5‐2 連行
ヴァロは険しい表情をしながら、魔女の向かいに座っていた。
それというのも馬車の振動がアバラを刺激するので、自然表情も険しいものになる。
魔女は素知らぬふりをしたがら外を眺めていた。
「私も落ちたものね」
腕に枷をはめられながらも魔女クーナは不敵に微笑んだ。
フゲンガルデンへ護送中の馬車の中だ。
ヴァロとフィアはクーナを囲むように座っている。
念のため持ち物は取り上げてあるが、相手は魔女だ、逃げるためにはどんな手段を使ってくるとも限らない。
「逃げようとなんて考えるなよ」
「取引もあるし、逃げようなんて考えない。
…逃げたところで行くあてなんてどこにもないわ」
彼女はぼんやりと窓の外の風景を見ながらそうつぶやいた。
魔女の身柄についてはフィアの提案もあり、フゲンガルデンまで移送することになった。
例の魔女はトランの提案でソーンウルヒの監視塔の地下室に拘束されている。
もともと騎士用の懲罰房として使われていたものだ。
捕えた盗賊の数は十名。
盗賊団の身柄を確保した際に、ソーンウルヒの牢屋の空きがなくなってしまったというのが主な理由だ。
魔女とはいえ、うら若い女性を男と同じ独房に入れることに抵抗があったのも一因である。
じめじめとした暗室の中に、クーナという捕えた魔女は椅子に座っていた。
さるぐつわをはめられ、囚人用の拘束具をつけられ、まさに重罪人といったところだ。
魔女の拘束は例がないし、拘束できるとは思えない。
フゲンガルデンのような結界都市を除いて。
フィアによれば彼女ほどの使い手ならば、この部屋を破壊して逃げることは造作もないという。
魔力さえあるのならば魔術、魔法を行使する手段はいくつか存在するという。
フィアが目くばせすると、ヴァロは彼女のさるぐつわを外した。
「クーナ、私からひとつ提案がある」
「なに?」
クーナの目がフィアに向けられる。
その瞳には意外なほどに敵意が感じられなかった。
「逃げないと約束してくれる?私はあなたに拘束具を使いたくない」
「あきれた…私に情けをかけてるつもり?」
それは彼女のプライドが許さないのだろう。
フィアは首を横に振る。
「そうじゃない。これは取引。私は一年前の真相について知っている人間を知ってる。
その人間とあなたを会わせてあげられる」
クーナと呼ばれる魔女にはそれは予想外の言葉だったらしく、
しばらく目を丸くして固まっていた。
「一年前の真相を知っている人間?…フゲンガルデンの聖堂回境師?」
フィアは黙って頷いた。
「いいわ。その提案受けましょう。それに…もとより逃れるつもりはない。
どの道今逃げたところで行く当てなんてないし。
なら最後にルべリア様を退けたというフゲンガルデンの聖堂回境師に会ってみるのもいいかもね」
クーナは自嘲気味にそれを口にした。
彼女はすでに自身の末路を、行く末を受け入れているとヴァロは感じた。
この感じをヴァロは知っている。
すべてに対して絶望し、生きることを放棄している。
その姿は一年前のフィアの姿そのものだ。
「…なら取引成立ね。ヴァロ拘束具を解いてあげて」
その言葉にヴァロは唖然とした。
当の魔女ですら開いた口がふさがらないという感じである。
「あきれた…フィアさん、あなたどうしようもないお人よしね。口約束だけで信用すると?」
「私が知っているあなたならば
自身の誇りにかけて、約束を反故にするようなマネだけはしない」
フィアの視線が彼女を射抜く。
それは時間にしてほんのひと時のことだったのだろうが、ヴァロには一刻にも感じられた。
当人たちはもっと長く感じているかもしれない。
不意にクーナがフィアから目をそらす。
「明朝迎えに来ます」
フィアは部屋から立ち去ろうとする。
「…もう少しふてぶてしくすればいい。
あなたは勝って、私は負けた。…ただ、それだけのことよ」
帰り道ヴァロはフィアに確認する。
「これでいいんだな?」
相手が同意したところで所詮は口約束。
気が変われば破られる。
「彼女は逃げられない。彼女はまだメルゴートに縛られているから。
真相は自身の命を秤にかけても知りたいと思えるもの。
取引の対価とするならこれ以上のものはない」
彼女の言い分はもっともだ。
「それに逃げたらまた捕まえればいいだけの話でしょ」
フィアは微笑んでそう言った。
彼女の一言に思わずヴァロは言葉を失う。
「ははは…そりゃそうだ」
ヴァロは盛大に吹き出した。
「…ヴァロ、昔私はあなたに助けられた。今度は自分がそれを返す番」
ならヴァロはフィアを信じることしかできない。
