5.お買い物
「なぜですか?」
「なんでだろうな」
「どうしてなんですか!?」
「どうしてなんだろうな」
「どうして……どうして…………」
突然のクライマックス。
舞台は宿『祝福』俺の部屋。主演、萩原陸、萩原柚奈。
開演は――何時からだったかな……。忘れた。
クレアの診療所で柚奈を診察してもらい、そこから帰宅した後だということは間違いない。
眠ったままの柚奈を放置するわけにもいかず、そのまま俺の部屋まで一緒に連れ帰ってきたわけだが、ベッドに降ろした柚奈が目を覚ます様子もなかったので、俺は床で睡眠をとることにした。昨日から寝ていなかったので、ぐっすりだ。
俺が気持ちよく目を覚まし、隣に寝ている柚奈の姿に驚いたのが15時過ぎだったと思う。
ベッドで眠っていたはずの柚奈が、なぜか床で眠っていた俺の隣にいたのだから、ちょっとしたミステリーだ。驚きのあまり飛び起き、柚奈を起こしてしまった。
そして現在。
目覚めた柚奈を見る限り体調は回復していたようだったし、柚奈に朝方の出来事をダイジェストにして伝えた結果がこの状況である。
「どうして私は寝ていたんですか……ッ!?」
それはあなたが寝不足で倒れたからです。
ってか、これいつ終わるんだ……。
「……もう一度整理させて下さい」
「おう」
「今朝、私は兄さんに背負われ、とある診療所まで連れて行ってもらいました」
「ああ、そうだな」
「では、なぜ私にその時の記憶がないのでしょう?」
「寝てたからだろ」
「なぜ寝てたんですか……」
そして話はループする。
なにこれ怖い。
もはや柚奈の自問自答である。
哲学的なやりとりを望んでいるなら話は別かもしれないが、単純に現実を受け入れられてないだけだろう。
俺の背中にいる時の記憶がないことに納得いかないらしい。
俺が今ここでもう一度柚奈を背負ってやれば解決する気もするが、それもなんだか恥ずかしいし、なにより兄妹の度を越えているように思えるので遠慮したい。
9年振りに出会う肉親に、柚奈は少し距離を測りかねているところがあるので、俺が上手く調整してやる必要があるだろう。
しかし、どうするかな……。
まだ1ループ目だが、このままいくと無限ループに入りそうな勢いだ。
終わらない舞台に終止符を打つためにも打開策を講じるしかない。
駄々をこねる子供には、他の餌で関心を引くのが手っ取り早いか。
「柚奈、過ぎたことを悔やんでも仕方がないし、気分転換に買い物に行かないか?」
女の子といえばお買い物。ショッピングだ。
柚奈はラフォリスに来たばかりで、ろくに買い物などしていないはず。服や食べ物、その他諸々、一切興味がないということはないのでは。
「買い物……? ――お買い物デートですか!? 行きましょう!!」
目をキラキラさせて俺の手を握る柚奈。
デートという単語がどこから出てきたのかは不明だが、喜んでもらえているようだし細かいことはいいだろう。
とりあえずは話を逸らすことはできたようだし、作戦成功といったところか。
俺の中にある柚奈取り扱い説明書がまた一歩完成に近づいた気がする。
「ちなみに何か欲しいものとかあるか? 柚奈とアトフをまともに出歩くのは初めてだし、要望があればなんでも――」
「お家です!! お家を買いましょう、兄さん!!」
…………オウチ?
