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3.ラフォリスの街

 ちょっとした寄り道もあったが、ようやくラフォリスの街の入り口らしき大きな門が見えてきた。

 門の前には腰に剣を帯びた中年のおっちゃんが一人。壁にもたれながら暇そうに欠伸をしている。


 門番……なのかな。

 いずれにせよ、この世界で人と出会うのは初めてだな。

 そういや、むこうの世界で最後に会ったのもおっちゃんだったよなー。

 おっちゃんに終わり、おっちゃんに始まるってか。


 くだらないことを考えていると、遠めに見えていた門がいつの間にかすぐ近くまで迫っており、おっちゃんとの距離も声を大にしなくても会話が成り立つほどに近づいていた。


「こんにちはー。ここがラフォリスの街ですよね?」


「おう、そうだ!! ここが中立国ニルシャに属するラフォリスさ!! よくきたな、歓迎するぞ異界人の坊主!!」


 おっさんが俺の背中をぽんぽんと叩きながら笑顔で迎えてくれる。

 

 ん、異界人? 

 このおっちゃん、今俺のことを『異界人』と呼んだぞ。

 文字通りの意味なら、異界からきた人を差す言葉だよな。

 どういうことだ? 


 確かに違う世界からアトフに移住したことになるわけだが、まるでおっちゃんはそうじゃないみたいな口振りだ。

 例え外国帰りの日本人に対してでも、同じ日本人が『よくきたな日本人』などとは言わないだろう。


「異界人……ですか? アトフに住む人は皆、異界人ですよね?」


「がはは、面白いことを言うな坊主!! まあ、そんな格好でここに来たってことは今日アトフに移住してきたってことだろ? それなら何も知らないのも無理はねえ」


 なにが面白いのか、笑いながらばんばんと俺の背中を容赦なく叩くおっちゃん。俺の背中を楽器か何かと勘違いしてるのだろうか。


「俺の認識が間違っているということですかね? おっちゃ――あなたは異界人ではないと、そういうふうに俺には聞こえたのですが」


「ああ、その通りさ。わかってるじゃねえか。アトフには坊主のように異界からくる奴もいれば、俺のようにアトフで生まれ育った者もたくさんいるってことだな。考えてもみろ、仮にアトフにいるのが全員異界人だったするだろ? 異界人同士が子供を授かったとして、その子供は異界人か? ちげえだろ?」


 むむむ。

 悔しいがおっさんの言う通りだ。

 考えてもみなかったが、子供がこの世界で新しく生まれれば、それはむこうの世界とは関わりのない存在になるよな。


 考えれば考えるほど当たり前のことだとわかってくる。

 アトフに初めて移住したのが誰かは知らないが、その人がアトフにきたときアトフは何もない荒野だったなんてこともないはずだ。あらかじめ複数の国、街、住民は存在していることになる。そうでなければ、アトフへ移住した人間にとって多くの不都合が生じるのも想像に難くない。

 となると、このおっちゃんを初めとする、アトフで新しく生まれてくる者は全てAIか?


 ……いや、違うな。

 

 ヒトの脳を完全に再現した、完璧な人工知能というのは間違いないだろう。

 俺が元いた世界では生身の肉体を持てない存在だったため、中身がどんなにヒトに近くても機械は機械。ヒトとは呼ばれなかったが、このアトフではどうだ。

 むこうの世界の知識や記憶がないだけで、俺らと何も変わらない存在ではないか。

 むしろ、アトフにおいてはそれも含めておっさんのような存在こそ真の意味で人間らしいと呼べるかもしれない。


「すみません、俺が無知だったようです」


「ばーか! 謝る必要なんかこれっぽっちもねえよ!! 誰に迷惑を掛けたっていうんだ、初めから知ってたって顔で堂々としてればいいんだよ!」


 口は悪いが言葉の返しや表情、口調からおっちゃんの人の良さが窺える。

 裏表なんてなさそうな、なんとも気持ちのいい印象のおっちゃんだ。


「そうですね、次はそうしてみます。ところで、門番をやってるんですよね?」


「おっちゃん、で構わんぞ?」


 訂正。なんとも意地の悪いおっちゃんだ。


 やっぱり聞こえていたか……にたにたと勝ち誇った顔しやがって。

 こうなると取り繕っても意味はないな。


「あー、こほん……。おっちゃんはここの門番なんだよな? ってことは、俺と同じ境遇の異界人を結構見てるわけだろ。俺のような質問をした異界人は他にいなかったのか?」


「なんだ、やればできるじゃねえか。前の世界がどうだったか知らんがこのアトフではそれくらい堂々としてたほうがいいぞ。坊主くらいの歳ならなおさらな。……っと、坊主のような質問をした異界人が他にいなかったか、だったな。もちろん何人もいたぜ。坊主は大分理解が早いほうみたいだがな」


