3-2 狩人介入
ヴァロがウルヒを連れて、騎士団の宿営地に戻った。
とりあえず同行するといったウルヒを騎士団長に紹介しなくてはならない。
団長の天蓋の近くに行くと出入り口付近に、黒ずくめの男が立っていた。
あからさまに怪しいが、騎士団の人間は誰もそれを咎めようとしない。
「やあ」
「ウルヒか」
黒ずくめの男はこちらを一瞥するとむすっとしてウルヒの名前を告げた。
「クワン…君がいるということは…」
ウルヒはげんなりしたような表情を一瞬見せた。
「あー、ウルヒか…珍しいところで会うな。メルゴート以来か」
天幕から眼鏡をかけバンダナを巻いた男が出てきた。
身長はヴァロとおなじぐらいだろうか。無精ひげのようなものが顔には混じる。
身のこなしには無駄がなく、体幹にぶれもない。
ヴァロは一目見て相当な鍛錬を受けた人間であることを直感的に悟る。
同時に狩人の人間であるとヴァロは瞬時に推測した。
「まったくなんでグレコがここにいるんだよ。北方のミールの魔獣討伐に出かけたんじゃなかったのかい」
「それはこっちのセリフだ。お前は聖都の警護についてるはずだろ?」
「今回休暇で遊びに来てみたら巻き込まれた。こっちはとんだとばっちり」
苦笑いを顔に浮かべウルヒが言う。
「へぇ、お前が休暇ねぇ。無視して遊んでりゃいいのに。『バニラ』の奴からせっかく解放されたんだからよ」
『バニラ』…コードネームのようなものだろうか。ヴィヴィのことは『紅』と呼んでいるのだから十分にありえる。
「かわいい後輩が突っ込んでたら無視するわけにもいかないでしょう」
「へー、思ったよりも面倒見よかったんだな」
男は意外そうにウルヒの顔をしげしげと見つめる。
「今日ここに来たのは、関係者への事情聴取ってやつだ。
北の魔獣は、戦闘狂のジルが片づけたってことで早々にとんぼ返り。
仕事がなくなって喜んでいたら、南にいくようにいわれてね。『伯爵』も人使い荒いぜ」
わざとらしく大仰に肩をすくめて見せた。
「それはご愁傷様でしたね」
「まあな、おかげで使い走りだよ。だが来てすぐに魔女の仕業とわかっただけでもよかった。
…これでうちらも本格的に動ける」
眼鏡越しに男の鋭い眼光が見える。
ヴァロは目の前の男は紛れもなく狩る側の人間であることを認識した。
「で、そいつらは?」
グレコがウルヒの背後にいたヴァロに視線を送る。
「新入りのヴァロと聖堂回境師のフィアさん。今回の一件で調査を『紅』から任されてる」
「ヴァロ…ああ、ギヴィアんとこの弟子か。そいつが例の新入りな。
グレコはヴァロたちを値踏みするような視線で一瞥すると、右手を差し出してきた。
「俺はグレコ。この男がクワン。よろしくな」
「初めまして、ヴァロといいます。脇にいるのは聖堂回境師のフィア。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
形式上の自己紹介をすると握手を交わした。
「一年前の件は聞いてるぜ、『竜殺し』。ずいぶんと活躍したみたいじゃねえか」
「ありがとうございます」
一年前の以来ヴァロを『竜殺し』と呼ばれているとヴィヴィから聞かされた。
もっとも実際に正面きって呼ばれるのはこれが初めてになるだけだが。
ヴァロはなんとなく居心地が悪く感じた。
「それと…聖堂回境師殿か。ずいぶん若い娘なんだな。
リブネントの聖堂回境師と外見だけならどっこいどっこいなんじゃね?
もっともエフランのは実年齢ってわけでもなさそうだけどな」
リブネントというのはこの大陸の北東にある城塞都市だ。
あの地にも聖堂回境師がいるという事実にヴァロは少し驚いた。
「湖都リブネントにも聖堂回境師がいるのですか?」
「まーな、生きて『狩人』やってればいずれ会うこともあるだろうぜ。
うちらの住む世界は意外と狭いからな」
「はあ…」
ヴィヴィの話では聖堂回境師はフィアを含めて、この大陸に八人存在するという。
世界の要となるような場所には少なくとも一人は配置されているとのことだ。
「しかし引きこもりの『紅』が命令とか…珍しいこともあるな」
引きこもりというのは的を射ているなとヴァロは思った。
何せあの魔女は自宅から用事がない限り出ることはない。
ここ一年のつきあいだが、一年前の事件以来外出という行為はほとんどしていないのではなかろうか。
「一年前のこともあったし、少し考え方をかえたのかもね」
「ははは、分かってねえな。あの研究バカが考え方をかえたとか、ありえるわけねぇじゃん。
大方誰かに焚き付けられたってとこだろうよ」
その言葉が核心をついていようとはそのころのヴァロはまだ想像もしない。
「今日はもう少し調査することがあるんでね。積もる話もあるが、またあとでな」
グレコはそういって踵を返し、その場から立ち去った。
「厄介なことになってきた。よりにもよってあのグレコとか、運がないね」
あっけにとられる脇でウルヒが声をかけてくる。
ウルヒの口ぶりからもヴァロの推測が正しいことが伺えた。
「あのグレコってのはそんなにやばい相手なのか?」
「通称『遊撃』のグレコ。狩人屈指の実力者。
特定の場所には留まらず大陸各地を転々としている。
戦闘スタイルは型にとらわれず、あらゆる武術に精通してるとさえ言われ、
異能揃いの『狩人』でも功績はかなりすごい方。
…俺がもっともやりあいたくない人間の一人だね」
顔にこそ笑みは絶やさないものの、声のトーンが微妙に違っている。
ヴァロ自身もそれに関しては同感だ。
身のこなし一つ一つが洗練されていて、全く隙というものが見えない。
「とりあえずその件は後にしておこう。
まずはここの団長殿に紹介してくれるんだろ」
ウルヒの言葉にヴァロはここに来た理由を思い出した。
「ああ」
気分を取り直して、ヴァロは天蓋に足を向けた。




