4.風流
露店で買ったブルースパイダーの串焼きを片手に、俺はラフォリスの大通りを一人歩く。
今の俺は最高に気分がいい。
なにもブルースパイダーの串焼きが美味しかったということだけが理由ではない。
この数分で何度も開いたメニューを再び開いて所持金に目をやる。
そこにあるのは『金貨 1621枚』の文字。初期が100枚だったことを考慮すれば、アトフにきて半日も経っていないというのに、順調すぎる滑り出しといえるのではないか。
これも全て武器屋、男D店主のおっさんのおかげだ。
ヘビーでロングなダガーも使い方次第でこうも役に立つとは。
1キロのインゴット7個とちょっとで、金貨約1500枚。アトフでわざわざ鉄鉱石を掘るような物好きがいないためか、予想を遥かに上回る結果である。
どうやら強靭な肉体などなくても、ヘビーロングダガーを使いこなすことは可能だったようだ。
串焼きを頬張りながら、今は亡きヘビーロングダガーを思い浮かべて黙祷を捧げる。
ありがとうヘビーロングダガーさん。
あなたのことは決して忘れません。
あー、それにしてもこの串焼きうめえな。
焼け色に混じり、ほのかに青と緑を残すブルースパイダーの串焼きは、食欲減退効果の影響とは裏腹に実に美味であった。
どこかのスライムゼリーとは大違いだ。いなくなったヘビーロングダガーさんのことなんて、どうでもよくなるほどうまい。
あとは武器の問題が解決すればいうことはないんだけどなぁ。
金銭的に余裕ができたため、武器の新調を決意したまではよかった。
ラフォリスの大通りをふらふらと彷徨うこと小一時間。
男Dを出て、俺は既に7件の武器屋を回っていた。
これだ、っていうのがないんだよ。
俺自身、なんの武器が欲しいかわからない状態だ。何軒か武器屋を巡れば目星もつくだろうと楽観していたところ、この様である。
せめて武器の種類だけでも絞れれば、いくらか武器探しも楽になるのだが。
なんかの武器の心得があるわけでもないしな。
あるといえば色々混合した完全我流の体術のみ。
小振りな得物ならば、癖がよっぽど強いものを除けばそれなりに活用できるとは思うが、逆にいえば、これといった特定の武器の扱いにそれほど長けているということもない。
ダガーは使ってる人多そうだし……。
使い手が多い武器ってのはどうにもな。
なにかと便利なため、ダガーは一本くらい予備として持っておきたい武器ではある。
ただ、個性を大切にしたい俺には、ダガーをメイン武器として扱うことに抵抗がある。
一人葛藤を繰り広げながら武器屋を転々とし、当てもなく足を踏み進めていると、いつの間にか大通りから外れてしまっていたようだ。人気の少ない小道を歩いていた。
だが、こんなところにも店はあるらしい。つい見逃してしまいそうになるひっそりとした店構えだが、入り口の上に掲げられた店名を刻まれた看板は、ここがなんらかの店であることを主張している。
看板がなければ、外装はいたって普通の民家。敷地の面積から宿屋という落ちもなさそうである。
『風流』か。
やってる……んだよな?
窓は真っ暗で中は見えないし、そもそもなにを取り扱っているかすらわからないぞ。
まったく、気になってしまうじゃないか。
存在を知ってしまえば避けられないことだ。隠されれば知りたくなるし、見えなければ覗きたくなる。わからないということが知的好奇心を刺激してしまう。
『商い中』という掛札が扉に掛かっているし、これで営業していないといわれても俺に非はないだろう。
俺はノックもせず扉を押し開いた。
「いらっしゃーい!! お客さんとは珍しいねー。まあ、ゆっくり見ていってよ!」
からんからんというベルの音とともに聞こえる女の声。
店の外装からは想像できないような和風な造りの一室。その奥に広がる畳の間に声の主、黒髪和服の女性がいた。
澄んだ声質と、飾り気のない笑顔が非常に好印象である。
横座りによって着物の裾から投げ出された素足には追加点を与えたい。
足袋を履かずに素足というのがいいな。うん、素晴らしい。
歳は20前後か?
――いや、見た目から年齢を推測するのは無理か。アトフでの寿命は200とかだもんな。
女性相手に年齢を聞けるわけもなく、結局は答えの出ない疑問だ。
そんなことより今は注目すべきことが他にある。
狭い店内にずらりと並ぶ和物の数々。
着物、和傘、簪、草履。名前のわからないあんなものやこんなものまで品揃えは豊富だ。
和物だけで統一されてるのか。
こだわりを感じるなー。
しっかし、まさかアトフにこんな店があるとは。
こういうのも生産スキルで作れるものなのかね。
展示されている着物に軽く触れてみる。
なんだこれ。
半端ないぞ。
恐ろしいクオリティ。
高級感を感じさせる肌触りもそうだが、生地や刺繍の細かさなど改めて見ると尋常ではない。
欲しいな……。
もちろん目の前の女物の着物がというわけではなく、着物という種類の服に対しての言葉だ。俺に女形を演じる願望はない。
問題は、動きずらそうってことと、防御性能には期待できなさそうってことなんだよな。
最悪、戦闘用の防具を別に用意して、こっちはファッション用として割り切るか?