「じゃあなんであんなに笑ったんだよ……」


「んー、そう言われるとそうだな。まっ、細かいことは気にすんなよ! とにかく面白かったんだよ! それでいいじゃねえか!! がっはっはっは」


 大口を開けて豪快に笑うおっちゃん。

 清清しいほど人間らしい反応である。


「ったく、本当に笑ってばかりのおっちゃんだな」


「おいおい、そんなに褒めるんじゃねえよ! 煽てたってなにも出ねえぞ?」


「褒めてねえよ」


「がはは、そうかそうか!! いやー、勝手に楽しませてもらって悪いな坊主! この南門は人通りも少なくて暇だったんだ」


「そうなのか? 俺のように新しくアトフにきた異界人が大量に通りそうなもんだが」


「異界からくる連中は色んな街や村の近隣フィールドに現れるからなぁ。必ず中立国ニルシャに出現はするらしいが、このラフォリスの街にくるのは、なんだかんだ1日10人ってとこじゃねえかな」


 一つの街に約10人か。


 むこうの世界からアトフへの日間移住者数はかなりのものになるはずだ。

 そうなると、このニルシャとかいう国には必然的に大量の街と村があることになるため、途方もない大きさと規模を持つ国だということがわかる。

 

 暇を持て余すようなことはなさそうだな。


「なるほど、参考になった。んじゃ、そろそろ街に入らせてもらうかな。色々ありがとな」


「おう、そうか。楽しんでくるといい! それじゃあな坊主!!」


 もう少し、おっちゃんへの質問コーナーを継続してもよかったが、せっかく目の前に未知の塊であるラフォリスの街が広がっているのだ。自分で調べることにしよう。


 俺は南門をくぐり抜け、ラフォリスの街へと入った。


 南門の先は高台になっており、ラフォリスの街の全景が俺の目に映る。

 

 おおおおおおお!!

 すっげええええ!!


 建物はほぼ全てが石造りになっており、三角屋根や煙突、出窓が目立つ。

 街路は安定の石畳。街全体を十字に区切るような大通りを中心に人が賑わい、縦に長い赤や茶色の建物が通りに面して隙間なくびっしりと並んでいる。

 所々に出店も立っており、街全体の活気がとにかく凄い。

 なにより個人的に感心したのは、個性的な格好をした人々の姿だ。剣や斧、弓、杖、槍。ローブにプレートアーマー、チェーンメイル、場違いなような豪華なドレスで身を飾っているようなのもいる。しかも男。


 いや、男であのドレスはさすがに攻めすぎだろ……。


 ちょこちょこ例外的なのもいるようだが、そういうのも合わせて見渡す限り誰一人として同じ格好をしたものはなく、統一性も皆無。しかし、不思議と違和感はない。

 なんというか見てるだけで楽しくなってくる。

 

 皆いい味出てるなー。

 俺も負けてられないなこりゃ。

 

 今はこんな初期装備でも自称お洒落マイスターである。

 こんな光景を見せられては気持ちがうずいてしまうというもの。


 まっ、お洒落装備を発掘しようにも金がないんですけどね。


 正確には金貨100枚とスライムゼリー25個はある。

 ただ、いくらお洒落マイスターといえども目先の欲に釣られるわけにはいかない。

 武器やスキルを後回しにすれば狩り効率が悪くなり、結局は収入も減る。それならば、ある程度強くなった上で、金効率の良い狩場でモンスターを狩り、そこで貯まった金でお洒落装備を買ったほうが利口といえる。


