4-2 盗賊狩
周囲は黄昏が終わり、徐々に夜の闇が周囲を覆い始めていた。
今宵は新月。間もなくあたりは闇に包まれる。
商隊の恰好に扮した騎士団は夜から逃げるように峠道を進む。
もう少し進めば街の光が見えてくるころだ。
はたからみればそういう風にみられるだろう。
ヴァロたちは馬車の荷台に息を殺して座していた。
フィアは先ほどから目を閉じて意識を集中しているようだ。
「来た」
目を開けるのと同時にフィアが静かにつぶやく。
ぼんやりと胸元にある札が光り始める。
独立騎士団の面々は当初の打ち合わせ通り、ばたばたと倒れていく。
倒れたふりだ。
「ヴァロ君が推測した通り、相手は傭兵団で間違いはなかったな。
連中の集まる酒場に情報を流しておいて正解だったようだ」
そうつぶやいたのはサイラム。
どうやら相手が傭兵団ということを考慮したうえでの作戦らしい。
「お宅の騎士団なかなか演技がうまいじゃないか。
遠目からなら俺でも商隊と見分けがつかない」
ウルヒが馬車の荷台から外を覗いている。
「失業したら劇団でも転職しましょうか」
サイラムはにこやかな表情のままだ。
こういう場数を何度も踏んできているものの余裕か、この場を和ませるための冗談か。
「団長!」
たまらず声を上げたミランダに非難の目が向けられる。
ヴァロたちは苦笑をかみ殺していた。
中にいるのはヴァロたち三人とサイラム、ミランダ、他団員三名の計八名だ。
急に手配した馬車であり、若干定員オーバー気味である。
「フィア、魔女の居場所は特定できるか?」
ヴァロは一人荷台の隅にいるフィアに尋ねる。
フィアは一人目を閉じ何やら感じ取っているらしい。
少女を包む空気は静かで、別のものだとさえ思えるほどだ。
「風向きと魔力の濃さから考えると、北西の丘の上で間違いない」
「さすが」
横でそれを聞いていたウルヒが口笛を吹く。
後で聞いた話だが、魔力を直接感知できるものは異端審問官の中でも数人しかいないという。
しかもここまで正確なレベルとなれば片手で数えられるほどなのだそうだ。
「遅れてしまったが、協力ありがとう。感謝するよ」
サイラスの言葉にフィアは若干照れたような表情をみせた。
「これが睡眠魔術か。今後もこういった形の事件が起こると厄介だな」
「…ないとは言い切れません。
ただ…粉の調合に必要な材料と粉の配合比率を知る結社はもうありません…だから使われることは…」
「それなら心配はないだろうが…」
「もし疑わしい事件が発生したら教会に連絡をすればいい。
すぐさま異端審問官殿が駆けつけて対処するだろうから。ねえ、ヴァロ君」
ウルヒは意地の悪そうな笑みでヴァロを見やる。
「それは頼もしい」
ヴァロはお前もだろうと怒鳴りたくなるのを必死でこらえながら頷いた。
「複雑な式を使って魔力で粉から生成するよりも、
あらかじめ調合しておいた薬を使って魔力を使ったほうが、効率的かつ確実な発動を見込める」
「魔法というのはそんなことまでできるのか」
「簡潔に言えば無から有を生み出すのが魔法。もっとも代償として相応の魔力が必要になるけれど」
「わ、私にも使えるようになるか?」
ミランダがおずおずと聞いてくる。おそらくその場にいた誰もが思うことだろう。
ヴァロ自身も一度は憧れたことがある。
「本人の素質もあるけれど。
騎士団を退団し、二十年以上、ある魔法使いの下で修行する覚悟があるなら」
つまりは人生を魔法に捧げろということだ。
「…それならやめておく。私は騎士として生きることを誓った身」
ヴァロたちはそのやり取りに苦笑をかみ殺していた。
「ごめん。こういうのはきちんと言ってあげたほうが本人のためだと思うから」
可能性を否定せず、引きずるよりはましな選択なのかもしれない。
「謝る必要はない。率直な回答、感謝する」
その言葉に周囲から笑いをかみ殺したような声が聞こえた。
「愉快な騎士団だね」
横では声を殺してウルヒが笑っていた。
意外と笑い上戸なのかもしれない。
「魔術の濃度が薄くなってきた…相手が動き始めます」
フィアのその言葉が和やかな雰囲気を一瞬で変える。
「さて、それではおしゃべりもここまでにしますか」
サイラスの言葉に、その場にいるそれぞれが無言で頷いた。
足音が徐々にこちらに近づいてくるのがわかる。
聞こえるのはそれと互いの息づかいだけ。
ヴァロにはそれが半刻、一刻にすら感じられた。
サイラスがそっと手持ちの笛を懐から取り出し、口に当てた。
甲高い乾いた音が周囲に響き渡る。
ヴァロたちは一斉に馬車から飛び降りた。それを待っていたかのように、倒れていた兵士がばっと起き上がる。
兵士だれかが笛をひっきりなしに吹きはじめた。
「盗賊とはいえ油断するな。相手は手練れだ。無理だと思ったのなら数人で対処しろ」
サイラムの低く落ち着いた声がその場に響き渡る。
「くそ、罠か!」
盗賊たちから動揺の声が上がる。
ヴァロは飛び降りると進行方向にいた盗賊に駆け寄り、剣のつかで相手のみぞおちに一発食らわせた。
盗賊の一人が無言でその場に崩れ落ちる。
ヴァロは留まることなくその場を駆け抜ける。
「ヴァロ、どうしてお前はそういつもいつも…」
そう言いながらミランダは伝家の宝刀『烈炎刀』を抜き放つ。
瞬間、周囲が火で包まれ、盗賊たちの退路が火で覆われた。
「…魔剣保有者」
退路を断たれ、盗賊の一人が絶望的な一言を漏らす。
魔剣。それは魔王戦争の折に人類が魔王に対抗するために生み出された兵器であり、
その一本の戦力は小隊に匹敵するとまで言われている。
現在騎士団領でも数本しか確認されていない。
「退路は断った。このまま投降するならよし、投降しなければ叩き斬る」
その非凡なる容姿と毅然とした言い回しは、見るものすべての視線を釘付けにした。
「成長したもんだ」
ヴァロは苦笑を噛み殺し言葉を漏らした。自分たちの目的はあの黒髪の魔女のみ。
振り返ることなくヴァロは足を動かす。少し背後からフィアとウルヒの足音が聞こえる。
「ひるむんじゃねえ。相手は数名、このまま倒して退路を切り開く」
盗賊の親玉らしき男の声が戦場に響く。
この絶望的な状況を目の当たりにしてもひるまなかったのはさすがというべきか。
人数こそ同じぐらいだが、勢いは騎士団側のほうにある。
増援も離れたところに配置してある。間もなく笛の音を聞きつけてやってくるだろう。
大勢はすでにほぼ決しているともいえる。
ヴァロは思考を目の前の丘に集中させた。相手は丘の上にいる、今度こそは逃がさない。
ヴァロは振り返らず、丘めがけて一直線に向かっていった。




