4.診察
「ふふ、安心して、ただの寝不足よ。ゆっくり寝ていれば明日にも良くなるわ」
クレアの口から改めて診察結果が告げられる。
『禁断の恋』などというふざけた結果を拒否した結果だ。
柚奈の胸に触れている間になんらかのスキルを発動していたようで、クレアには柚奈の容態が事細かにわかっているらしい。
生産職人が該当のアイテムを詳細表示したとき、生産スキルを持っていない者より色々な情報を表示させられる現象と同様に、クレアは対象者に数秒触れるだけで、発症しかけている病気など本人でもわからないようなステータス情報を表示させることができるようだ。
触れるだけであんなことやこんなことまでわかってしまうとは、便利な反面、悪用が怖い。持つ人が持てば可愛いあの子が毒牙にかかるのも待ったなしである。
「よかったわね、陸」
一時は深刻そうにしていたディズも、『寝不足』という診察結果からか、肩の力が抜けているようにみえる。
「ああ、なんだかんだいっても心配だったからな。ディズ、クレア、ありがとう、本当助かった」
色々と迷惑をかけてしまったディズとクレアに改めて礼を言う。
……さて、と。
ディズには近いうち美味しいものをご馳走する約束をしたからいいとして――
「診察料はいくら払えばいい?」
まだ営業していないとはいえ、ここは診療所であり、妹を診察してもらったわけだから料金を支払うのは当然のことだ。
言葉だけの礼で済ませるつもりはない。
「んー、ちょっと診ただけだし金貨50枚ってとこかしら。本当はディズのフレンドだし無料って言いたいところだけど、それじゃあ陸ちゃんが納得いかないって顔してるものね」
「ああ。近しいからこそ商売上での金銭のやりとりはしっかりしたい。それに、ただでさえ営業前に無理をいって診てもらったわけだしな」
「あらあら、真面目ねー。でも、そういう考え、嫌いじゃないわよ? うふふ」
クレアがぱちんとウィンクする。ただし俺には効果があまりないようだ。
恐らくは、俺が厚意に甘える選択肢を選んだとしても『素直ねー。でも、そういう子は嫌いじゃないわよ』と、結局は同じ流れになったのではないかと予想される。
そんな適当な反応では点数をあげることもできない。
「そうだ。せっかくだし、陸も診てもらいなさいよ」
金を払おうとしたところで、ディズから横槍が入る。
虫歯かもしれないと、俺が話したことを覚えていたのだろう。
ディズ自身は親切のつもりで言ったのかもしれないが、俺にとってはお節介だ。虫歯などという状態異常を他人に覗かれるなど恥辱だし、仮に虫歯だと判明したところでどうだというのか。クレアの専門は薬なわけだし、虫歯治療まで出来るとは思えない。
「ディズは、ああ言ってるけどどうする? クレア先生が診てあげよっか?」
俺の耳元で囁くクレア。
わざわざ声を潜める意味などないと思うのだが。
「んー、具体的にどのくらいの情報を覗かれるんだ?」
「あら、何か見られたくないものでもあるのかしら? ふふ。……触れている時間にもよるけど、『触診』で表示できるのは状態異常に関することがほとんどよ。他に表示されるといっても、レベル、HP、MP、スキルくらいなものね。インベントリの中にエッチなアイテムが入っていてもわからないから安心してちょうだい」
まあ、それくらいなら問題ないか。
さすがに記憶を覗かれたりするなら断ったけど。
あ、もちろんエッチなものなどインベントリには入ってません。
「んじゃ、ついでだし俺も頼もうかな」
虫歯を知られたくないのは事実だが、ここで拒否したとしても、やましいことがあると認めようなものだ。ディズが診察の話を出した時点で、初めから俺に選択肢はなかったのかもしれない。
……これでいいよな。
触れるだけで大丈夫というなら、あえてベッドに横たわることもないだろう。俺は右手を前に差し出す。
まさかクレアも俺の胸を揉もうなどと思わないだろうし、右手一本あれば事足りるはずだ。
