街のウワサ1
──そこはいつも子供達の楽しそうな笑い声が溢れていると言う。
誰がいつそう言い始めたのかは分からない。
実際にその声を聞いた者は誰かを尋ねても誰しもが皆、"そういう噂だ"と口を揃える。
この街に来てまだ半年足らずの青年アディですら、この噂はすでに何度も耳にしていた。
しかし、それほど有名な噂であるにも関わらず、不思議と誰一人その根源を知る者はいない。
【マダム・エレナ】
街の人達にそう呼ばれてる女は、街の外れに位置する深い森の中に住んでいるという。
そしてその彼女は、まるで子供達の嬉々とした声を身に纏うように日々を過ごしている。
しかしただの噂だ。何の根拠も証拠もない。
「どうして誰も確かめに行かないんですか?」
アディはビアジョッキを片手にそう尋ねたが周りは皆顔を見合わせて笑った。
「そりゃあ仕方ねーだろ。誰も辿り着けねーんだから」
「え?」
「そうそう。地図片手に向かっても気が付いたらまた同じ場所に戻ってんだよね。だからさ、皆"マダムの魔法だ!"とか言ってんの」
「魔法って……。今時、魔女でもあるまいし」
「それな。でも正直説明つかねーんだ。この街で生まれ育った俺ですら道に迷わされ、気がつけば森の入口に立ってた。まぁ、好奇心を持つのはいいが、深入りしない方が身の為だぜ?」
"保安活動注意事項は以上。終わり!"
直属の上司にあたるノーラスがそう締めくくり、改めてアディの歓迎会が始まった。
ここは山に囲まれた緑豊かな街、グリーンウッド。
殺伐とした都会とは違い時間の流れがゆったりしているようで、ここを訪れた人の中には移住して来る者もいる。
アディもその一人だ。
治安部隊の研修生として訪れたこの街で3ヶ月間を過ごした彼はすっかりこの街が気に入り、卒業後の希望配属地にすぐ様この街を選んだ。
そんな彼も今では新人研修を終え、街の雰囲気に溶け込んできたタイミングを見計らい、とうとう明日から一人で巡察を行うことになっている。
非の打ちどころも無い好青年であるアディは他の隊員からの信頼も厚く、街の住人からも好感を得ている。
その結果、異例の早さでの常任勤務となった。
しかし、強いて言うならただ一つ。
(長年の保安員なら街のことは熟知してて当然だ。そんな先輩ですらお手上げだなんて……)
彼の"真面目すぎる"という欠点には、まだ誰も気付いていない。