 まずはその一歩を踏み出さないとな。

 さっさとスライムゼリーを換金してしまおう。


 どこで換金できるかわからないため、ひとまずラフォリスの大通りを目指すことにする。

 高台から延びている長い階段を足早に降りていく。

 階段を降りきったところには、都合のいいことにラフォリスの地図が壁に張り付いていた。街内のことだけではなく、ラフォリス周辺に生息するモンスターや、そのレベルも図解付きでわかりやすく記されている。俺には日本語で書かれているようにしか見えないのだが、他の誰かが見れば違ってみえるのだろうか。



 《初めてアトフ内の街を訪れる異界人の方へ》

 ・素材の売買・クエスト受託 → 『ラフォリス仲介依頼所』へ

 ・宿・食事 → 『宿屋 祝福』へ

 ・スキル修得 → 『ラフォリス スキル販売所』へ

 その他、装備品やアイテムは自分で探してみよう♪



 案内図の横にはそんなことが書かれた看板。


 なんという親切。まさに俺が今、知りたかったことだ。

 ありがとうラフォリス。ありがとう看板。ありがとう地図。

 ありがとう、地図を見つけた俺自身。

 

 最初の目的地は『ラフォリス仲介依頼所』か。

 そこでスライムゼリーを換金だな。はした金にしかならなそうだけど、ないよりはましだろ。

 んで、換金が終わったらサバイバルダガーの修理かなー。

 欲をいえば別の武器を新調してしまいたいところだが……。


 あえてダガーをこの先も使い続けたいという思い入れはない。

 扱う武器や戦闘スタイルが定まらない限りには、スキル購入も難儀するだろうし、早いとこなんの武器を使うかを決めて購入に至りたいのが本音だ。

 

 武器っていくらくらいするんだろな。


 全てはそこだ。

 武器を買うためには金が必要であり、金を貯めるためには武器が必要である。

 今の所持金で武器を新調できるならいいが、そうでないなら今しばらくサバイバルダガーを修理しながら使っていく必要がでてくる。


 お前とは長い付き合いになりそうだなサバイバルダガーよ……。

 

 

 そんなこんなで、俺の正面にはラフォリス仲介依頼所。

 道中、客引きや食べ物の美味しそうな香りが俺の歩みを止めようと邪魔をしてきたがなんのその。俺の決意は確固不動。目的地のラフォリス仲介依頼所なんてあっという間だ。


 現在の所持金は金貨94枚か。

 ……ごめんなさい、本当は無駄遣いしました。

 だって美味しそうだったんだもん。

 反省はしているさ。後悔はしてないけど。


 俺は膨れた腹をさすりながらラフォリス仲介依頼所内に足を踏み入れた。


 うわっ、すげー混んでるな。


 歓迎してくれたのは俺を押し返すように迫る熱気。ラフォリスの街内部がどこも人で溢れかえっていたように、ここラフォリス仲介依頼所も凄いものだ。人口密度がとにかく高い。

 受付カウンターが5つはあるというのに、どこも少なからず列ができている。

 2階への階段を行き交う人の姿がちらほらと見えたので、俺も2階へと行ってみようかと思ったが、階段横の案内看板を見て踏みとどまる。

 2階はクエスト受託、3階はクエスト依頼、4階は関係者以外立ち入り禁止区域らしい。

 俺の目的である、素材の売却は1階限定とのことだ。


 大人しく並ぶしかないってことか。


 俺は一番人の少ない列の最後尾に並び、案内看板に書かれていたことを思い返す。


 しっかし、クエストなんてのもあるんだな。

 それも受託だけじゃなく、依頼までできるとは。

 まあ、依頼する人がいなければクエストなんてのは成り立たないし、依頼と受託がセットなのは当たり前か。

 国や街からの依頼もあるかもしれないが、どうせなら幅広く募ったほうがいいってことだろうな。

 依頼はともかく、受託は視野に入れておくか。今はとにかく金が欲しいからな。


「次の方どうぞー」


 お、俺の番か。


「こんにちはー。素材を売りたいんですけど」


「こんにちは、ようこそラフォリス仲介依頼所へ。素材の売却ですね。当サービスをご利用するのは初めてですか?」


「はい、初めてです。スライムゼリーを25個売りたいんですが」


「畏まりました。それでは、売却したいアイテムを念じて、こちらのクリスタルにそちらのリストクリスタルバンドを近づけてください」

 