「ふふふ、警戒しちゃって……可愛いわねぇ。心配しなくても大丈夫よ? ディズのお気に入りに手を出したりはしないわ」
俺の右手を、クレアが両手で包み込む。
なにがくるかと身構えていたが、杞憂に終わったらしい。
「…………」
文字通り、クレアの目が泳いでいる。
スキルの効果により、クレアのコンソールに表示されているであろう俺の情報を、目で追っているのだろう。
なんか見透かされているようで落ち着かないな……。
自分で自分のステータスを表示させても虫歯など書かれていないというのに、クレアには表示できてしまうというのだから恐ろしい。
自覚症状がある虫歯は確定として、今はそれ以外になにもないことを祈ろう。
「――ちょ、ちょっとこれって……!?」
どこか余裕のある表情を崩さなかったクレアが、ここにきてそれを崩した。
その驚愕の表情は、俺をからかうための演技にしては真に迫りすぎているように思える。
虫歯に対する反応にしては大袈裟だし、なにか深刻な病気でもみつかったのかもしれない。
これなら『禁断の恋』がどうだとか言い出してくれた方がまだ気が楽だった。
「あ、もしかしてスキル見てびっくりした? こいつ普通じゃないでしょ」
そう軽い口調でクレアに話しかけるディズ。俺やクレアとは違い平常そのものである。
「……普通じゃないとかそんなレベルじゃないわよ、これ」
「『コマンド』のこと?」
「え、ええ……。通常スキルのスキルレベルも確かに凄いと思うけど、このオリジナルスキルに比べたらそこまでじゃないわ」
「私は通常スキルも同じくらい凄いと思うけど、そこは職人と冒険者の価値観の違いかしらね」
「『所有しているアイテムに命令を与え実行させる』って……。こんなのありえないわよ……」
「色々制約はあるらしいけどね。たとえば――」
俺のオリジナルスキル『コマンド:アイテム』を話題に盛り上がる二人。
ただ、本人を置いてけぼりにするのはいかがなものか。
ディズのアイコンタクトに応え、説明を許可したのは俺だが、俺自身がのけ者にされるとは。
ディズが具体例を元にスキルの効果をあれこれと説明し、クレアがそれを掘り下げる。
ディズは所有者である俺並みにコマンドに詳しいので、説明に不足があるわけでもなく、問題はないといえばないのだが、それでもたまには俺のことを思い出して欲しい。
俺はチラチラと二人の顔色を窺ってみたり、コマンドを使って石を空の旅にご案内してみたりもしたが、反応は皆無。悲しくなってきた。
「――っと、そんなとこかしら」
全てを語りつくしたといわんばかりに満足げなディズ。
クレアも一通り知りたいことは知れたと不満はなさそうだ。
会話の流れを要約するならこんなところだろうか。
1.アイテムの性質そのものを変えるような命令はできない。
2.一度インベントリに収納するなりして、アイテムの所有権を得ていなければならない。
3.より複雑な命令、より難しそうな命令をすることでMP消費量が増加する。
最後まで相手にされないまま寂しい思いをした俺も、心の中で上手く会話の内容を纏められてちょっぴり気が晴れた。
「……ねえ、陸ちゃん、私と一緒に世界を狙ってみない? 私と陸ちゃんなら薬の力で天下を取れるわよ」
クレアが俺のほうに向き直り、甘い声で物騒な提案をしてくる。
これがギャップ萌えというやつか。
「いや、悪いが生産に興味はないんだ。生産に使えそうなスキルだとは俺も思ってたけどさ」
「薬作りは楽しいわよぉ? 感謝はされるし、お金は稼げるし、いいことだらけなんだから。……だから、ね?」
「やりません」
「……今ならディズも付いてくるわよ」
ぼそりと早口でクレアがさらに物騒なことを言い出した。
ディズというフレンドをお菓子のオマケのように扱うクレアはとても悪い顔をしている。
「ちょっと、聞こえてるわよ?」
クレアの悪魔の囁きはディズに筒抜けだったらしい。
とはいっても、3人向かい合ってるこの状況下では当たり前のことである。
初めからクレアに隠すつもりなどなかったと考えるのが妥当だろう。
