7.ネル洞窟1
『ダンジョンの入り口が、ラフォリスの南西方向にある岩山に出現している』
そんな噂がラフォリスに流れ出したのが数日前のこと。
ラフォリス祭を控え、周辺の街からも実力ある冒険者が集まっていたこともあり、新しく発見されたダンジョン『ネル洞窟』に挑戦する者は後を絶たないらしい。
挑戦者達による現在の評価を統合すると、攻略難易度は中の上。迷路のように複雑な構造と、凶悪な罠が難易度を高めている要因だとか。
最深部にはまだ誰も辿りついていないようだが、ダンジョンのサイズとしては規模は極めて小さいらしく、近日中にいずれかのパーティーが攻略を完了するのではないかという話がでている。
「へへ、せいぜい頑張んなよ! そんじゃあな!!」
男がポータルを潜り、姿を消す。
金貨500枚で俺達3人をネル洞窟入り口まで運んでくれたイケメンだ。
ポータルとは、街やダンジョン間を瞬時に移動できる不思議な門のことである。
国を跨いだ移動ができないことは知っていたのだが、ダンジョンを目的地に指定する場合に限り『訪れたことがある』という条件も加わるらしい。ネル洞窟に行ったことがあるという先程の男を、一時的にパーティーリーダーとして招き入れることで、俺達はその問題を解決した。パーティーリーダーが行き先を指定できるという仕様を利用した、ちょっとしたテクニックだ。
そんなわけで、俺、ディズ、柚奈の3人は今、ネル洞窟の入り口にいる。
「もっと賑わってるものかと思ってたけど、そうでもないんだな」
絶壁のような岩山の迫力は驚嘆に値するが、入り口の閑散とした様子には拍子抜けしてしまう。
冒険者によるパーティーメンバーの募集や、商人の呼び込みなどの声で、活気に溢れているものだとばかり思っていた。
「なにを想像していたのかは知らないけど、普通はこんなものよ。ポータルで街からすぐに移動できるのに、わざわざこっちでワイワイしないでしょ」
ディズの言うことも、もっともである。
パーティーメンバーの募集ならリンククリスタルでするだろうし、商売にしても、俺達をネル洞窟まで運んでくれた男のように、ラフォリスのポータル前で行うはず。ポータルの利用が無料ではないのも大きい。
「大丈夫ですよ、兄さん。私がいます」
俺の着物の袖を引っ張り、柚奈がまたわけのわからないことを言い始めた。
どれだけ飛躍した解釈をすれば、そんな言葉が出てくるのだろうか。
今回のダンジョン探索は柚奈の試験も兼ねている。俺としては、むしろ柚奈のことが気掛かりすぎて全然大丈夫ではないというのに、そこのところは理解していないらしい。平然とした柚奈を見ていると理不尽さを感じる。
それにしても、柚奈が冒険者をしていたとはな……。
復活できるとはいっても痛みはあるわけだし、柚奈には冒険者などやってもらいたくないという気持ちもあるのだが、柚奈が自分で決めたことだ。俺が口を出すことではない。
だからといって、心配だという心情がなくなるわけではないのが悩みどころではあるが……。
「陸、余計なことばかり考えていたら足元をすくわれるわよ。いつも通りダンジョンを楽しむことを考えましょ。きっとそれが最善にも繋がると思うわ」
「――ん? ああ、すまん。そうだよな」
どうやら顔に出てしまっていたようだ。
柚奈に偉そうなことを言っておいて、俺が真っ先に死んだなど目も当てられない。
それに、せっかくの新ダンジョンということだし、楽しまないというのも損である。
大丈夫。柚奈は俺なんかとは比べ物にならないベテラン冒険者だ。信じよう。
「うし、じゃあ行くか」
準備ならラフォリスで済ませている。
俺達3人はネル洞窟へと足を進めた。
「ブレイズショット!」
ディズの放つ火球がスケルトンアーチャーを吹き飛ばす。
「――陸、そっちは任せたわ!」
「おう!」
別方向から走ってきたスケルトンナイトの前に立ち、俺は自らの武器『藤娘』を構える。
「パリング!」
スケルトンナイトによる大振りの一太刀をパリングで逸らし、その隙に脇腹を叩きつけるよう一撃を加える。
衝撃でスケルトンナイトが膝をつくが、撃破には至らない。
「相変わらず硬すぎんだろ!! スケルトンのくせに!」
ラフォリス地下迷宮にいたスケルトンならバラバラになっていたはずの一撃なのだが、ネル洞窟のスケルトンは一味も二味も違うようだ。
俺の貧弱な攻撃では、4、5発は打ち込まないと倒せない。
「いいのよ、あんたはタンクなんだから。殲滅は私の仕事よ――ブレイズショット!!」
再度詠唱を完了したらしく、ディズが魔法でスケルトンナイトを狙い打つ。
俺の攻撃で怯んでいたスケルトンに避けようはなく、その餌食となった。
「――上からもきてるわ!」
ディズの視線の先にはコウモリらしきモンスターの姿。数は3体。
飛行タイプのモンスターは初めて見た。
距離が離れていたとはいえ、危険察知が反応しなかったことから、強さ的には大したことはないと思われる。
「ふふふ、残念だったなコウモリちゃん。そんなんじゃ俺の的にしかならないんですよ」
インベントリから『チェーンダガー』を実体化し、俺は鎖の先端をいそいそと左手首に巻きつける。
昨日購入したばかりの素敵アイテムである。
ダガーの柄に長い鎖が結びついてるだけだけどね。
「あら、それはいい発想ね」
「だろ? 武器屋でこれを見たときにビビッときたんだよ」
一目見ただけで、ディズにも俺が何をしようとしているのかわかったらしい。
驚かせたかったのに残念だ。
本来は投げたダガーを回収するために鎖を使うらしいが、俺の場合は違う。
「コマンド!!」
長い鎖と先端に繋がれたダガーがフワフワと宙に浮く。
――いけっ!!
