5‐1 後始末
盗賊団の捕縛劇があった次の日の昼ごろ、ウルヒとヴァロはソーンウルヒの北門の前で話していた。
これから北に向かおうとする人の波が一段落したところで人影もまばらだ。
空は澄みきっていて、移動するにはもってこいの日和だろう。
ヴァロは大きな欠伸をした。
フィアは捕縛した魔女の監視にあたっている。
独立騎士団の活躍により、盗賊たちは捕らえられ、
盗賊たちの身柄は一時的にソーンウルヒの留置所に預けられた。
狩人の二人組グレコとクワンは魔女の捕縛が済んだ後、いつの間にか姿を消していた。
「ところでグレコさんとクワンさんは?挨拶ぐらいはしておきたかったんだが…」
「グレコとクワンならもう次の現場に向かったんじゃない?」
依頼されていた本を片手にウルヒ。
盗賊団の捕縛後、魔女の借りていた宿を見つけ出して勝手に持ってきたらしい。
ヴァロはウルヒの手際の良さに舌を巻く。
「どーせ、どこかで出くわすさ。この世界は意外と狭いからねぇ」
あっけらかんとした様子でウルヒ。
「俺の休暇もあとわずかでね、すぐに聖都にもどらなくちゃならない。
もう少しゆっりしていきたいけど、これ以上休むとニルヴァからお叱りを受けそうだ。
サイラムさんにはよろしく言ってたと伝えといてくれ」
ウルヒは馬に飛び乗った。
ウルヒは現在『狩人』として聖都コーレスに拠点を持っているという。
話によればここから馬を乗り継ぎ、聖都コーレスまで二日で戻るという。
コーレスまで旅をしたものからすれば無茶苦茶な行程だ。
「そのニルヴァというのは…」
ウルヒとグレコの会話に一度出てきている。
「コーレスの聖堂回境師さ。狩人をやっていれば会うこともある。
『紅』と違ってカタチにこだわるし、人使い荒いのがなんともね…」
ヴァロは今回結果として自分のやり方を押し通すことになってしまった。
今思い返してみれば、フゲンガルデンから戻ってきた際にヴァロと接触し、
手を引くように言ってきたのはヴァロを気遣ってだとも考えられた。
あの時点で接触する必要はグレコにはなかったのだ。
「その…今回は本当に助かりました」
ヴァロから差し出された右手を、ウルヒはしばし逡巡したあと握り返した。
「…魔女の拘束にはくれぐれも気をつけることだ」
「ああ」
返事はしたもののウルヒ発した言葉の重みをヴァロはまだ知らない。
「どうせまたすぐに会うことになるかもしれないけれど」
ヴァロはウルヒの言っている意味が分からず首をかしげた。
「こっちの話だ。それじゃ」
そう言って彼は振り返ることなく馬を走らせた。
ウルヒの後ろ姿をぼんやりと眺めていると突然背後から声がかかる。
「ヴァロ、こんなところにいたのか」
振り返ると背後にいたのは馬に乗ったミランダがいた。
「何かあったのか?」
「団長殿がお前のことを探していたぞ?また何かしでかしたのか?」
「心当たりはないが…」
「とにかく詰所まで来い。フィアちゃんも連れてな」
それだけ言い残すとミランダはその場を去った。
ヴァロはミランダの言葉に従ってフィアを伴い詰所までやってきた。
詰め所はレンガ造りの建物で奥には小さいながらも囚人収監用の牢がある。
到着すると奥の個室に案内された。
個室はテーブルと向かい合うように椅子が二つあった。
サイラムと錠をはめられた男が二人椅子に腰かけている。
ヴァロがその部屋に入ると待っていたかのようにサイラムが立ち上がる。
「ヴァロ君、それにフィアさん、忙しいところすまないね。本来ならここは尋問部屋なのですがね。
今回ここの上にかけあって特別にお借りしました」
「要件は何です?」
「今回のことすべてを話す条件として彼が提案してきた内容が
あなたとの対話の機会をもつことだそうです。ヴァロ君、フィアさん少しだけお願いします」
つまりは罪人と取引を行ったということだろう。
ヴァロはサイラムの言葉に無言で頷いた。サイラムはヴァロ肩をたたくと部屋を後にした。