「でも、ディズだってそう思うでしょ? 陸ちゃんのスキルを悪用――有効活用すれば世界狙えるわよ」
「開き直ったわね……。っていうか、クレアはもう世界でも有名な薬師でしょ、富も名声も十分じゃない」
「そんな簡単な話じゃないのよねぇ」
「これだから冒険者は」とクレアが首を横に振る。
俺にもクレアの真意はよくわからないが、クレアにはクレアなりの野望的なものがあるのだろう。
こう言っちゃ何だがクレアは見るからに腹黒そうだし、おかしなことではない。
「――しょうがない、今日のところは諦めるわ。でも、その気になったらいつでも私のところまで来てね?」
「ああ、それはわかったけど、診察結果はどうだったんだ?」
「え? 診察結果?」
あ、こいつ素で忘れてるな。
「一体なんのために陸に触診を使ったのよ……」
「あぁ!!」
ディズに言われクレアが当初の目的を思い出したようだ。
「そんな話もあったわねぇ! 懐かしいわぁ」
遠いあの日を懐かしむような眼差しのクレア。
つい5分程前の出来事だというのに、クレアにとっては既に色あせた記憶だったらしい。
「で、どうだったんだ?」
「ふふ、特に異常なし! ……右の奥歯以外は、ね?」
俺の口元を指差しクレアが微笑む。
やはりスキルの前では隠し事などできないようだ。
どんな風に表示されたのか興味はあるところだが、それを聞くのは自虐になりそうなのでやめておこう。
「んっと、これとこれと……はい! こんなところかしら」
どういう意図なのか、クレアが液体の入った試験管を数本実体化し、俺に手渡してくる。
【素材・その他】
・クレア先生の治療薬(毒):毒に分類されるレベル5以下の状態異常を治療する。
質:A【級】 重さ:0.02【kg】 耐久度:99 / 100 分類:消耗品
製作者:クレア
【素材・その他】
・クレア先生の気付け薬:レベル3以下の気絶状態、もしくは睡眠状態を解除する。
質:B【級】 重さ:0.02【kg】 耐久度:98 / 100 分類:消耗品
製作者:クレア
【素材・その他】
・クレア先生の回復薬:レベル5のHP・MP持続回復効果を与える。
質:A【級】 重さ:0.02【kg】 耐久度:97 / 100 分類:消耗品
製作者:クレア
【素材・その他】
・クレア先生の治療薬(虫歯):歯に分類されるレベル3以下の状態異常を治療する。
質:B【級】 重さ:0.02【kg】 耐久度:98 / 100 分類:消耗品
製作者:クレア
なんだなんだ?
――うわ、酷いネーミングセンスだな……。
毒消し、気付け薬、回復薬……と、これは!?
反射的に確認した詳細表示の中に『クレア先生の治療薬(虫歯)』というアイテムがあった。効果を見ても、その名前に偽りはないように思える。
クレアが薬らしきアイテムを実体化した時から、もしやとは思っていたが、アトフでは虫歯が薬で治療できるようだ。
「これを飲むだけで虫歯が治るのか?」
「ええ、すぐに治るわよ。飲むのが嫌なら、塗り薬もあるけど? なんなら注射や座薬っていうのも――」
「これで問題ない」
「あら残念、ふふ」
注射や座薬なんかは効果的には抜群っぽい気はするけど、飲み薬で治るというのに、あえて修羅の道を進む必要もないだろう。
「んで、毒消しやら気付け薬とかもあるけど、これはなんだ?」
「あら、見ての通りよ? 少しなら予防効果もあるから、状況によっては事前に飲んでおくことをオススメするわ」
「いや、そうじゃなくて、なんで俺に?」
「初めてのお客さんには配っているの。陸ちゃんだけ贔屓してるってわけじゃないから安心して?」
クレアのいまいち信用のならない言葉に、俺は思わずディズを見る。
「ええ、本当よ。私も貰ったもの」
俺の言いたいことがディズには伝わったようだ。
ディズが言うのなら間違いない。
俺の中に構築されつつある謎の判断基準に従い、クレアから手渡されたアイテムをインベントリに収納した。




