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1.再会

「おう、じゃあな」

「ええ、またね」


 ディズと別れ、俺は宿へと向かう。


 なんだかんだで、もう20日か……。

 早いもんだな。


 アトフに移住してから20日。ルベルクとの決闘から数えれば5日という時間が経過していた。

 とはいっても、基本的に俺のやっていることは変わらない。

 ディズに叩き起こされ1日が始まり、狩りをしたり、アイテムを売り買いしたり。そんな毎日。

 しかし、俺はそんな毎日がとても気に入っている。好きなことを好きなだけやっている今の生活に不満などあるはずがない。


 サインを求めてくる人は減っちゃったけどな。

 

 ひたすら断り続けてたのだから当然のことだが、最近は『ラフォリス祭』が近づき、ラフォリスへの人の入りが激しく、単純に人々の意識がそちらへ向いていることも理由として挙げられるだろう。

 毎日のように、『40レベルの○○が』『20持ちの○○が』と噂話も忙しいものだ。ラフォリス内の人口密度が高くなりすぎて、今ではどこもかしこも以前の大通りのように人が溢れかえっているのだから、なおさらである。


 まあ、サインとかは正直もうどうでもいいんだが、問題はステータスだよなぁ。



 【ステータス】

 レベル:31

 HP:2420 / 2420

 MP:1690 / 1690  

 

 【スキル】

 【オリジナルスキル】

 ・コマンド:アイテム

 【修得スキル】3 / 5

 ・危険察知 Lv.17

 ・パリング Lv.18

 ・ブロック Lv.16



 俺の中で最もホットな話題。それはステータスの伸び悩みだ。

 何を隠そう今のステータスは5日前となにも変わっていない。


 ――あ、嘘、スライム君シリーズを外したからHPが6下がってるな。


 ……とにかく。

 俺はここ5日間成長していないという話だ。


 肉体のレベルに関していえば、30レベルからは必要経験値が倍倍に増えていくらしいので仕方ないといえば仕方ないのだが、スキルレベルまでも急に成長が止まるというのはいかがなものなのか。ここまで順調だったぶん、余計心配になる。


 近々、ディズに相談してみるのがいいかもしれない。

 贅沢な悩みなのはわかっているが、一人であれこれ考えていても始まらない。


 あとはあれだ。アクセもさっさと更新しないとだ。

 着物と扇子はリーズに頼んどいたからいいとして、アクセは――

 

 俺の思考がそこで止まる。

 角を曲がったところで、道の中央に立ち尽くす一人の女性と目が合ったのだ。

 女は黒いワンピースにベージュのショールを羽織り、黒い髪を片側で纏めて肩まで下ろしている。


 ――綺麗だな……。


 それが俺の第一印象だった。

 夜道に佇むその女性の瞳には妙な迫力があり、俺は目を逸らすことができない。


 ……ただ、なんだろう。変な感じだ。

 俺はこの女を知ってる……?


 ――いや、間違いない。絶対知ってる。


 こうして俺が頭の中を模索している間も、互いの視線はぶつかり合ったまま。女も俺のことを知っているのだろう。それどころが、むこうははっきりと俺が誰だか把握しているように思える。


 女の頬を涙が流れる。

 女がゆっくりと口を開いた。


「に……にいさん…………」


 消え入りそうな声。

 それでも俺には、はっきりと伝わった。


「……ゆ、柚奈ゆずななのか?」


 一度そう認識すると、疑う余地もないほど納得できる。

 9年という歳月は柚奈を大人の女性に変貌させているが、目元やホクロの位置など、柚奈の面影をいくつも残している。気付けなかった自分が情けない。

 

「――兄さん!!」


 柚奈が俺の胸に飛び込んでくる。

 俺はそれを迎えるように両手で優しく抱きしめた。


「兄さん……ずっと会いたかった……」


 兄さん兄さんと繰り返し、痛いくらいに抱き寄せてくる柚奈。


「柚奈……」


 突然のことで上手く言葉が出てこない。

 あらかじめ用意しておいたはずの言葉も、こうして実際に会ってみると役立たずなものだと痛感する。


 ――違うな。


 初めからそんなものを考えることが間違いだったのかもしれない。

 事前に考えておいた言葉なんて無粋なだけだ。


「…………心配掛けてすまなかった。せめて俺の無事だけでも伝えられればよかったんだが」


「いいんです……。こうして無事会うことができたんですから」


「……改めてよろしくな。むこうで一緒できなかったぶん、こっちで一緒にいよう」


 深く考えずに、ただ思ったことを口にする。

 それだけで、俺の言いたかったことは柚奈に伝えられた気がした。


「――はい!」


 柚奈の俺を抱き寄せる力がさらに強くなる。

 少し痛い。


 ――え、ってか、なにこれ。

 滅茶苦茶見られてるぞ。


 感動の再会も山場を越え、一息ついたところで俺は気付いてしまった。

 成長した妹の姿にも気付けなかったというのに、気付きたくなかった厳しい現実に気付いてしまった。


「……ちょっとあれ見て」

「……陸さんだよね、あれ……」

 