 そうだろうとは思っていたが、やはりリストクリスタルバンドの出番らしい。

 リストクリスタルバンドを巻いた右手を、カウンター上にある直径10センチメートルほどのクリスタルにかざし、スライムゼリー25個と心で呟く。

 すると、二つのクリスタルが呼応するようにうっすらと光を放つ。


「はい、スライムゼリー25個を確認しました。合計で金貨31枚になります。いかがいたしますか?」


 5秒もたっていないというのに、もう査定が終わったようだ。

 アイテム確認から査定まで便利なクリスタルなことだ。

 

 単価は金貨1.24枚か。


 金貨の価値がわからないため、なんともいえない。とはいっても、このままスライムゼリーを持ち歩いてもどうにもならない。

 この先、スライムゼリーが必要になったとしても集めなおすことは簡単だし、ここは金貨にしておこう。


「それでお願いします」


「ありがとうございます。取引を開始しますね」


 クリスタルの光が瞬間的に強まり、すぐに光を失っていく。

 俺のインベントリにあるスライムゼリーと、ラフォリス仲介取引所が所持している金貨の交換が終了したということだろう。

 インベントリ内を確認してみると、スライムゼリーがなくなり、手持ち金貨が125枚になっていた。

 元から94枚は持っていたのでぴったり31枚金貨が手に入ったことになる。


「ありがとうございました。取引は完了です。他になにか御用はありますか?」


 どうせだし、なんか聞いておくか。


「素材の買取価格ってのは常に一定なんですかね」


「いいえ、我々は基本的に仲介を担っているだけですので、その時の需要と供給によって相場は大きく変わってきます。買取依頼のでていない素材などの買取も行っておりますが、そういったものは在庫状況と過去の買取相場を参考にお値段をつけさせていただいています」


 ふむふむ。

 ってことは、こうして素材を仲介取引所で売り払うことも、間接的にクエストをこなしているということになるのか。

 そうなると2階にはどんなクエストがあるんだろうな。クエスト受託用のフロアらしいが。

 仲介依頼所が仲介してくれるっていうなら素材の売買はほとんど解決しそうなもんだよな。

 

「2階で受けられるクエストはどんなのがあるんですか?」


「依頼数が多いのは、お店の手伝いとレアアイテムの買取依頼ですね。次点で、護衛や人探し、アイテムの製造依頼などが挙げられます。数は少ないですが、スキルや生産アイテム効果検証用の被験者や恋人を求める特殊な依頼もありますよ」


 なんか微妙に所帯じみた依頼の数々だな……。

 店の手伝いとか完全にアルバイト感覚じゃねえか。

 恋人を求める依頼とかも凄く胡散臭いし。

 こりゃ当分は、クエスト受託は考えなくていいな。


「最後にもう一つだけ教えて欲しいんですが、武器の修理はどこでできますかね」


 もはや仲介依頼所で聞くことでない。

 我ながら迷惑な客だ。


「対応する製作スキルを持っている方ならば修理もできますので、販売と同時に修理も受け持っているお店が大半です。ですので、剣を修理したいならば剣を販売しているお店に、杖を修理したいならば杖を販売しているお店に修理を依頼するのが一般的ですね」


 ということは、ダガーならダガーを販売している店に行けば修理してもらえるってことか。

 嫌な顔一つせずに俺の疑問に答えてくれる女神に感謝しつつ、俺は心のノートにそう書き込んだ。 


「わかりました、ありがとうございます。それでは失礼します」


 ちょっとばかり長居しすぎようだ。

 先ほどから後ろで順番を待つ者達の視線が背中に突き刺さって痛い。

 スーパーの特売直後のレジで清算中に店員と長話をしていたようなものだし、俺が悪いのは間違いない。


「こちらこそありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 女神の微笑みに見送られ、俺はラフォリス仲介取引所を出た。