あれか、オウチとかいうモンスターがアトフにいるのかな。それで、そいつを狩りに行こうって話か。
「お家ですよ! 祝福だと私は住めませんし、二人で暮らせるお家を買いましょう!!」
うん、わかってました。オウチじゃなくて、お家ですよね。
でもそれ、お買い物デートとかいうレベルじゃないです。
「それがいいです、そうしましょう」と、柚奈の中では決定事項になっているらしく、とても断れる雰囲気ではない。
確かに、柚奈は祝福に住むことができないのは事実である。条件である『アトフにきて3ヶ月以内』『12歳以下』を満たしていないためだ。
だからこそ、近いうちに――むしろ既にどこか他の宿でも借りているのかと思っていたのだが、まさか家を買うという発想に至るとは考えもしなかった。
「参考までに、家っていくらくらいするんだ?」
この部屋はまだ2ヶ月以上借りられるし、期間が過ぎても別の宿を借りればいいかなと楽観視していたため、まともに家のことなど調べたことはない。
「大体、金貨20万枚くらいからです。あ、お金なら私が払うので、兄さんは一緒に住んでくれるだけで結構ですよ」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「大丈夫です。こんなこともあろうかとお金はたくさん貯めておいたんです」
「お金があるからとかじゃなくてな……」
9年間で、柚奈がどの程度稼いできたかは知らないが、妹に全額支払わせるなど言語道断。柚奈が自分のためだけに買うというのならまだしも、俺も一緒に住む前提ならば、兄である俺が半分以上、欲を言えば全額払いたい。
といっても、20万枚は無理だけど。
家族と一緒に暮らすことに抵抗はなくても、金銭的な問題はすぐには解決できない。
今の俺の全財産は金貨17万枚。以前ルベルクとの決闘の際に賭けで手に入れた分が大半を占めている。
ただ、リーズにA級の新しい扇子と着物を発注しているので、ここから4万枚は消える予定だ。前金は払っているし、リーズも製作に取り掛かってくれているはずなので、今更キャンセルはできない。
となると、使える金は13万枚。
ルベルクから貰ったA級のアクセサリー『雨の宝玉』を売れば、20万枚に届く可能性はあるが、簡単に売却できる代物でもないので難しいだろう。
【アクセサリー】
・雨の宝玉:魔法による防御系スキルの効果を大幅上昇させる。
質:A【級】 重さ:0.25【kg】 耐久度:99 / 100 分類:アクセサリー
俺には使い道もないし、ディズにもいらないと言われた悲しいアイテムである。
効果は悪くしないし、高値で売れそうなことには違いないのだが、今すぐ金に換えれるかというと微妙なところだ。
A級以上の装備品は流通も少なく、相場もはっきりしていない。ゆえに、仲介依頼所や、そこら辺の店に持っていったからといって、すぐに取引できるようなものでもなく、たとえ値がついたとしても高が知れている。
それならばラフォリス祭を待って、そこで開催されるオークションにでも出品してみればとはディズの名案であり、俺はそれに従う予定でいる。
「――とりあえず外へ出ませんか? 早く行かないと夜になってしまいますし、ラフォリスを歩きながらでもゆっくり話しましょ、兄さん」
「っと、そうか。もうこんな時間だもんな」
起きた時間がおかしかったため感覚が麻痺していた。
時間を見ると、あと数分で16時。柚奈の言うとおり急いだほうがいいかもしれない。
今日中に家を探して、その場で買うというわけでもないだろうし、悩むのはもう少し具体的に決まってからでいい。
さくっと身支度を済ませ、俺と柚奈は部屋を出た。
「ママー、見てー? 陸さんが違う女の人連れてるー!」
「あら、本当ねぇ」
すれ違う、母子の声に、我悲し。
こうして噂は広がっていくのですね。
ラフォリスの大通りを歩く俺と柚奈。
望んでもいないのに注目を浴びてしまう己のカリスマ性が憎い。
「兄さん、あれなんてどうですか? 大通りからも近くて便利ですよ」
隣を歩く柚奈が正面に見える家を指差す。
いつの間にか腕を組まれているのは本日二つ目のミステリーだ。
「お、それより、この家なんていいんじゃないか? ほら、ちっちゃくてかわいいぞー」
「ふふふ、人形用のお家じゃないですか。兄さんの冗談は面白いです」
「んー、割と本気だったんだがな」
シルバニオンチックなファミリーが住んでいそうな家が露店に並んでいたので、それをオススメしてみたが、柚奈はお気に召さない御様子。お手ごろプライスで俺の一押しだというのに。
というより、他の家が高すぎるのがいけない。
金貨30万枚やら50万枚などと、俺にどうしろというのか。
一番安いのでも23万ちょいはしていたので、どう足掻いても俺一人の力ではどうにもならない。
もちろん柚奈が払うという意見も却下させてもらった。
俺の財布事情を教えても柚奈は諦める様子はないし、どうしたらいいものか。
「柚奈よ、一つ言っておくが、俺はラフォリスに永住するつもりはないぞ? 今すぐにとは言わないけど、将来的には違う国や街にも行ってみたいと思ってるからな」
「それでも構いません。たとえ1日でも一緒に暮らせるなら買う価値はあります。まあ、兄さんが違う国へ行くというなら、私も当然付いて行きますが」
なにが当然なのかはわからないが、柚奈の表情に迷いはない。
「賃貸じゃ駄目なのか? 貸家とかさ」
「貸家は色々と不便ですからね。それにお金的にももったいないです。半年――いえ、3ヶ月以上借りるくらいなら、思い切って買ってしまった方がお得だと思いますよ」
売却できることを考慮して、ということだろう。
「まあ、それなら買った方がいいか……。好き勝手できるし、そっちのが気楽だもんな」
「はい、自分好みに部屋を改造したり、色んなアイテムで飾ったり。きっと楽しいです」
あ、それは楽しそうだ。
借り物じゃない自分の部屋か……。
「そんな素敵なお家で、お食事会を開いたり、夜通し盛り上がったりできるんですよ」
そうだよな。宿屋のおばちゃんの目を気にする必要もないもんな。
超お洒落な部屋をディズに見せびらかしたりなんてことも。
「それで、外装にも手を加えるんです。とってもお洒落な家として、街で話題になったりするかもしれませんね」
やばいやばい!
