16.地下迷宮
ダンジョン。
アトフにおけるそれは一般的なRPGと大差はない。
洞窟、神殿、廃墟……等々。自然物や人工物を問わず、モンスターや財宝、罠やボスモンスターといったものが混在する特殊なフィールドを指す。
そんなダンジョンの一つである地下迷宮に俺は来ていた。
――いや、正確にはディズに連れてきてもらった、というべきか。
「……はぁ、どうしてこうなったのかしら…………っよし! 頑張るのよ私!」
ディズの何度目かの独り言が虚しく響く。
既に『ラフォリス地下迷宮』の内部だというのに、先ほどからずっとこの調子である。
デザートを頬張っている時の自信とやる気はどこにいってしまったのだろうか。
まあ、俺のせいなんですけどね。
だが後悔はしていない。
だってこうしてダンジョンに来れたんだもん。
20分程前のことだ。
ディズの『どこに行きたい? 希望はある?』という言葉に俺が『ラフォリス地下迷宮に行きたい』と返したことが全ての始まりだった。
どんなモンスターでも任せてと言わんばかりのディズでも、ダンジョン内にある罠は別だったらしい。
当初は『ダンジョンはさすがに……』と弱気だったディズに、先っぽだけ先っぽだけだからと必死に縋り、今に至る。
ちょろいものだ。
ラフォリス地下迷宮はラフォリスの街の外れに位置するダンジョンで、好奇心旺盛、冒険大好き、戦闘大好きな俺としては必ずおさえておきたいポイントだった。
だというのに、パーティーを組んでない人は入っちゃ駄目と入り口の警備兵さんに止められてしまい、俺一人では入場することができなかったのだ。
せっかくパーティーを組むことができたというのだから、このチャンスを逃す手はない。
見たこともないモンスター、多種多様な罠、そして苦労の末見つける財宝。
夢が詰まりすぎだろ……。
「いい? 確認だけど、探索するのはここ第1層だけ、陸は私の後方であまり離れすぎないようにじっとしてること。それだけは守ってね?」
「ああ、任せておけディズ。得意分野だ」
「あと、万が一私が死んだり、私が『逃げなさい』って言ったときは私を置いてでも逃げること」
「ああ、任せておけディズ。得意分野だ」
「どんな得意分野よ……」
ディズがなにか言っているが、今の俺はそれどころではない。
初めてのダンジョンにテンションが上がりっぱなしだ。
洞窟といって差し支えない構造ではあるものの、薄暗く不気味ということはなく、壁や地面に点々と埋まっている光る鉱石のおかげで、辺りはある程度の明るさを保ち綺麗なものだ。
観光名所として売り出すのも悪くないのではなかろうか。
キャッチコピーは『ただし無事に帰れるとは言っていない』。これで人気爆発間違いなしだ。
「陸、気をつけなさいよ。ダンジョンで怖いのはモンスターだけではないわ。モンスターだけに気を取られていると、罠の餌食になるから注意しなさい」
俺という頼りないお供を連れて、ディズが周囲を警戒しながらゆっくりと地下迷宮を進む。
ディズの表情に余裕はなく、先導に必死なのだろう。
それでも俺へのアドバイスを忘れないのだからさすがである。
「ダンジョンではモンスター同様、罠だって今もどこかで沸き続けているわ。他のパーティーが通った道だから、一度探索した道だから、なんて甘い考えは捨てなさい。ダンジョンに――ひゃっ!?」
あっ、落ちた。
なるほど、これが罠ってやつか。
勉強になりますディズ先生。
落とし穴という典型的な罠だ。
ディズはすんでの所で手を地面に引っ掛け落下は免れたようだが、落とし穴の高さは20メートル程あり、落ちて行き着く先には、毒のような液体がふんだんに塗りたくられた針が待ち構えているようだ。
うん、完全に殺しにきてるなこれ。
――っと、そんなことより。
「大丈夫かディズ! 今、引っ張り上げるぞ!」
お、意外と軽いな。
ほっ! っと。
「……ふぅ、ありがと。死ぬかと思ったわ」
俺に引き上げられたディズがぱんぱんと土埃を払う。
そのなんともいえない表情に、どう声を掛ければよいものかわからない。
「――でね、ダンジョンに潜る時は基本的に4人最低でも必要だっていわれてるの。なんでかわかる?」
まるで何事もなかったかのように話を再開し、再び歩き出すディズ。
なかなか図太い精神をお持ちのようだ。
「んー、4つの役割分担があるってことじゃないのか? タンク、ヒーラーみたいな感じで」
「そうそう、別にダンジョンに限った話じゃないんだけどね。タンク、ヒーラー、アタッカー、サポーター、この4つが高難易度の狩場だと必須なの」
MMO等によくある話だ。
敵の攻撃から仲間を守るタンク。
パーティーメンバーを回復するヒーラー。
素早い敵の殲滅を目標とするアタッカー。
仲間の補助や敵の妨害により後方支援するサポーター。
アトフには職業システムがないため、覚えているスキルによりここらの立ち位置が決まってくるのだろう。
俺は防御系のスキルが2つあるし、タンクに分類されるのかな。
アタッカーを語るにはさすがに火力不足だ。
「ディズはアタッカーなんだよな?」
「ええ、そうよ。私は魔法で遠距離攻撃するのがお仕事なの。超特化型の後衛アタッカーなの。つまりね? なにが言いたいかというとね?」
「……お、おう」
「――罠なんてわかるか!!」
ですよね。
薄々感づいてました。
しかし、これはまずい展開だぞ。
今にも『帰るわ』とか言い出しそうな雰囲気だ。
ここまできてお預けはないだろ……。
どうする俺。どうすれば――
「陸、戻りましょ? 普通のフィールドで狩りをしたほうがずっと効率がいいわよ。陸の為にもそれがいいと思うの」
くっ、やっぱりだ。
やっぱりそうきたか。
なにか妥協案はないか。
なにか……。
――そうだ!
