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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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4-4 駆け引き

「ほらほら、俺から目を離すなよ」

楽しげに語るのとは裏腹に急所を的確に狙った斬撃が繰り出される。

相手の武器は奇妙な形状の短剣だが、踏み込みは恐ろしいほど深く、体格が自分よりも一回りある相手の斬撃を連想させるほど重い。

剣の速度はかろうじて目で追える程度。

剣先が目の前をかすめる。

一瞬の油断が命取りになる。

隙はおろか、対峙するだけで重圧を感じる。

騎士とは戦闘のスタイルは異なっているが、

剣術一つとってみても、騎士団の中でもこれほどの使い手はいないと思わせられるほど。

ヴァロの呼吸は既に荒く、心臓は張り裂けそうだったが、頭は異常に冷めていた。

昨日ウルヒから聞いた言葉が脳裏をよぎる。

「狩人の戦闘スタイルは大まかに分けて二つ。

自身の内臓魔力に依存した戦闘スタイルと外部魔力を利用した戦闘スタイル。

グレコは魔力保有量がそれほど高くないと聞いたことがある、となれば魔器、暗器に頼る攻撃が主流だ。

もし対峙することになったのなら、魔器を使われる前に倒さなくてはならない。

『型無し』と呼ばれる存在にこの常識が通じるかどうかはわからないけどね」

『型無し』とウルヒはグレコのことをそう呼んでいた。

その言葉の意味がはじめわからなかったが対峙した今ならわかる。

とにかく手が広く、型にはまらない。

ナイフをで切り付けてくると思えば、死角から拳が飛んでくることもざら。

目を離すことは絶対に許されない。

ヴァロは振りかぶり渾身の一撃を男の頭上に叩き込もうとするも、

あっさりとグレコにかわされる。

「ほらどうした?」

斬撃をかわされたと思うと腹部に違和感が走る。

意識が拳を腹部に突き立てられたと気づくのに時間のラグがある。

痛みで飛びそうになる意識を、かろうじてつなぎとめながらヴァロは距離をとった。

あばらの数本は折れたかもしれない。

「カッカッカ。鍛えてるね。並の人間だったら意識飛んでんぞ」

どこか楽しげにグレコは言ってくる。

追撃をしないのは圧倒的有利を疑わないためか。

苦悶の表情をしながらもヴァロはグレコから視線を離さなかった。

こちらを試すかのような攻撃を放ってくる。

今のも刃物を突き立てられていたら間違いなく死んでいる。

師とは種類が違うが、この男にもまったく勝てる気がしない。

ただヴァロはここで引くわけにはいかなかった。


体勢が整い始めるのを見計らってか、グレコの指から鉄の塊が無造作に放たれる。

ヴァロはその塊をかろうじてかわした。風切り音が耳元に残る。

戦いの中で少しづつ慣れてきている。

「おう、なかなかやるね」

ヴァロの扱う鉄芯とは違って威力、射程は劣るが、対人用としては十分だろう。

打ち所が悪ければ致命傷になるほどのものだ。初見だったらかわすことはまず不可能だろう。

この技は何度も同じ相手に繰り出す類の技ではない。

ヴァロは慎重に間合いをとりながら、次の一手を必死に考えていた。


不意に眼前の敵の殺気が緩む。グレコは手で暗器を弄び始めた。

「最後になるかもしれないからひとつ聞いておくが、あんたにとってあの娘はなんだ?

聖堂回境師とは聞くが、命を張るほどのものかねぇ」

あきれたような、それでいてどこか興味なさげな様子で男は聞いてくる。

この男の行動にしてみればありふれた気まぐれの一つなのだろう。突然の質問にヴァロはあっけにとられた。

「話では魔を許さない熱血漢って聞いてたんだけどな。人の印象なんぞあてにならないもんだ」

「…」

「お前ををそこまでさせる理由はなんだ?」

唐突な質問にヴァロはあっけにとられた表情をした。

直後フィアの顔が笑った顔が脳裏に浮かぶ。

ヴァロはほんの少しだけ表情を緩め、目の前の狩人と向き合う。

「…あんたにしてみれば取るに足らない理由だろうが、俺が命を張るには十分だ」

変えたのはあの娘。望んだのは自分自身。そしてそれを不快にも感じてはいない。

一年前、フィアと出会う前ならば考えられなかった選択をしている。

その考えがヴァロの表情を少し緩ませる。

「それじゃ、お互い同意済みってことでいいな」

グレコは手で弄んでいた暗器を持ち直す。

途端にグレコを取り巻く雰囲気が変わる。

分厚い圧迫感に押しつぶされそうな感覚を受ける。

これからは手加減はしないという意思表示なのだろう。

「ああ」

どちらが優勢かは明らか。元々勝算などかけらもない。

「騎士というのはどうしてこう直線的で強情なのかね」

そうグレコはぼやいた。

おそらく今のがグレコの最後の譲歩なのだろう。

次に来るのは確実な終焉だ。

この勝負の決着であり、自身の意識を刈り取る一撃であり、確実な死だ。

ヴァロはグレコの次の攻撃に全神経を集中させた。

間合いの取り方、手数、経験そのどれもが目の前にいる男が上を行く。

どんな手を使っても返されてしまうイメージをぬぐえない。

どうすればいいのかわからない。

相手が走り寄ってくる様が異様に長く感じられた。


ヴァロの手には剣があった。

ヴァロは騎士であることを思い出した。


打ち合うこと数合。

グレコがヴァロの必死の剣戟に距離を取った。

「やるね、俺を引かせた人間は久しぶりだよ」

目の前で何が起きたのかヴァロには信じられなかった。

あのグレコが自分から距離を取った?

「はい、そこまで」

ウルヒの声がその場に響き渡る。

「クワン君ならあっちでお休みしてるよ?」

「…早すぎだ。もう少し楽しませろよ」

つまらなそうにグレコ。手していた暗器はいつの間にか消えている。

「仕事は早く終わらせるのがモットーでね」

「早過ぎる男は嫌われるぞ」

その場を包んでいた分厚い威圧感のようなものが消えているのがわかる。

「ま、そういうことだ。ヴァロ君よくやったね」

「こっちもそれなりに楽しめた」

二人の間ではすでにことが済んでいるということだ。

ヴァロはあっけにとられて二人のやり取りをみていた。

「ここでの戦いもこれまでってことさ」

「俺はこれ以上やってもいいんだがな」

「狩人同士のガチの決闘行為は禁止されてるでしょ。

それに標的を目の前にして殺しあうほど分別なしでもないでしょうに」

「ちげーねぇ」

グレコはいたづらっぽく笑みを浮かべた。

「ヴァロ君、これは稽古だよ」

その言葉にヴァロははっとした。

目の前の男は鼻から闘ってなどいなかったのだ。

確かに思い当たる節はいくつもある。この男は自分を殺す気はなかったのだ。

「気を悪くしないでくれよ。こうするしか君の望みをかなえられそうになかったからね」

「…」

ヴァロは頭を抱えた。

ウルヒへ向けられたものではない、それは自身へむけられた苛立ちだった。

グレコという男に自分は全力だった。それが簡単にあしらわれた。

騎士として、狩人として自分の未熟さを思い知る。

「さて丘の上ではもう始まっているようだけれど、グレコもくるかい?

もちろん手出しは無用で」

丘の上では魔法らしきものが爆音とともに光を放っていた。

フィアと例の魔女が魔法で対決しているのだろう。

「ああ。是非とも行きたいね。面白いものが見られそうだ」


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