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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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1-1 魔女からの依頼

その事件の話がヴァロに入ったのはフゲンガルデンを襲った魔女たちの事件から

およそ一年とたったころだ。

ヴァロはフィアの件もあり、頻繁とはいかないまでも一か月に

七、八回はヴィヴィの家に顔を出すようにしていた。

もっとも今回彼女の住処を訪れたのはヴィヴィに呼び出されたためだ。

城塞都市フゲンガルデンはあれから静かなもので魔女襲撃の一件以来拍子抜けするほど、

何も起きていない。そうそう起きてもらってもこまるのだが…。

『狩人』からの連絡も一年前の事件以来一向に来ない。

ヴィヴィ曰く、北国と比べて騎士団領ではそれほど魔がからんだ事件は起きないらしい。

何が起きてもいつでも動けるようにしとくのが仕事だということだ。

ヴァロが庭先の石に座りながら物思いにふけっていると、フィアが横からお茶を出してきた。

「ありがとな」

ヴァロはそういうとフィアは。

茶の葉はフィアが城壁外の野草を干して独自にブレンドしたものらしい。

ヴァロは茶の味はわからないが、飲み易いと思う。

「フィアは何か不自由していることあるか?」

フィアは横に首を振った。

フィアと呼ばれたこの少女こそ一年前の事件の中心人物であり、また被害者でもある。

年齢はおよそ十二、三歳ぐらい。鮮やかな金色の髪は。

一年前はそれほど長くなかった髪も、今では肩まで髪がのびてきていた。

宝石のような緑の瞳は見るものを惹きつけてやまない。

顔だちも徐々に大人びて来ているのがわかる。

少女の成長がヴァロにはただうれしかった。

「お前のお師匠様はまた地下にいるのか…」。

ヴァロの問いかけに、フィアは首を首肯した。

相変わらずヴィヴィはこの家の地下で怪しげな、魔法の実験らしきものを繰り返していると聞く。

聞けば研究が始まると不眠不休で一週間以上も地下の研究室にこもることもあるという。

その時フィアはもっぱら食事の世話をするのが仕事になる。

たまに授業もしているらしいが、ヴァロはその光景を見たことがない。

「フィアは…その…今のままで大丈夫なのか?」

「私はまだこの家の蔵書の半分も読んでいないし…」

ヴァロは危うく口に含んだ茶をふきだすところだった。

「おま…、あれを全部読破するつもりなのか?」

この家には地下室が無数に存在し、そのうちのいくつかは本で埋め尽くされている。

ヴィヴィ曰く、本を集めているうちに必要に迫られ増設を繰り返すうちにそうなったという。

一度みせてもらったが、その蔵書は騎士団領の図書館にも匹敵するほどの蔵書量である。

「うん」

屈託なくフィアは頷いた。

半分も読んでいないと言っていた気もしたが、その点はスルーすることにした。

「そ、そうか、がんばれよ」

ヴァロはお茶をすすりながら、言葉をかける。

肝心の呼び出した魔女がいないのでは話にならない。

「また夕方あたりに出直してくるよ」

「いつも通りなら、もう少し出てくるころだと思う。

そのあと食事をとって寝ると思うからこのままいないと会えないんじゃないかな」

それを聞き、ヴァロは深々とため息をついた。

ヴィヴィの寝起きの悪さはヴァロも知っているところだ。

無理して起こそうものなら、魔法の一つや二つ飛んでくる。

魔法自体はヴァロにとっては問題ないのだが、

それでも起きない上に、そのあとの部屋の片づけまでやらされるのが嫌だった。

「もう少し頼む」

あいつの用事で呼び出されたのになとか心の中で毒づきながら、

ヴァロは庭先で剣の手入れでもすることにした。

フィアから出された手作りのお菓子に舌つづみを打ちつつ、フィアの近況話を聞くことになった。

砂糖は高価なものなのだが、ここではそうではないらしい。

余談だが、以前怖いもの見たさに、聖堂回境師として支給されている金額を聞いてみたことがある。

彼女が何気なく口にした金額はヴァロのそれとは一桁違っていた。


そうこうしてゆったりと休日のゆったりとした時間が過ぎていく。

しかし、扉の開く音によってその時間の流れは唐突に絶たれた。

出てきたのは不機嫌な顔で、真っ赤な髪をした一人の女だ。

真紅の瞳は意志の強さを示すかのよう。

身なりを整えればどこぞの貴族の娘といわれても違和感がない。

事実一年前の事件の化けた姿はどこぞの令嬢とかいう噂までたっているほどだ。

「あー終わった…。フィア…お茶ちょうだい」

机にもたれかかりその魔女は体をだらんとさせた。

令嬢とか噂を立てている人間たちに是非とも見てもらい光景だ。

一仕事終えたような顔をしている。

フィアはパタパタと小走りにお茶を用意するべく台所に向かう。

「大変そうだな」

「ええ。やっぱり糸口なしでは次元干渉は…あれ、ヴァロ来てたの?」

きょとんとした顔でいうヴィヴィに対し、ヴァロは頭をかかえた。