 ヒソヒソとよろしくない言葉が聞こえてくる。

 ここは人通りも多く、周囲には実際に大勢の人がいる。

 加えて、俺はラフォリスでそこそこ名も知られているのだ。服装が目立つこともあり、かなりの視線を集めてしまっている。


 もちろん俺だって柚奈と再会できたことは嬉しいし、妹の成長した姿を見れて涙が出るほど感動している。

 が、それと同時に人目が気になってしまうのは俺の心が汚れているせいなのだろうか。『妹です』と言い訳したくなるのは俺が異常なのだろうか。


 ただ、柚奈がアトフで生きていることを知っていた俺の3年と、俺が死んだかもしれないと思っていた柚奈の9年では重みが違うのは承知している。

 だからこそ、柚奈の気の済むまでこうしていてあげたい。


「兄さんの話、たくさん聞かせてくださいね。むこうでのことも、アトフにきてからのことも」


「……あ、ああ。といってもアトフにきたのは柚奈も知ってのとおり20日前だから、柚奈を満足させられるような話はできないかもしれないぞ」


「謙遜です。リンククリスタルで見たんですから。兄さんは凄いです」


「ちょっと聞いた……!?」

「……今『凄い』って……」

「どういうことなのかな……」

「そりゃお前……」

「こんなところで……?」

「……いやねー」


 痛い痛い! 心が痛い!

 なんでそんなピンポイントで一つの単語だけ聞こえるんだよ。


 こ、これは場所を変えないとまずいぞ……。


「……柚奈、寒くないか? 外は冷えるだろ」


「心遣いありがとうございます。でも不思議と寒くないんです。……きっと兄さんにこうして抱きしめてもらっているからですね」


 うーむ。なんて可愛い妹なんだ。

 でも、どちらかというと抱きしめられているのは俺の方な気がするぞ、妹よ。

 それに、さっきからどんどん力が――


 あっ、痛い痛い! 物理的に痛い!


「い、妹よ……とにかくここはまずい…………俺の部屋でゆっくり――」

「え!? 兄さんの部屋ですか!? 行きましょう!! 今すぐ!!」


 先程までの涙はどこにいったのか、柚奈が満面の笑みで俺の提案に食い付いてくる。

 笑顔を見せてくれたのは嬉しいが、若干怖い。

 あと声が大きい。


「ちょっと、部屋に連れ込むそうよ!?」

「大胆です!!」

「い、いいなぁ」

「お盛んねー!」


 ほら、また変な勘違いされちゃった。

 ってか、周囲の声もボリューム上がりすぎじゃないか、これ。


 もはや、ひそひそ話ですらない。


「さあ、早く行きましょう、兄さん! こっちですよ!!」


 万力のような妹の抱擁から解放されたかと思った束の間、今度は柚奈に手を取られる。

 「こっちですよ、こっち」と走る柚奈にそのまま引っ張られ、俺も走り出した。


 いやいや、おかしいよね。

 なんで今日ラフォリスに来たばかりの妹に、俺の家を案内されなきゃいけないんだ。

 普通俺が案内するところだよね。

 

「――どうして俺の住んでる場所を知ってるんだ? 確か教えてなかったよな」


 アトフにきて3ヶ月は無料で泊まれる宿『祝福』に泊まっていることは話したかもしれない。

 それでも『祝福』は国経営の施設なのでラフォリスに複数あるし、一つを特定することは出来ないはず。


「え? 知ってるに決まってるじゃないですか。兄さんの家ですよ?」


 ん、んん?

 つ、つまりどういうことなんですかね……?

 誰か説明して下さい。


 まるでアトフの常識とでもいうように話す柚奈に、俺は理解が追いつかない。

 事実、向かっている方向から柚奈は俺の家を知っているようだし、俺が何かを見落としているだけなのだろうか。

 例えば、肉親の住んでいる場所を知ることができるようなアイテムがあるとか……。


 うん、そういうことにしておこう。


 俺は考えるのをやめた。


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