「俺が先導する……それじゃ駄目か?」
「え、陸が? 何を言い出すのよ突然……。そんな危ないこと認められるわけないじゃない。さっきの罠見てなかったの?」
「無理を承知で頼みたい。もちろんそれで俺が死んでもディズに責任はないし、1回でも死んだらダンジョン探索はすっぱり諦める。……頼むディズ!」
「死んだら、ってね、そういう考えはあまり――いえ、ごめんなさい、なんでもないわ。とにかく、そんな地雷避けみたいな真似させられないわよ」
「でも、俺は実際についさっきまで、ディズにその地雷避けみたいな真似をさせてたわけだろ? ディズにだけそんな危険を背負わせたってのは、俺としても後味が悪くて嫌なんだよ」
咄嗟に出てきた言葉ではあるが、俺の本心である。
俺の我が侭が引き起こしたことが原因で、ディズだけが危険な目に遭うというのはおかしな話だ。初めから俺が先導するくらい当たり前だろう。
「うーん……言いたいことはわかるわ。それでもやっぱり――」
「頼む!!」
「…………はぁ、わかったわよ。どうなっても知らないんだから」
「おお!! ありがとうディズ!!」
俺はディズの手を取り感謝を告げる。
これでダンジョン探索を続けることができる。嬉しくないはずがない。
「――ちょっ、大袈裟すぎよ! ……もう、そんな顔されたら小言の一つも言えないじゃないの……」
「安心しろ、小言なんて出てこないくらいバッチリ先導を務めてやるから。実はちょっと自信があるんだ」
「アトフ生活10日目、ダンジョン体験なし……どこからその自信はやってくるのかしらね。まあ、いいわ。死んだら骨くらいは拾ってあげるから頑張りなさい」
「おう!」
俺は短く返事すると、さっそく前へと進む。
次の瞬間には死ぬかもしれないというのに、不思議と恐怖はほとんどない。
緊張感はあれども、それがかえって心地よいくらいだ。
ディズは俺の自信が根拠のないものだと判断しているようだが、実はこの自信には理由がある。
さっきは初めての感覚、突然の出来事で対応できなかったんだよな。
ディズには申し訳ないことをした。
”俺にはあの罠の位置がわかっていた”というのに……。
なにも目視で罠があるということを見抜いたわけではないし、冒険者としての経験がーなどと語るつもりはない。もちろん、前世の記憶が呼び覚まされたなんて落ちだってない。
答えは簡単、危険察知のスキルが罠に有効だったというだけだ。
――そう、こんな風に。
「そこだな……。よっと」
インベントリから少し大きめの石を実体化し、前方へ放り投げる。
瞬間、ひゅん、とどこからともなく飛んできた矢が石を撃つ。
「……へ?」
「やっぱ罠だったか。嫌な感じがしたんだよな」
これで確定だ。
やはり俺の危険察知スキルは罠にも反応する。
「え? どういうこと? 事前にわかってたってことよね? なにか見えたの?」
「いや、俺が修得してる危険察知ってスキルが役に立ったみたいだ」
「危険察知? 結構いいスキル入れてるじゃない。かなり便利なスキルなのよ、それ。でもおかしいわね。スキルレベルが低いと効果なんて実感できるようなものじゃないのに。陸、スキルレベルはいくつなの?」
「ん、16だな」
「そう、じゅうろ――え、今なんて?」
なんだこいつ。
これが今流行の難聴スキルってやつか。
「16、だ」
「16っ!? え、あんた馬鹿じゃないの!? う、嘘でしょ!? 16!? 6じゃなくて?」
「おう、16だ」
何度言えばいいんだよ。
しかも、なぜか馬鹿呼ばわりされるし。
16が結構高い数値だってのは知ってるけど、ディズなんて20持ちだしな。
ディズにここまで驚かれるのは意外というかなんというか。
「……確認させてもらうわ。陸はアトフにきて10日なのよね?」
「ああ、間違いないな。10日前にきた異界人だ」
「レベルを聞いていいかしら」
「27だ」
「……なにしたらそんなことになるのよ」
「運と勘違いのおかげかな」
「…………はぁ」
ディズの一際大きな溜息がラフォリス地下迷宮に消えていった。