ただ、たとえどんな結末を招いたとしても後悔はない。
「一年でフィアも成長したもんだな」
「まあ…そうなるのかな…」
照れくさそうにフィアはつぶやいた。
回想のあとヴァロは改めて目の前の魔女と向き合う。
腰まである光沢を帯びた長い黒髪は上質なシルクを思わせる。
華奢な身でありながら、どこか凛とした空気が彼女の周りには漂っている。
加えて憂いを帯びた瞳は美しさを一層際立たせていた。
その光景は一枚の絵画を思わせた。
ヴァロは思わず見とれていると、フィアが横から肘をぶつけてくる。
となりにいるフィアの笑みがなぜか怖い。
「あ、あんたは北の地から、なぜはるばる騎士団領まで来ようとしたんだ?」
気まずい空気を打開しようとヴァロはクーナに言葉をかける。クーナと視線が合う。
気になっていたことだ。なぜ危険を冒してまでこの南の地までくることを選択したのか。
しばらくするとつまらなそうにクーナはヴァロから目をそらした。
「…私はあの方たちの最後の地を見ておきたかった」
「それだけのために命をかけたというのか」
その言葉にクーナはヴァロに何か言いかけようとするも、彼女は言葉を飲み込んだ。
「それだけ…そう…ただそれだけね。
あの方は…ルベリア様は私にとって…いえ、私たちにとって世界そのものだった」
ルベリアというのは一年前の事件の首謀者であり、
魔法結社メルゴートのトップであった魔女の名前だ。そして、ヴィヴィの双子の妹でもある。
「それと盗賊の頭から伝言だ。じゃあなだとさ」
「…そう…彼には迷惑をかけたわね」
彼女は外を眺めながらそうつぶやいた。
「初めはただの恩返しのつもりだったのよ。
けれど一度成功したら後戻りがきかなくなってしまった」
それはヴァロに向けられた言葉ではない。
「結果として私はあの人たちの運命を狂わせたことになる。
私たちは人とは関わってはいけなかったのよ」
クーナは唇を噛みしめる。
フゲンガルデンまでの道のりの間、その魔女は黙ったままだった。
二人の乗る馬車を小高い丘から見つめる二人の人影。
「…予想に反して何も起きませんでしたね」
フゲンガルデンには魔法の使用を禁ずる絶縁結界が張ってある。
さらに稀代の魔法使い『紅』もいる。
男は動くのならばソーンウルヒにいる間とにらんでいた。
ソーンウルヒは騎士団領の玄関。
北には聖都コーレス、東には交易都市ルーランがある。
もし逃亡するならばソーンウルヒにいる間だろうと彼らは考えていた。
「存外あの嬢ちゃんキレ者らしいな。逃げ出したら真っ先に始末してやろうかと思っていたが…。
拘束具まで解いて馬車にのせちまうとか」
右手で暗器をもてあそびながら、中腰で丘の上から街道を行く馬車を見下ろす。
眼鏡越しの視線は馬車から離れない。
「残念だったな、今回のうちらの出番はなしだ。あの魔女の処理はあいつらに任せよう」
これで終わりというようにグレコは馬車から視線を外し、立ち上がる。
先ほどまで右手でもてあそんでいた、暗器はいつの間にか手元から無くなっている。
それはまるで野生の獣がむき出しの歯を収めるさまを連想させた。
「お前から見てどうだ」
「それは、腕は認めますが…」
クワンの言葉を聞いてグレコはにやりとする。
「ここ最近ゲテモノ続きだったからなぁ、生身の人間とやるのは
久しぶりで新鮮だったよ。暗器まで使っちった」
暗器という言葉にクワンはぎょっとした。
「暗器まで…軽く遊んでやるつもりじゃなかったのですか?」
「…初めは、そのつもりだったんだけどな。若さにあてられたよ。
ギヴィアの奴が入れ込むのも分からなくはない。あの男、これから伸びるかもなぁ」
そういって高笑いをする。
グレコはあの夜立ち会った時のことをを思い出していた。
騎士らしく剣筋は正直で無駄のないものと思いきや、
意表を突くような攻撃にも対応してきていた。
「いずれ狩人は奴中心に動き始める。良くも悪くもな。
その時俺は観客席にいたくはないんだよ。だからこそ奴に自らの立ち位置を教えた。
もっとも、これから生き残れるかどうかはあいつ次第だけれどな」
「楽しんでますよね…」
「ああ、楽しんでるよ。ここまで上の連中が右往左往するのはめったにないからな」
クワンはグレコの表情をみて思わずぞくりとする。
口元は笑っているが、眼鏡の奥には怪しげな眼光がある。
それにクワンはまるで餌を前にした猛獣そのもののような錯覚をうけたからだ。
「じゃーな。『魔王の卵』さん。願わくばまた会えんことを」
そう言い残すとグレコたちは丘から立ち去った。




