20.初狩りのルベルク
「なるほど。つまり君――いや、陸、といったか、は初めからそこにいたと」
「ああ、そういうことだな」
ディズと朝食会談していたところに突如乱入してきたルベルクという男。
登場時からひたすらディズを口説いてばかりだった彼に、俺はようやく存在を認めてもらえたところだ。
「それは失礼した、非礼を詫びよう」
深く頭を下げるルベルクに俺も思わず「いえいえ」と頭を下げてしまう。
お歳暮的なものが手元にあれば手渡していたかもしれない。
「既に知っているかもしれないが名乗らせて欲しい。僕はルベルク、『初狩りのルベルク』。周囲からはそんな大層な名で呼ばれているよ」
よろしくの握手はない。
礼節を重んじる人物のようだが、丁寧な言動の裏には俺への警戒や敵意が見え隠れしているように思える。
――いや、それよりもだ。
今、初狩りっていったか?
「……おい、ディズ……初狩りって初心者狩りの略じゃないのか……?」
「……ええ、そうなんだけどちょっと色々事情があるのよ……そこにはつっこまないであげて……」
ひそひそとディズが正しい大人の対応方法を教えてくれた。
ということで今のは聞かなかったことにしよう。
それがいい。そうしよう。
「――それで、だ。二人が固定パーティーを組んでいるというのは事実なのかい?」
「ええ、事実よ。間違いないわ」
まだどこか信じきれていない様子のルベルクに、またしてもディズが即答する。
俺としては固定パーティーという言葉を聞いても首を傾げるだけだ。
4日連続でパーティーを組んでるとはいえ、そんな単語を聞いた記憶は一度もない。
ディズが勝手に話を進めているが、悪い方向に進んでいるような気がしてならないのは俺の気のせいだろうか。
「…………な、なんということだ、僕が少し離れていたためにこんなことに……」
「まさかディズが固定パーティーを」、「どうしてだ」、「まずい」
などと俯きながら独りでブツブツ言い始めるルベルク。
あ、この人危険な香りがする。
近づいちゃいけないタイプの人だ。
心なしか危険察知が反応してる気がします。
「もう、ブツブツうるさいわね。とにかくそういうことだからルベルクとは組めないわ」
「くっ! ディズベール、しかし――」
「しかしもなにもないの。私は陸とのパーティーを解散するつもりはないし、今後パーティーメンバーを増やすことになったとしても、そこにルベルクの枠はないわ」
ディズのはっきりした物言いにルベルクは取り付く島もない。
少し可哀想な気もするが、その気もないのに期待を持たせたりするよりは断然いいだろう。
いつもより2割増しな容赦のなさは、本気の言葉には本音の言葉で返すというディズなりの優しさなのかもしれない。
正直、俺もルベルクがパーティーに加わるってのは気乗りしないしな。
嫌いじゃないけど仲良くはできなさそう、というのが率直な感想だ。
「……わかった、パーティーの件は諦めるよ」
項垂れるルベルクが力無く声にする。
しかし、その目の輝きは失われていなかった。
「――ただ、僕にだって意地はある! 実力も知らないような男にディズベールをやすやすと任せられるはずがない!」
「はぁ……始まったわね。いつもの病気が……」
ディズには先の展開がわかるようだが、このくらい俺にもわかる。
この流れはあれだ。よくあるやつ。
「陸に決闘を申し込みたい!!」
うん、そうそう。
これだよ、これ。決闘。
っていうか、え? これどうすればいいの?
断っていいものなのか?