ヴァロは罪人と対峙する。男に顔には見覚えがあった。
「酒場にいた…あんたが。確か名前はルダエ…」
「今はリョカと呼んでくれ」
言いかけた言葉をさえぎるようにその男、リョカは言う。
ヴァロは男の向かいに腰かけた。
「今回あんたらが追っていた盗賊団の頭目をしてた。
ったく、こっちは声ですでに面が割れるんじゃないかってひやひやしたってのに…」
ヴァロは思い出すのと同時に自分の迂闊さを悔いた。
「あんた魔女なんだな」
フィアは黙って首肯する。
「はじめ見たときに奇妙な二人組だと思ったぜ。
だからこそ声をかけてみたくなったんだがな」
リョカはその顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
「で、あいつはこれからどうなる?」
「彼女はフゲンガルデンに連れて行き、その後、私たちのルールで裁かれることになる。
彼女は盗賊行為に加担していた。それは事実なのだから」
フィアは事実を淡々と述べた。
「そうか、カタチはどうあれあいつは元の場所に戻れるんだな」
その言葉にあるのは安堵に他ならない。
リョカはそれを聞くためにヴァロたちを呼んだのだ。
「じゃあな。変わり者の騎士とちっこい魔女さん。あんたらに会えてよかったよ」
男はどこか晴れ晴れとした顔でそう言った。
「あの魔女に何か伝えることはないか」
騎士として盗賊を見逃すことはできないが、この男のために何かをしてやりたいと思った。
「じゃあなとだけ伝えておいてくれや。
…うちらみたいなのがいる薄汚れた場所に、あれはあまりに場違い過ぎたのさ」
そう、帰るべき場所に送り返してやることだけ。
この男はそのためにわざわざこのフゲンガルデンまでやってきたのだ。
何となくだがヴァロは男に共感できた。
「…彼女は責任を持って送り届ける」
「当然だ」
約束ではない、これは誓いだ。
ヴァロはそれが男にとっての救いになればと切に願った。
「あの…」
ヴァロの脇にいたフィアが立ち止まり、振り返る。
「なんだちっこい魔女さん」
「ありがとう」
彼女はそういって頭を下げた。
部屋を出るとサイラムが壁にもたれかかっていた。
左手には包帯が巻かれている。
「サイラムさん、お怪我のほうは…」
左腕には包帯が巻かれていたなかった。
「もともと自傷した傷です。この程度でどうこう言っていたら騎士の名折れです」
そういってサイラムは腕を上げ微笑んで見せた。
「今回の盗賊団の話なのですが、もともと彼らは北方で小さな傭兵団をしていたようです。
一年前のある警備の依頼で、一人の女を拾ったのが盗賊団になった理由らしいですね」
サイラムがつぶやくようにヴァロの横で話しかけてきた。
それならあの夜対峙した際の緊迫感、統率力とは対照的に、盗みに関して手馴れていなかったのも何となく頷ける。
「その警備の依頼というのが奇妙な依頼だったようでして。
一年中雪で覆われた山一帯からネズミ一匹逃すなという意味のわからない命令だったそうだ」
「そうですか…」
サイラムはヴァロの顔を見ることなく続ける。
魔法結社メルゴート掃討作戦。
その作戦が一年前行われたのはヴァロも聞いている。
今回の事件はないはずの魔法結社、メルゴートが関与していることに今更ながら驚いていた。
本人たちが望むにせよ、望まないにせよ今回の盗賊団も一年前に運命を変えられた人間なのだろう。
「最後にひとつだけいいですか?」
「答えられるものなら答えますよ」
「あれを側近にしたのはどうしてです?」
気になっていたことでもある。たしかに腕も実力も彼女にはある。
だが側近に要求されるものとは少し違っている気がした。
「そりゃ、面白いからに決まってます」
意外な返答にあっけにとられたあと、ヴァロは吹き出した。
「ははは、たしかに」
ヴァロは笑って同意した。
「サイラムさん、本当にありがとうございました」
「ヴァロ君、またどこかで」
差し出された右手をヴァロは握り返した。