瞬間、蛇のように動き出したチェーンダガーが、空にいるコウモリ達に襲い掛かる。
コウモリが左に逃げればダガーも左に曲がり、右に逃げれば右に曲がる。手首に巻かれた鎖を通して、俺が常にコマンドで命令を更新しているので自由自在だ。
おお! これは面白いぞ!!
1匹、2匹、3匹とコウモリを貫き、あっという間に倒してしまう。
ワンコインでもう一度遊べるなら、考えてもいいくらい面白かった。
コウモリのような防御の低い相手には十分すぎる性能だ。
金がなかったのでB級のものしか買えなかったが、これならいずれA級のものを買いなおしてもいいかもしれない。
「どうだ、ディズ! これが俺の実力――あ、やべ、絡まってるじゃん」
考えなしにコウモリを追っていたため、鎖の部分が玉結びになっている。
回収したダガーを片手にドヤ顔で誇ってやろうと思ったのに、とんだ醜態である。
「はぁ……せっかく褒めてあげようと思ったのに、締まらないわね」
「兄さん、かっこよかったです! とっても、かっこよかったです!! それにパリングを使えるなんて、兄さん凄すぎます!!」
まあ、若干一名には好評なのでよしとしよう。
ネル洞窟に入り、既に20分。
洞窟は基本的に通路で構成されており、地面には線路が続いている。他にも、トロッコや採掘具、松明など、人工物らしきものが多数見受けられるが、誰かが置いたということでもなく、恐らくは初めからダンジョン内に設置されているものなのだろう。
通路を進もうが広間に出ようが、どこもかしこも分岐路だらけで、噂通りの迷路っぷりである。
危険察知により罠は回避しているので、そちらの噂はまだ実感できていない。
「柚奈、そろそろいけそうか?」
後ろを歩く柚奈を振り返る。
初めてパーティーを組んで、いきなり一緒に戦えといっても無理がある。柚奈には、まず後方で俺達の戦いをしばらく見てもらっていた。
「はい、問題ありません。次の戦闘からは私も参加します。敵が2体以下の時はサポートに徹しますが、3体以上の時は3体目以降を私に任せてください」
柚奈の表情は自信に満ち溢れており、とても頼もしく思えてくる。
たとえ簡単にできるようなことでも、昔の柚奈なら『そ、そんなこと言われても……』と俯いていただろうに。俺の知らない間に立派に成長してくれたようで兄さんは嬉しい。
細い通路を抜け、広間に出る。
辺りは松明で照らされているため奥まで見渡せるが、モンスターの姿はない。
「いざって時になるとモンスターってのは出てこないもんだな。まったく、空気の読めない奴等だ」
「どうかしらね、こんな広い場所でモンスターの一匹もいないなんて違和感があるわ」
「んー、どうなんだろな」
ボスモンスターが近くにいるというなら危険察知もすぐ反応するのだが、普通のモンスター相手となると反応はよくない。俺のレベルが30を越えた辺りからその傾向は強くなり、どこかに大量にまとまっているとか、相手側に気付かれているという状況でもない限り、反応が薄くなってきた。危険を察知するスキルなのだから当然ではあるが。
「兄さん、あちらの土砂の影に宝箱が見えます」
「お、マジか!」
柚奈の指差す方向に走り寄り、茶色の宝箱を見つける。
「どう?」
「怪しいな。危険察知が僅かに反応してる」
ディズに聞かれ、俺は感じたままに言う。
「開けたらモンスターがやってくるってところかしらね」
「俺も同意見だ」
開けたらドカンと爆発するというような直接的なトラップではないことは確かだ。もしそうなら、危険察知がもっと反応している。
出入り口は十字方向に4箇所。宝箱が配置されている位置は広間の中央で、周辺は不自然なくらいモンスターの姿がない。これは、宝箱を開けたらモンスターが4方向からワサワサやってくるパターンだろう。俺の1ヶ月にも満たない冒険者の勘がそう告げている。
「どうせ開けるんでしょ? 詠唱して待ってるわね。柚奈も詠唱の長い魔法スキルとかあるなら、詠唱だけでも始めといた方がいいわよ」
「はい、わかりました」
さすがディズ。俺のことをわかっている。
そこに夢が詰まっているというのなら、開けざるを得ない。
二人が魔法スキルの詠唱を始めたのを確認し、俺は宝箱に触れる。
最後に視線で二人に確認してから、俺は宝箱を開けた。
ん、これは?