イメージが膨らんでくるぞ。
俺の中に一つの超大作が……
「――って、そんな手には乗らないからな」
まったく、とんでもない妹だ。
この俺がノリツッコミすることになるとは。
買う方向に俺を誘導したかったようだが、いくらなんでも露骨すぎる。
まあ、そこが少し可愛かったりするのだが。
「……もう、兄さんは意地悪です」
子供のように頬を膨らませ、柚奈が悔しそうにしている。
こんなにわかりやすく悔しがる人間を俺は初めて見た。
携帯電話が手元にあれば記念に写メっていたかもしれない。
それで待ち受け画面にする――のはさすがにやばいか。
「はぁ……しょうがない、半分な」
「半分……ですか?」
「俺と柚奈で半分ずつ出して買おうってことだ。さっきの赤いレンガの家で我慢してくれよ。俺にはあの家が精一杯だ」
俺も少し意地を張りすぎていたところがある。
兄妹仲良く半分ずつ出し合って家を買うっていうのも悪くないだろう。
俺だってマイホームは憧れるし。
「――はい!! ありがとうございます! 兄さん!」
それに、柚奈もこんなに嬉しそうにしているしな。
飛びつこうとしてくる柚奈の頭を片手で抑えつつ、俺は誰にということもなく一人頷いた。
「ちょっと埃っぽいですが、中は意外と綺麗ですね」
「ああ、特に居間にある暖炉がいい味だしてるよな。やっぱ赤レンガの家といったらこれだな」
俺と柚奈はさっそく新しい我が家に来ていた。
途中『祝福』にもより、手続きと挨拶、片付けは済ませたので、今日からここに住むつもりだ。
家の元所有者が仲介依頼所に全て依頼していたため、取引はすぐに終わった。
それこそ、仲介依頼所の窓口に到着してからは3分もかからなかったと思う。
支払いと同時に、家を構成するアイテム全てと、『土地権利書』というリアリティ溢れるアイテムの所有権を譲渡してもらっただけだ。
契約書の一枚もないというのだから、逆に不安に思ってしまったほどである。
とはいえ、俺のインベントリに収納されている『土地権利書』の説明文には税金がどうとか再発効はどうとか長々と書かれていたのだが。
「柚奈はどの部屋がいい?」
「私はどこでも構いませんよ」
新しい我が家は2階建て。大通りから大きく外れているかわりに家は広く、居間とは別に3部屋もある、なかなかの贅沢仕様だ。
いくつか破損箇所もあるので、そこは機を見て修繕しよう。
とりあえず応急処置として、コマンドで見た目だけでも整えておくかな。
耐久度や質はどうにもならんけど、ひび割れとかちょっとした劣化くらいならコマンドで一発だろ。
所有権があるというのは素晴らしい。
「俺はこの部屋にするかな」
一通り建物を見て回り、俺はこの部屋に決めた。
2階に上ってすぐの一室で、窓から見えるのが隣の家の壁だけというのが気に入った。
なんかお洒落な気がする。
「あ、2階にしたんですね」
俺の声を聞いて柚奈が階段を上ってくる。
すぐ隣にも部屋はあるので、柚奈はそこを選ぶのではないかと俺は予想している。
兄離れできていない妹のことだし、俺の隣の部屋がいいと言うに違いない。
俺には全部お見通しだ。
「じゃあ、私もこの部屋ですね」
…………。
柚奈が俺と同じ部屋に入り、おかしなことを言い始めた。
本日三度目のミステリーである。