待て待て、落ち着くんだ俺。今は防具より武器が先だろ。まともな武器もないのに、こんな高そうな着物買う余裕、うちにはありません。
全財産をはたいたって足りなそうだし。
値札をちらりと見てみると『30000』という数字の羅列。
金貨1621枚が全財産の俺では、どんなに飛び跳ねても手が届かない。体育館の天井に引っかかっているボールを眺めている気分だ。
「あ、その着物の値段が『風流』の基本だとか思っちゃだめだよ! それは風流でも特別なんだから」
店主女性の声。店内に他の客はいないので、俺に向けられたものだと判断し、その真偽を確かめる。
なるほど、店主の言葉に嘘偽りはないようだ。
展示されているものではなく、ハンガーに掛けられた着物は俺でも頑張れば手が届きそうな価格設定をされている。
「ずいぶん価格に差があるんですね」
「そりゃそうだよー。要は素材しだいだからね。いい素材を使ったいいものが高くなるのは当たり前でしょ? ちなみに、そこに展示されてるのは私の最高傑作!!」
先ほどの着物を指差しながら胸を張る女店主。
あまりのドヤ顔にケチの一つでもつけてやりたくなるが、それもできないほどの完成度である。
俺としては、素材の良し悪しの前にデザインや刺繍などの技術面を評価したいところだが。
「その最高傑作を含めて、この店の商品は見た感じファッションとしての面が強いように思えるのですが、戦闘には使えないんで――」
「硬い! 硬いよ!! 服装から見るにアトフへきたばかりなんだろうけど、ここじゃそんな畏まった喋り方流行らないよ! 素がそれだっていうならいんだけど、君、違うでしょ? 違和感盛りだくさんだよ!」
まじか、違和感盛りだくさんなのか。
ちょっとショックだぞ。
長いこと日本人として継続してきたこのスタイルを出会って間もない人間に指摘されるとは。
まあ、素で話せというなら俺もそっちのが楽だしいいけどさ。
わざわざ断って険悪になることもないだろ。
「了解だ。んで、俺は今、戦闘に使えそうな装備品を探してるんだが、この店に置いてあるものはモンスターとの戦いとかで使えるのか?」
「お、いい順応性!! 絶対そっちのがいいよ! 人間自然体が一番!! 今の君……いかしてるぜー?」
「そりゃどうも。……そろそろ俺の質問に答えてくれるとありがたいんだけどな」
「あはは、ごめんごめん。でも、君……あー、君っていうのも、なんか落ち着かないなぁ。名前教えてもらっていい? あ、私はリーズね!」
忙しい女だな。
そのくせ話は進まないときたもんだ。
「萩原陸だ」
「やっぱり日本人なんだ! そうだと思ったー!! 私も名前を変更してるけど、元は日本人だよ! よろしくね、陸!! あ、下の名前で呼んでよかった?」
「別に構わないぞ。こちらこそよろしく頼む、リーズ。で、話を戻したいのだが?」
「陸はせっかちさんだねー。そんなに急がなくても私は逃げないよ?」
俺が時間に追われてるんだよ。
こちとら武器選びすら終わってないんだ。
スキルも欲しいし狩りにも行きたいしで、やりたいことは山積みだというのにこの女は。
「うわっ! そんなに睨まないでよ!! 冗談だよ冗談。ほら、うちの店の商品が戦闘用として使えるかってことだよね? それなら答えは簡単、YESだよ!! いいものを作ろうと思うと自然とそうなっちゃうんだよね」
「お、そうなのか。着物で戦闘とか洒落てていいよな」
「陸はわかってるね! そこ! そこなんだよ!! 私は皆にもっと和の素晴らしさを知ってもらいたいんだよ! 見た目と性能、どっちも自信はあるんだけどなー。なんでこんなにお客さんが少ないかなぁ……」
「まず店の外装をもう少し工夫したらどうだ? 立地が悪いんだから、もう少し目立つようにしたほうがいいと思うぞ。せめて外からなんの店かわかるようにはしようぜ」
「うーん……。それでお客さんがいっぱい来るようになったら面倒じゃない。1日1客、これが今の私の限界なんだよ……悲しいことにね……」
悲しいくらい残念な奴だな。
さっきまでの情熱はどこにいったんだ……。
1日1客で限界とか今日はもう店仕舞いじゃないか。
「ちなみに普段はどれくらい客がくるんだ?」
「はじめまして、お客様。あなたは記念すべき『風流』のお客様第1号に選ばれました!!」
「……まじかよ」
「あははー。まあ、趣味でやってるお店だからね。そりゃあ色んな人に和を知ってもらいたいのは事実だけど、私は着物や扇子を作ってるだけでも満足なんだ」
ん? 扇子?
扇子という単語が俺の中でひっかかった。