そこには白い液体の入った透明なビンが転がっていた。
俺は拾い上げて詳細表示を見る。
【素材・その他】
・牛乳:牛乳。
質:B【級】 重さ:1.00【kg】 耐久度:98 / 100 分類:消耗品
ん? え?
牛乳である。
それ以上でもそれ以下でもない。
もしかすると、俺はネル洞窟に生息するスケルトンの硬さの秘密を知ってしまったのかもしれない。
これは『スケルトンの秘密』という洒落た宝なんだ。
うん、そう割り切ろう。
――っと、この反応!
「くるぞ! モンスターだ!! 4方向から!!」
やはりモンスターがやってくるタイプの罠だったようだ。
各方向からそれぞれ3体ずつスケルトンが広間に入ってくる。
言うなれば、牛乳を守護する者といったところか。
「詠唱しといて正解だったわね――フレイム・プロミネンス!!」
ディズの正面に現れた赤い魔法陣から、巨大な炎が放たれた。
刹那に3体のスケルトンを入り口の壁ごと焼き尽くす。
あんな頑丈そうな岩の壁すら溶かしてしまうというのだから物凄い。スキルレベルが20を越えているのも納得の威力である。
残るスケルトンは9体。
同時に相手にするのは、かなりやばそうだ。
俺のコマンドで空中に足場を作り、ディズを固定砲台にする作戦もこいつらには厳しい。
ラフォリス地下迷宮では常勝の策も、スケルトンアーチャーの遠距離攻撃の前では危険が伴う。
「どうする? 一旦通路に引くか?」
通路に誘き寄せれば勝機はある。
俺が時間を稼ぎ、ディズにもう一発フレイム・プロミネンスを撃ってもらえれば一気に片付くだろう。
「そうね、さすがにこの数相手は――」
「クリエイト・ゴーレム!!」
ディズの声を遮るように、柚奈が叫んだ。
地面に緑の魔法陣がいくつも現れ、そこから人間サイズの高さまで土がボコボコと膨れ上がる。
「やけに長い詠唱時間だと思ったらこういうことだったのね」
「はい、七つ同時の生成だったので詠唱に時間がかかってしまいました」
ディズは柚奈の発動したスキルを知っているようだ。
「名前からしてゴーレムを生み出すスキルっていうのは俺にもわかるけど、ゴーレムの性能はどんなもんなんだ?」
「お世辞にも強いとは言えないわね。スキルレベルが高くても、攻撃、防御、待機の3種類しか命じられないし、動きがとにかく単調なのよ。でも、時間稼ぎの壁役として役に立つことは確かよ」
「なるほど、こんな状況には最適なスキルってことか」
「そういうことね」
さすがディズ。なんでも知っている。
なにはともあれ、柚奈のおかげで勝率がうんと上がったことは間違いない。
あとは、ゴーレム達をおとり……に……?
「――おい、ディズ! これはどういうことなんだ!?」
「し、知らないわよ!! あんたの妹に聞きなさいよ!」
徐々に形作られていくゴーレム。その形が完成に近づき俺はあることに気付いてしまう。
…………このゴーレム、俺に似すぎじゃね?
「ふふ、兄さん、びっくりしましたか? 実はこの7人のゴーレムは兄さんなんです」
はわわわわわ!!
意味がわからない。今までで一番意味がわからない。
なんでゴーレムが俺なんだ。
完成したゴーレムは、もう俺にしか見えない。再現度が半端ない。
ちょっと若い気もするけど、これは多分3年前の俺。柚奈とむこうの世界で一緒に生活していた時の俺だ。
「兄さん、ディズさん、予定通り3体目以降のスケルトンは全て私に任せてください。私の7人の兄さんの力、お見せします」
ああ、柚奈のドヤ顔が辛い。