受けるのはまずいよな、さすがに。
俺が負けたら『こんな男にディズベールは任せられない』とか言い出すに決まっている。
「……あのね、ルベルク。陸はまだアトフにきて10日ちょっとなのよ? 勝てるわけないじゃない。そんなの認められないわ」
「なっ!? 10日ちょっと? それでどうして固定パーティーを?」
「私が陸を気に入ったから、それだけよ。あと、誤解して欲しくないから言うけど、陸は普通に強いわよ。初心者の中で、とかじゃなくね」
「それならなぜ――」
「相性の問題よ、絶望的なほどの。本来なら言い訳になんてならないけど、陸はアトフにきて日が浅いせいで、その差を埋めるための装備やスキルがないのよ」
すっかり保護者と化したディズが俺の代わりに色々と答えてくれる。
『勝てるわけない』と言われた時は複雑な心境だったが、むしろディズは俺を相当高く評価してくれているみたいで素直に嬉しい。
それにしても、相性、か。
絶望的とか言われると逆にやってみたくなるよな……。
できるわけないと言われると、是が非でもやりたくなるってのは珍しいことじゃない。
「……そういうことなら仕方ないね。でも、そこまでの人物というのなら、ますます実際に見てみたくなったよ。どうだろう、パーティーの件を抜きにして僕と決闘ないかい?」
「受けて立とう」
「――あっ、馬鹿!」
ルベルクの魅力的な誘いに俺は二つ返事で承諾する。
決闘なんて面白そうなこと逃す手はない。
「陸ならそう言ってくれると思っていたよ、目を見ればわかる。……それで一つ提案なのだけれど、どうせ決闘をするなら賭け事なんてどうかな? その方が盛り上がると思うんだ。もちろん僕の方が圧倒的に有利だという話だから、その分、そちらはリスクが少ないようにしたいと思っている」
「回りくどいな。つまり何が欲しいんだ?」
「ディズベールとのフレンド登録権利かな」
うん、絶対それがメインじゃないですか。
決闘で俺の実力が見たいとかおまけですね。
パーティーを組むのは難しいと判断して、別のところから攻めようという魂胆だろう。
堂々としすぎて、もはや何もいえない。
「ちなみに俺が勝ったらなにが貰えるんだ?」
「僕の所持しているアイテムの中から好きなものをあげるよ」
やだ、お買い得。
ノーリスクハイリターン。
「……ちょっと、まさか釣られそうになってるわけじゃないでしょうね?」
「まあ、考えてもみろディズ。ルベルクとフレンド登録したところで状況は今とそんなに変わらないと思うぞ? リンククリスタルで情報を探して実際に会いに来るような奴だからな。それに勝てばさっき話題にあがったアクセサリーの問題を解決できるというチャンス付きだ。これはいくしかないのでは?」
「『いくしかないのでは?』……じゃないわよ! いい? 私だって少しでも陸に勝てる見込みがあるなら悪くはない話だと思うわ。でも、絶対陸じゃルベルクには勝てない。陸とルベルクの両方を知ってる私にはわかるのよ」
なかなかの好条件だというのに、ディズは断固として認めてはくれない。
さすがに賭けの対象にディズが関わってくる以上、俺の独断では決められない。仮にルベルクの提案に乗るとしてもディズの説得は必要不可欠である。
いっそのこと、決闘を受けて賭けだけを断るというのも一つの選択肢だ。
ただ、ディズは俺が絶対に勝てないという点を重視しているようなので、快く思ってくれないことに変わりはないのではないか。
「一つ聞かせてくれ、本音のところディズはルベルクとフレンド登録することをどう思う?」
「どうでもいいと思ってるわ。あまりにうざいようだったら着信拒否するだけだもの」
「なるほど。俺も一つ本音を言わせてもらうと、勝ち負けというより純粋に決闘をしてみたいって気持ちが1番大きいんだ。そこにたまたま破格の条件がぶら下がっていたってだけでな」
「……だから決闘させて欲しいと?」
「ぜひ!」
呆れるような眼差しで俺を見るディズに、俺は力いっぱい答える。
ディズにとってもノーリスクに近いというなら、それこそ決闘を受けない理由はない。
「はぁ……まあ、なんとなくこうなるんじゃないかとは思ってたわよ。……いいわ、好きにしなさい。賭けも私のことなら気にしなくていいから」
「おお!! ありがとうディズ! ほら、感謝のしるしにこれをやろう!!」
俺は着物の帯に掛かっていたストラップ・スライム君のアイテム所有権を放棄し、ディズに手渡す。
言わずと知れた素敵アイテムだ。
これを貰って嬉しくない人はいない(はず)。
「え? いいの? 本当に貰っちゃうわよ?」
「おう、構わんぞ」
「本当の本当に貰っちゃうからね?」
え、なにその反応。
そんなに凄い物だっけそれ。
まるで大事な物でも扱うかのようにスライム・ストラップ君を抱え込むディズ。
先程まで貶していた人物がとる行動とは到底思えない。
黒魔術の儀式にでも使うのだろうか。
「――こほん!!」
ルベルクがわざとらしく大きく咳払いを一つ。
なんだか凄く不機嫌そうだ。
だってほら、めちゃくちゃ俺睨まれてるし。
ちょっと待たせすぎちゃったかな。
「すまん、待たせたな。決闘は受けさせてもらう。賭けの件も問題ない」
「そうか、それはよかったよ」
「……で、どうすればいいんだ? 今からやるのか?」
「いや、明日にしよう。時間は16時、場所はコロシアム。ルールは1対1の実戦方式で装備やアイテム、スキルの使用に制限なし。こんなところでどうかな?」
「コロシアム? この街の北門近くにあるでっかいやつだよな?」
「そこで間違いないと思うよ。もし不安ならディズベールに連れてきてもらうといいさ。お金の心配もしなくていい」
「ん、了解だ」
コロシアムを使うとは予想外だったが、ルベルクがそう言うなら口出しは無用だ。
きっと雰囲気とかそういうのを楽しみたいということなのだろう。
二人の決闘、一人の観客にコロシアムなど逆に寂しいことになりそうなものだが。
「それでは僕は失礼するよ、明日を楽しみにしている。……ディズベール、明日の勝利を君に」
そう言い残し、ルベルクは去っていった。