「あれじゃない、呼び出したのはおまえだろーが」

「そういえば…ごめんごめん、忘れてた」

ヴィヴィはごまかすように笑いながら謝った。

この魔女との付き合い方はこんな感じなのだということは、付き合い始めてからそれほど立たないうちにわかった。

こんなことで腹を立てていては身が持たない。

「それじゃ、呼び出した要件に移ろうとしようか。

数日前コーダの街で豪商が襲われた話は知ってるわよね」

コーダというのは騎士団領東北部にある割と大きな町である。

「その話なら聞いてる」

誰一人として死人を出すことなく、だれの目にも触れることなく家にある金目のものを持ち去ったという。

その鮮やかな手口に現在この騎士団領の話題はもちきりである。

「問題なのは盗みを魔力を使用した痕跡が残っていたこと」

「つまり盗賊団の中に魔力を使う者がいるということか」

「おそらくね」

そういうことなら、今回自分が呼び出された理由も何となく納得がいく。

今回ヴァロにはその盗賊団の魔法使いに対する対処を依頼したいのだろう。

「しかし、情報が早いな。まだうちの狩人も動いていないだろ」

「…こっちにも、いろいろあるのよ」

どこか居心地が悪そうに彼女はつぶやく。

ヴィヴィは聖堂回境師という教会からも公式に認められた立場にいる。

その役職の中身は主に、このフゲンガルデンを覆う結界の管理の一切を任されているというもの。

聞くところによれば聖堂回境師という役職は、魔女の世界でも十数名しか認められていない

というかなり高位の役職だという。

ヴィヴィの普段の様子からはとてもそんな立場にいるとは思えないのだが…。

そのヴィヴィならば、そういったつてを持っていても不思議ではないだろう。

「ヴァロには明日にでも盗賊団討伐の命に就く様に連絡がいくと思う」

ヴァロはこの魔女の根回しの早さに舌を巻いた。

「それと一つ頼みがあるのだけれど、

今回の討伐にフィアも同行させてもらえない?」

予想外の申し出にヴァロは思わず目を見開いた。

「理由は聞いてもいいのか?」

「本ばかり読むことが大切なことではないわ。見聞を広げることも重要なことよ。

私はフィアには狭い見識の子にはなってほしくないのよ」

フィアの後ろ姿を見ながらヴィヴィはつぶやいた。

「それなら別にかまわんが・・・」

「それに気になることもあるしね…」

「気になること?」

ヴァロの問いにヴィヴィは答えない。

「もうじき『狩人』がこの事件に関して嗅ぎ付ける。

ヴァロにはできれば連中がこの事件を嗅ぎ付ける前にフィアとともに見て、

そして、あなたたちなりに幕を引いてほしい」

「幕を引く?」

ヴィヴィの言っている意味が分からない。

異端審問官『狩人』というのは魔を狩ることを目的として作られた戦闘集団である。

一年前の事件で数人の戦闘行為を目の当たりにしたが、人間業とはとてもじゃないが思えない。

ヴァロは訓練の際、何度も繰り返し思い出して

「多分…私の考えが正しければ…」

そう言いかけてヴィヴィは言葉を止めた。

「…言いかけといて途中でやめるな。

まあいい…もしもの時はお前の名前を出すが…いいな」

聖堂回境師としてヴィヴィは『紅』という二つ名で呼ばれ広く知られている。

ヴァロとしてもなんらかのトラブルが生じた際に、とりあえず何らかのカードがほしいという打算があった。

魔女がらみなら『狩人』との接触もありうる。

ヴァロも狩人の一員ではあるが、組織のことについてはまだ日も浅く、断片的なことしかわからない。

相手は戦闘のプロ集団であるということ以外は。

「ヴァロを信用する。せいぜい効果的に使ってちょうだい」

「…わかったよ。ったく、信用してると言いながら、あんたは肝心なことはいつも話さないのな」

少し毒づいた振りをしてみる。

『狩人』である以上、聖堂回境師という立場にいる彼女からの依頼は正当なものだ。

さらにいうなら人に魔力を使い危害を加えるものに対しての狩りは『狩人』としての本分でもある。

ただその点を除いても、ヴィヴィが何か隠し事をされているような感じがして妙に気に食わなかった。

「ごめんね。この件に関しては私自身からの依頼も半分入ってる。

私からも少し報酬を上乗せさせてもらう」

「…別に金がほしいわけじゃない」

ヴァロは怪訝な顔をした。

「気を悪くさせたのなら謝るわ。こっちの気持ちよ。

「どうしてもというなら、フィアのために使ってやってくれ。年頃なんだ、いろいろ金が必要だろ」

「…ヴァロがそういうなら、あの子のために使うことにする」

ヴィヴィは笑みを見せた。

「気になることもある…思い過ごしであればそれに越したことはないわ」

「勘ねぇ」

ヴィヴィの勘は妙にあたる。それは一年前の事件で確認済みだ。

ヴァロは盛大なため息をついた。観念したといったところだ。

「こっちはヴィヴィの

「ありがとね」

それがこの事件の発端でもあった。

やがてこの事件は聖都すら巻き込む事件に発展していくのだが…、

今のヴァロたちはそんなことになろうとはつゆほども思っていなかった。

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