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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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5-4 二人の魔女

今日の夕方にもその迎えがくるという。

ヴァロは報告書を提出し、業務をあらかた片付けると

その日は少し早めに城を出ることにした。モニカ女史には睨まれることになったが…。

昨日はあの後、魔女に会えずに帰路についた。

引き渡しは今日らしい。

あの魔女に謝らなくてはならないことがある。

魔女と普通の人間との時間の流れは違う。

加えて彼女は罪人だ。

今謝っておかなくては一生謝る機会が来ないかもしれない。

ヴァロは足早にヴィヴィの住処へ向かった。

路地を曲がるといつも通り人気のない路地に行き当たる。

魔力耐性のないものには決して入れないと言われている。

さらに認められていない人間が通ろうとすると、結界が人を迷わせるという。

ヴァロには『迷った』経験がないのでそこらへんはよくわからないが…。

「よっ」

「ヴァロ様ですか」

そこにいたのはヴィヴィがムーさんと呼ぶしゃれこうべの番人である。

常人が見ようものなら卒倒ものだ。

何度も見るうちにヴァロはすっかり慣れ、最近ではたまに談笑することもあった。

「一昨日来た女性はまだいる?」

「ええ。昨日あなたが出ていってからここを通ったのは誰もいません」

「ありがとう」

ヴァロは忠実な番人に礼をいうとさらに奥へ向かった。


ヴァロが住処にたどり着くと珍しくヴィヴィは家の外にいた。

「何かあったのか?」

「別れの挨拶をさせてるところ。もうそろそろ迎えが来るからね」

「そうか。そういえば、いつ連絡したんだ?」

「三日前にフィアからの連絡を受けて、ラフェミナには連絡してある」

「手際がいいな」

ラフェミナというのは大魔女のことである。

魔女の社会において君臨する最大にして至高。唯一無二の絶対権力者。

「…フゲンガルデンに私の弟子として引き取るのも考えたけれど、

一年前のフィアの件もあるし、そういった行為を何度もするのは立場上よろしくない。

それにあの子たちはそれを望んでいない」

ヴィヴィの視線の先にはフィアとクーナが何やら話していた。

「だな」

ウルヒたちとの約束を思い出す。

フィアは彼女の罪を償ってもらうといった。

「これから先の運命はあの子が決めていくことでもある。私ができることはその手助けぐらいよ」

視線の先にはフィアとクーナが二人で何かを話していた。

「ふたりで会話させて大丈夫なのか?」

フィアは一年前にメルゴートと決別し、メルゴートと対峙する道を選んだ。

一年前の真相を知ったクーナからすれば敵でもある。

結界内では魔法が使えないとはいえ、ヴァロはフィアが少し心配だった。

「あんたさ、フィアも一応ここの聖堂回境師って忘れてるでしょ」

あきれたようにヴィヴィがヴァロの問いに答える。

そう、ヴィヴィは結界内にいる限り結界の力を使える。

それは魔法とは別の力であり、魔法のような力でもある。

「フィアも使えるのか」

「そうでなきゃ、聖堂回境師なんて名乗らせない」

ヴィヴィはどこか遠くを眺めるようにフィアの姿を見た。


「話はすべて聞かせてもらったわ。一年前の騒動の件、メルゴートがなぜ掃滅されなくてはならなかったのか。

…そしてあなたの出生の話…。いろいろありすぎて、一夜明けた今でも心の整理はまだついてない。

…けれどあなたに同情はしない」

フィアは黙って聞いていた。

「私もあの事件にはヴィヴィに協力した。ヴィヴィをとがめるのであれば私も同罪

あなたの故郷を奪った人間の一人」

「だから私も責められるべきと?