 続いて訪れたのはもちろん武器屋。店前には大剣など数種類の金属武器が立て掛けてある。

 大通りには民家らしいものはなく、商店や宿といったなんらかの店が大半を占めていたため、ダガーを取り扱ってそうな店はすぐに見つかった。

 仮にこの武器屋がダガーを取り扱っていなかったとしても、1分も歩かずに別の有力候補店が見つかることだろう。


「いらっしゃい!! 夢とロマンが溢れる武器屋、男Dダンディーへようこそ!」


 扉を開けてすぐに、いかつい顔した筋肉ムキムキおっさん店主が張り上げた声で俺を迎える。

 店内には、店主に負けず劣らずのムキムキおっさん客が3人。店に並ぶ、身の丈より長い槍や斧を眺めながらにたにたしている。


 うーん。

 むさくるしいな。


 男Dダンディーというネーミングセンスは嫌いではないが、取り扱っている武器は俺の好みとは少し違う。

 並んでいる武器の全てがとにかく大きいのだ。

 どちらかといえば、片手で扱えるような手軽な武器が欲しい俺には合わなそうだ。


「すみません、ダガーは取り扱ってますか?」


 見た限りではなさそうだが、だめもとで聞いてみる。


「ん、ダガーが欲しいのか? もちろんあるぜ!! ほら、そこにあるだろ?」


 お、取り扱ってるのか。

 聞いてみるもんだな。


 おっさんの視線を追うと、そこには一本の武器が立て掛けてあった。

 

 …………。

 いや、これはないだろ。

 

 見た目はダガー。ただし、サイズを縮小した場合に限る。

 そこには身長172の俺よりも頭一つ長い金属の塊があった。ダガーと呼ぶには二つ三つ疑問符が付いて回りそうな代物だ。

 ぱっと見は大剣に見えなくもないが、柄の比率が異様に長く不恰好なため、それも首を傾げてしまいそうだ。


「どうだ!? すげえだろ!! ヘビーロングダガーってんだ!!」


 凄いのは認めよう。

 だが、激しくいらない。

 ヘビーだとかロングなどという形容詞が付いた瞬間、それはすでにダガーではないのだ。


「すみません、俺には早すぎたようです」


「んー……確かにお前さんにはちょっと筋肉が足りなかったかもしれねえなー。なぁに、心配すんな! 筋肉は平等だ!! ちょっと頑張ればすぐに俺のような立派な体になれるさ!! ふんぬ!! ふんふん!!」


 なりたくありません。 


 突如、シャツを脱ぎ捨て上半身裸になった店主のおっさん。俺がドン引きして一歩後ずさったことなどまったく気に留めずに、筋肉をアピールしてくる。 

 武器ではなく自身の筋肉をアピールする時点でナンセンスだ。  


「ふぅむ、さすがですな」

「ええ、相変わらずいい筋肉です。なにより全体のバランスが素晴らしい」

「同意だな。俺もいつかはあの領域までいってみたいものだ」


 俺が店に入ってきたことには完全に無関心だった店内の客が、急にスイッチが入ったように騒ぎ出す。


 これはあかんやつや……。

 店主が店主なら客も客。俺はとんでもない場所へ迷い込んでしまったようだ。


「あー、その……。私としても、店主の素晴らしい筋肉をこのまま拝見したかったのですが、実はこのあと予定があって急がなければならないんですよ。なので単刀直入に聞きますが、この『サバイバルダガー』を修理することってできますか?」


 当人曰く、あのヘビーでロングな物体はダガーなのだから、店主のおっさんはダガーの生産スキルを持っているはずだ。

 修理に関わることだけ聞いてさっさとここから去ろう。


「ん、サバイバルダガーって言ったか? 異界人の初期装備の一つだよな」


「そうです、実はまだアトフにきたばかりなんですよ。それで、耐久度が減ったこのサバイバルダガーを修理したいなーと思いまして」


「……お前さんも苦労したんだなぁ、わかるぜその気持ち! 最初に与えられた武器がそんなちっちゃい武器だったなんて悲惨だよなぁ。それも金がないっつー悲しい現実のせいで、まともな武器を買うこともできないときたもんだ。そんなちっちゃい武器を修理しながら使わなきゃいけねえなんてよ……」


 「っち、いけねえ」と涙を拭うおっさん。


 このおっさんの武器の価値観によると、最重要なのは物理的な大きさのようだ。

 俺には理解のできない世界がここにはあるらしい。


 俺はサバイバルダガーを修理したいと言っただけだぞ……。

 なんで涙なしでは語れない物語に発展するんだ。


「で、修理はできますか?」


「……そりゃあできるさ。できるけどよ!! ほっとけねえだろ、そんなちっちゃい武器を持った奴をよ!!」


 このくらいのサイズの武器を持った奴くらいどこにでもいるだろ……。

 このおっさんは街の外を歩いたことないのか?


