仕事。

発生件数は一般人の起こす事件よりもはるかに少ないし、

オカルトめいたことは人々の不安を煽るとかなんとかで表ざたにされない。

「まったく最近の盗賊は…。改めてよろしく頼む『狩人』のヴァロ=グリフ殿」

差し出された手をヴァロは握り返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします。サイラム殿」


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