あなたは当時メルゴートから除名され、ただのはぐれ魔女だったのでしょう。

はぐれ魔女は所詮はぐれ魔女よ。たとえどれほどすぐれていようともね」

クーナは少し寂しげに目を落とした。

「でも…」

「あなたは責められることなどしていない」

クーナは家の外に二人の黒ずくめの女性が立っていることに気付く。

「そろそろ時間か。じゃあね、フィアさん。あなたはただ前を向いて生きなさい。

…くれぐれも私のようにならないようにね」

そういってクーナはフィアに背を向けた。

「…クーナ、あと一つだけ」

フィアの声にクーナは振り返る。

「なあにフィアさん。いえ…フィア=ルゥー様と呼んだほうがいいのかしら」

「名前を…憶えていてくれてありがとう。うれしかった」

その一言に、クーナはあっけにとられたかのような顔をした。

「ほら、しっかりしなさい。あなたは昔から…」

言いかけておいてクーナは嘆息した。

さっきまで固まっていた表情が少しだけ、ほんの少しだけ緩む。

「今度会うときはお茶でも汲み交わしながらお話したいわね」

どこか気恥ずかしそうに彼女はその言葉を告げる。

「その時は私の手作りのお菓子を用意するわ」

「それは楽しみね」

二人の間に以前と同じ和やかな空気が戻る。


「少しいいか?」

すれ違いざまにヴァロに声をかけられクーナは興味なさげにヴァロのほうを向く。

「何?」

「あんたのもっていた本の件だが…」

すまなそうにヴァロが切り出す。彼女の断りもなく、既にウルヒに渡している。

ヴァロは気まずそうに切り出した。どうやらそれを彼女も察してくれたようだ。

「処分はあなたに任せるわ。メルゴートを出るときに荷物に紛れ込んでいたもの。

手放せなかったのは私自身故郷に未練があったのでしょうね」

どこかふっきれたように彼女は言う。

その言葉にヴァロはほっと胸をなでおろした。

最悪、ウルヒが読み終わり次第、聖都まで出向いて返してもらうことも考えていた。

「本当にあなたって変な人ね」

クーナはぼそりとつぶやくように言う。

「なんだって?」

クーナは人差し指をヴァロの胸に突き当て息を吸い込んだ。

「言っておくけど、無茶しすぎ。魔女めがけて特攻なんて…。

魔法耐性が人よりあるからといって不死身ではないのよ。

あの娘のためにも無茶は控えなさい」

「お、おう、わかった」

対峙した当の魔女本人に説教される形になり、ヴァロは複雑な気分になった。

「駆け出しの狩人さん、あの娘のためにもせいぜい長生きすることね」

彼女は隣にいるヴィヴィに向きあう。

「それではヴィヴィ様、私はこれで」

クーナはスカートを上げて一礼して見せた。

「あなたの償いが済んで、それでも私を許せないときは、私を殺しにきなさい。

私はいつでも待っててあげる」

「…はい」

クーナは黒塗りの馬車に乗り込んでいった。

「いいのか?」

「今は彼女の生きる糧になるのであれば、それでいい。

もっとも、私もむざむざ殺されるつもりもないけどね」


フィアは昼食の支度のため家に入っていくのを見計らうように、

ヴァロはヴィヴィに再び声をかける。

「犯罪に加担した魔女の処分はどうなるんだ?」

「よくわからない。こういう事例は大概所属する結社内部で決められてきたことでもある。

特にはぐれ魔女は…ね」

ここでいうはぐれ魔女というのは結社に所属していないものたちのことである。

ウルヒは処分の対象と言っていた。おそらく今まですべて狩人がその処分を代行してきたのだろう。

「状況も状況だし、私にとってもかわいい後輩だもの。わたしからラフェミナに言っとくわ」

「助かる」

その言葉を聞いてヴィヴィは少し難しい顔をした。

「クーナ自身盗賊に加担していた自覚はあったし、

何より魔王崇拝の思想にどっぷり浸っていなかったのが幸いだった」

「それでも助けようとはしたんだろ?」

その言葉にヴィヴィは深いため息をついた。

「あんたには言われたくないわよ。魔女一人を救うために『型無し』のグレコと対峙するとか考えられない」

お人よしはあんたもだろとヴァロは言いかけたが、藪蛇になりそうなので言葉をのんだ。

「今回の件、あんたはどこまで見越していたんだ?」

彼女の横顔を見ながら感じた疑問をぶつけてみる。

「…魔術の痕跡からメルゴート関係者が今回関与しているかもぐらいには思ってた。

状況から睡眠魔術は一年前のものに酷似していたから。あとは私の勘かな」

「そんなことだろうと思った」

「…あんたらを行かせて正解だったと思ってる。私はここから動けないし…」

極秘事項だがフゲンガルデンは魔王封印地のひとつであり、彼女はここの管理者でもある。

ゆえに立場上彼女はこの地を離れることはできない。

ヴァロ自身、一年前の事件に深く関与していなければ、知ることのできなかった事実でもある。

「そうそうウルヒの奴が今回の件に首突っ込んだって聞いたけど?」

「ああ。今回ウルヒの協力がなかったらいろいろ厳しかった」

ヴァロの正直な感想だ。

ヨーム盗賊団の捕縛、『狩人』への対応などほとんどウルヒの功績とも言って過言ではない。

ウルヒがいたからこそグレコとクワンとの衝突は避けられた経緯もある。

「それであの男は何を要求してきたの?」

「協力の見返りに一冊の本をな…」

ヴィヴィの問いにヴァロは歯切れが悪い答えを返した。

行った行為に彼なりの騎士としての負い目があったからだ。

「一冊の本?」

訝しげに彼女は聞き返してくる。

「メルゴートで見つけた詩集の片割れとかどうとか…。…たしかトーゴ詩編集第四集」

「メルゴートで見つけた詩集ね…。少しこっちで調べてみる」

「何か引っかかることでもあるのか?ウルヒに渡す前に少し目を通してみたが、正真正銘ただの詩集だったぞ。

そりゃかなりの年代物だったからかなり昔の文字が使われていたが…」

ヴィヴィは何か考えるそぶりをした。

「…詩集は一時期魔法式を暗号化して保存しておく、媒介として使われたことがあるの。

人と魔法使いがともに暮らしていた…結社という概念が希薄だった時代。

魔法を使う行為自体見つかると社会からはじき出された時代。

魔法の綴られた本は見つかると即刻所有者もろとも火にくべられた。

だからその時代、料理本、日記などを装い衆目の目から逃れることが必須だった」

ヴァロはヴィヴィの所有する本の中にも何のジャンルなのかわからない本があるのを思い出していた。

「魔法を暗号化してとどめるというのはその際に使われたものでもある。

魔法式の長さも保有している魔法力も、それほど多くないから廃れてしまったけれど…」

「仮に本に魔法式が描かれていても、それほど大規模な魔法式ではないんだろ」

「…私の知っているウルヒという男はね。無駄なことはしない。徹底的な合理主義者。

あの男が意味もなく動くとは思えない」

その言葉にヴァロは合点がいった。

「…わたしのただの想い過ごしだったらいいんだけれどね」

「そうなることを祈るよ」

個人的にこれ以上の面倒事はもうたくさんである。

「ヴァロ、夕食食べてくわよね」

フィアの声が聞こえてくる。

その言葉にヴァロとヴィヴィはお互いの顔を見合わせ笑いあった。

「ああ」

返事をした時には二人はその話を頭の片隅に追いやり、その場を後にした。

ヴィヴィのこの時の予感は、最悪の形で的中することになることをこの時二人は知らない。

それは聖都コーレスを揺るがす大事件の始まりになるのだが…。

二人のいた場所に夏を予感させるさわやかな風が吹く。

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