「別に――」

「みなまで言うな! わかってる、俺にはわかってるぞ! お前の中にある熱いソウルがな。お前には俺さえ越えられる素質が……ある!!」


「ないです」


 いりません。

 あって欲しくないです。


「はっはっは! わかってるわかってる!! ほら、これに見惚れてたんだろ? やるよ、特別サービスだ!!」


 おっさんがヘビーロングダガーとやらを俺に強引に押し付けてくる。


 駄目だこの店主。話が通じない。

 身体を鍛える前に人の話を聞く練習をすべきだろ。


「いえ、本当にいりません。私がもらったところで使いこなせるとは思えないので」


「だぁああ、めんどくさいことはいいんだよ!! とにかく俺はお前をこれにやると決めた! それだけだ! 後の事は知らん!!」


 近い近い近い。

 おっさんが近い。


 俺の腕を強引に掴んで無理矢理に互いのリストクリスタルバンドを合わせてくる。


 ああ、もうどうとでもなってしまえ!

 俺は悪くないからな!!


 何故か俺が騙してるみたいで気は引けるが、おっさんが引き下がるようにも思えないし、なにより密着したおっさんが気持ち悪いので早く離れてもらいたい。

 

 おっさんからのアイテム受け取りを許可!!


 そう念じた途端に、淡く光る二つのリストクリスタルバンド。

 物の受け取りは初めてだったが上手くいったようだ。

 念じるだけなので失敗する要素もないのだが。 


「よし、これでヘビーロングダガーはお前の物だ!! 好きに使ってくれて構わんぞ!!」 


「はぁ……。ありがとうございます、とは言っておきます。本当に好きに使わせてもらいますからね? 後から返してくれと言われても知りませんから」


「当然だ! 真の男に二言はねえ!!」


 もういいや、そこまで言うならもらっとくか。

 

 それが一番穏便な選択だろう。

 ここでいらないなどとつき返すほうが、よっぽど面倒なことになりそうだ。

 俺はおっさんにもう一度、感謝の言葉を述べてから店を出た。


 あー、暑苦しかった。

 本来の目的は達成できなかったけど思わぬ収穫だなー。

 これはどうなんだろな。

 


 【武器】

 ヘビーロングダガー:鉄とダークウルフの皮で製作されたダガー。

 質:E【級】  重さ:7.9【kg】  耐久度:100 / 100  分類:ダガー

 製作者:クロウ



 7.9キロとか……。

 インベントリの圧迫がやばいな。


 インベントリを確認してみると重量上限30に対して現在が9。数値は小数点以下が切り捨てられているようなので、実際は10に近いだろう。

 今のところインベントリに余裕はあるが、精神的には持ち歩きたくないアイテムだ。

 

 使いこなすとかそれ以前の問題だしな。


 見た目が悪い。それに尽きる。

 ならばどうしろというのだろう。

 お守りとしてインベントリに入れておくには重量がネックだし、俺のオリジナルスキル『コマンド:アイテム』で扱うにしても同様だ。コマンドは命令の内容次第でMP消費が変わってくることは調査済みなので、重さ7.9キログラムの物を実用性のあるレベルで動かすとなると少々厳しい。


「鉱石、インゴット、他よりも高く買うよー!! 種類不問だよー!!」


 別に珍しくもない商人の金属買取の口上。ラフォリスの街に来てからすでに何度も似たようなものを見聞きした。

 そんな商人の言葉を聞いて俺の心が大きく揺れた。

 

 とある武器屋のおっさんは言いました。ヘビーロングダガーはお前のものだと。

 とある武器屋のおっさんは言いました。好きに使ってくれて構わないと。

 

 おっさん、あんたの武器、有効活用させてもらうぞ。

 俺のちっぽけな脳味噌で考えられる精一杯だ。


 コマンド!!


 インベントリから実体化させたヘビーロングダガーに俺はそう心の中で叫んだ。


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