4-3 対峙
ヴァロたち三人は、一直線にフィアの指し示した丘へ移動していた。
フィアはわずか半日で編み出した魔法を使い、跳ねるようについてきている。
一瞬だけ足元が地面と接する一瞬だけ光を放ち、少女を地面から引き離す。
それは一度でヴァロの十数歩分の移動を可能とした。
木の枝などの障害物の多い場所では使うのはひかえているが、それでもヴァロたちの後を離れない。
「器用なことするもんだ」
走りながら、そう漏らしたのはウルヒ。
フゲンガルデンに行ったヴァロを待つ間にこの魔法を組み上げたのだという。
それがどれほど逸脱した行為なのかヴァロが知るのはずっと後のことだ。
「少し待った」
ヴァロとフィアは足を止め、声を発したウルヒのほうを見る。
周囲には人はおろか動物の気配すらない。
「ここでやっておかないといけないことがある」
いつになく真剣な表情でウルヒ。ヴァロは意味が分からず思わず首をかしげた。
そう言ってウルヒは抜けてきた背後の森を振り返る。
「出て来たら。ここでの獲物の横取りはみっともないだけだよ」
ヴァロは、ウルヒの発した言葉は誰に向けられたものなのか意味は分からなかった。
「…よくわかったな」
ウルヒの声に呼応するかのように、二人の男が森の闇の中から姿を現す。
グレコとクワンと呼ばれる『狩人』だ。
ヴァロは全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。
つけられていた。
例の川での一件以来、その可能性は考慮していた。
そのためソーンウルヒにある宿営地からここまで来るのに変装し、偽装し、何度も馬車を乗り継いだ。
盗賊に万が一にでもこちらの動きを悟らせないためにでもある。
出し抜いたつもりが完全に出し抜かれていた。
「そりゃ、何回かお仕事ご一緒させてもらいましたからね」
内心混乱しかけているヴァロとは対照的に、いつもと変わらないウルヒの声が周囲に響く。
敵にすると厄介だが、味方だとこれほど頼もしい存在もない。
『狩人』とはいえ聖堂回境師に牙をむけることはない。
だがはぐれ魔女となれば話は別だ。どんな手段を使ってでも仕留めようとしてくる。
この男ならばあの魔女を仕留めることはたやすいだろう。
グレコにはそう思わせる何かがあった。
グレコは『狩人』の中でもトップクラスの実力者。
さらに走っている方角から、相手の魔女の居場所も知られてしまったとみるべきだろう。
どうしてもここで足止めしなくてはならない。
あの魔女を捕らえることが自分たちの目的であり、フィアの望みなのだから。
ヴァロは深呼吸すると、覚悟を決めてグレコたちに向き合った。
「先に行け」
「でも…」
フィアは何かを言いかけたが、ヴァロはそれを言わせなかった。
彼女はしばしの逡巡のあと、何かを決意した表情になる。
「フィア、無茶はするなよ」
相手はかなりの力を持った魔女だという、フィアの実力は知ってはいるものの
その点が唯一の気がかりだった。
「ありがとう。私なら大丈夫」
フィアはそう言って、微笑んだ。そして少女は駆け出す。
魔法を伴った移動で、あっという間にフィアの姿は視界から消えた。
「あまいねぇ」
あきれたかのようにグレコはつぶやいた。
「フィアは今回自分でかたをつけたいと言った。あいつの邪魔はさせない」
こうなってしまった以上ここで引くわけにはいかない。
かといってこの男を引き下がらせるような方法も思い至らない。
「俺に剣を向けるってことはどういうことかわかるな」
「ああ」
対峙すると相手の圧力を直に感じた。
緊張とプレッシャーでどうにかなりそうだ。
「くっくっく…つくづく俺もなめられたもんだ」
殺気がこの場を覆い尽くしたかのような錯覚を覚えた。
空気が凍る。
巨大な野生の獣が牙をむき出しにした感覚に似ている。
ヴァロはすぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られた。
「じゃ、がんばって。そこの黒ずくめの三下の相手は俺がするよ」
ヴァロの肩をたたくとウルヒはヴァロの前に出る。
「いつまでも上にいると思うな、仮面野郎」
「その言い方が三下なんだって。ここじゃ邪魔になるから少し向こうでやろうか」
そう言い残しウルヒはその場から消える。
後を追うようにクワンがそのあとに続く。
その場にはヴァロとグレコが二人取り残された。
ウルヒの話ではグレコは狩人でも屈指の実力者だという。
対峙しただけでもわかる、自分とは明らかに格が違う。
自分はこの男の相手になるのか。
頭の中では自身に対する疑問や葛藤が渦巻く。
ヒュン
風切り音とともに、刃物のようなものが頬をかすめていく。
血が頬をしたたり落ちるのに気づくのにしばらく時間を要した。
「あんまりがちがちになるなよ。それだとすぐに死んじゃうぜ?」
投げた動作が全く見えない。
そもそも投げるという動作自体この男はしたのか?
もしこの男がその気だったのなら、今の攻撃で自分は一度死んでいる。
本物の暗殺術は相手に死を悟らせない。
気づいた時には死んでいるという。
つまりそういう終わり方もあるということだ。
相手は明らかにはるか格上だ。自分は挑戦者。
ならば自分は自分のできることをするだけ。
そう考えると少し気が楽になった。
ヴァロは深く呼吸をする。
「グレコさん、それでは行きます」
ヴァロは相手の動きに神経を極限まで研ぎ澄ませ、一歩を踏み出した。




