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夜の雫 聖都事変 序  作者: 上総海椰
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プロローグ

例の事件の一年後の話になります。

構想はすでにできてるんですが、何分遅筆なので…

つき合ってくれればうれしいです。

夜の屋敷は昼間の喧騒とはうって変わって静まりかえっていた。

人気のない廊下には窓から月の光が差し込んで、道を示している。

カツカツと規則的に乾いた音が屋敷中にこだまする。

その廊下を堂々とそして悠然と歩く人影がひとつ。

赤髪をたなびかせながら、一人の女が歩いている。

顔には険があるが、それは彼女の美しさを際立たせていた。

女は扉の前で立ち止まると、無造作にその扉を開け放った。

部屋は書斎のようで二人の男がそこにはいた。

一人はどこか楽しげな笑みを浮かべながら机に座り、もう一人は無表情の黒髪の男だ。

どちちらも整った顔立ちをしているが、黒髪のほうは現実離れした美しさをしている。

「こんばんは、ケイオス=グリフ、オルカ。こうして会うのは一年ぶりになるかしら?」

一年前の事件以来彼女もこの二人と会わないように避けていた。

二人もヴィヴィに会おうとしなかったし、それでいいんじゃないかと思うことにしていた。

そしたらこの呼び出しである。

「こちらの招きに応じてくれたことをまずは心から感謝する。ヴィヴィ殿」

「言っておくけど、私はあなたの走狗になった覚えはないわ。

あなたは人間として生きると言ったならば私もあなたを一人の人間として扱う」

女は不機嫌そうな顔を取り繕うともしない。

男はそれを咎めもせず優雅に、そしてどこか楽しげにその言葉を告げる。

「理解してくれているようでうれしいよ、ミスヴィヴィ。今回私が君を呼んだのは取引きのためだ」

「取引きを持ちかけるのならそちらから出向くのが筋ってもんじゃない?」

「私が行くよりも君が来た方が、そちらにいろいろと都合がいいと思ったのでね」

その言葉に女は閉口した。

彼の存在は現在自身を含めても二人しか知られていない。

なにより一般人が彼女の住処に訪れる、というのはあからさまに不自然すぎる。

それよりも同居人のフィアへの説明が思いつかない。

主導権を握られているようで、ヴィヴィは居心地の悪さを感じた。

「…言っておくけど、私は金では…」

「こちらが提示するものは、次元干渉魔法のヒントでどうだろう」

女の言葉をさえぎるように男が語りかける。

その言葉に女がピクリと顔を動かし、沈黙する。

表にはださないが、頭を鉄の棒で殴られたような衝撃を受けていた。

その衝撃を表に出さなかったのはたまたまだ。

現在次元干渉魔法は使われていない。

なぜならそれを使えた魔法使いが現在まで存在しないからだ。

さらに残った文献すら封印されているという現状がある。

この四百年の間、数ある魔法使いがそれへのアプローチを試みるも成功したという話を聞かない。

この男はかつてそれを自在に操ったとされる伝説の一人だ。

他の者がその話を持ちかけてきたのなら、眉唾ものの話だが、この男ならば

十分にあり得るともいえる。

「…私に何をさせたいの?」

先ほどまでの雰囲気とはうって変わって、女はつぶやくような小声になる。

「それは私の取り引き話を聞いてくれると受け取ってもいいのかな」

「…勘違いしないで、聞いているだけよ」

そういう彼女は初めの不機嫌そうな声に戻った。

「こちらの要求は最近北方から騎士団領にやってきた盗賊の討伐をお願いしたい。

仲間内でも不安の声が上がっているのでね」

その言葉に場が静まり返る。

「…それだけ?」

大きく目を見開き、ヴィヴィは男に聞き返す。

もう少し無理難題をふっかけてと思っていたが、あまりにたやすいため拍子抜けしてしまった

というのが彼女の本音でもある。

「盗賊は妖術と思われる術を使うと聞いている。

おそらく魔力を使える人間が盗賊団に手をかしているのだろう」

「それならこちらの領分でもある。別に…」

取り引きするような話じゃないと言い出しそうになるのをどうにかこらえた。

目の前にぶら下がっているのは、魔法使いならば誰でも飛びつきそうな極上の一品である。

長年探し続けてきた恋人にでも会うような感覚。

そして彼女も魔法使いだ、しかも最上級の。

その光景をたとえるなら、空腹時に餌を目の前に出された猫がぴったりかもしれない。

「もし君がこの取引きを不服だというのなら、この話はなかったことにするが…」

「やる、やらせてください」

不機嫌そうな顔で、彼女は完全に白旗を上げた。

この男の思い通りになるのはかなり癪だが、この場合しょうがないと自身を納得させたらしい。

「あんたの弟さんとフィアに動いてもらうけれど問題は?」

「方法は任せる。…それにこの件はフィアが処理したほうがいいだろう」

ケイオスの言っている意味がいまいち分からず、ヴィヴィは首をかしげる。

「肝心の報酬だが、すべて片付いてからということでいいかな」

ヴィヴィが疑問を投げかけるよりも早く、ケイオスが幕を引いてくる。

この目の前の男は、ヴァロとフィアに危害を加えるようなまねはすることはまずしない。

ならば気まぐれを起こされる前に取引を成立させたほうがいいと、この時ヴィヴィは判断した。

「ええ」

ケイオスから手を差し出されたが、ヴィヴィはそれを無視し、踵を返した。

「お互いそういうのはなしでいきましょ」

そう言って彼女は足早に部屋をあとにした。

「つれないね」

女が出て行った後の部屋では男二人が残された。

ケイオスは座椅子にもたれるように体をうずめた。

「うまく乗せられましたね」

先ほどまで置物のように、わきに立っていた長髪の男が語りかける。

表情を変えることなく話すさまは人形を思わせる。

「気がかりな点はまだ消えてないんだがな。

私の後継はかなり優秀な者だったと聞く。あれにたどり着いても不思議ではない」

「なら一年前のように、ケイオスが直接手を下してしまえば…」

「極力干渉はせんよ、自身のことなら話は別だがね。この時代はこの時代を懸命に生きている人間たちのものだ。

私たちはただの観客、舞台に上がるのは無粋なだけだ」

「しかし、あれを教えてしまってよろしいので?」

「構わんさ、あれは一介の魔法使いがどうにかできる領域を超えている。

あれが伝承されたかった理由の一つは、知っている人間がいなかったわけでない、使える人間がいなかったためだ。

何せあのカーナですら、ものにするのに数年という年月を要したのだからな」

「…確かに、あなたの後を継ぐとされたカーナ様でも手こずった魔法ならば

一介の魔法使いにどうなるとは到底思えない」

「ただ…もし扱えるようになったとしたら…それはそれで面白いのだが…」

ケイオスはつぶやきは夜の闇にのまれていった。


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