14.製作依頼
「いらっしゃーい!! って、なんだ陸か。お客さんかと思ったよー」
「いや、客だろ。突然職場にやってきたお母さんじゃねえんだぞ」
まさか来店早々つっこみを入れることになるとは思わなかった。
和物屋『風流』の店主リーズは、今日も平常運転のようだ。
「あははー、わかってるよ。でもね? それでも師は弟子を試さなければいけないんだよ……悲しいことにね……」
「うん、そうだな。そんなことより、これを見てくれ」
ぶーぶーと野次を飛ばしてくるリーズを無視して、今しがた討伐してきたジャイアントダイアウルフリーダーの戦利品二つを実体化させる。
一つは、C級素材の『ジャイアントダイアウルフリーダーの毛皮』。もう一つは、B級素材の 『ジャイアントダイアウルフリーダーの牙』である。
「おっ、なかなかの毛皮だね! こっちの牙はちょっと詳細表示みないとわからないかな。触らせてもらうね」
リーズの細い指先が牙に触れる。
きっと今頃、リーズのコンソールには牙の詳細が表示されていることだろう。
そういや、リーズが言ってたよな。
生産スキルを持ってれば、もっと詳しい情報を見れるんだって。
リーズには今、俺と違う表示内容が見えてるってわけか。
リーズが牙から手を離すと同時に、リーズの手首に巻かれたクリスタルバンドが光を失っていく。
どうやら鑑定が終わったらしい。
「……こほん。これはずばり……ずばりっ!! 『ジャイアントダイアウルフリーダーの牙』です!!」
うん、知ってる。
俺が取ってきたし。
「…………」
「ずばり――」
「繰り返さなくていいぞ。着物の材料に使えるかどうかってことだけ教えてくれ」
俺が今一番最優先すべきは防具だ。いつまでも初期服ではいられない。
エリアボスのドロップアイテムと聞くと、惜しくなってしまう気持ちも否定できないが、一番欲しいものを手に入れるための最短チケットだというなら致し方ない。
どこぞのRPGのように、貴重な回復薬を最後まで使えない精神に陥るのはどうかと思う。
「あっ、なんだそういうことだったんだ。それなら早く言ってくれればいいのに」
「確かに説明不足だったな、すまん」
「いえいえ! ……それで、この牙と毛皮だけどね、材料として使えないことはないよ」
使えないことも、か。
「引っかかる言い方だな」
「そうだね。どうしてもっていうなら止めないけど、おすすめはしないかなー」
「理由を聞かせてもらっていいか?」
「単純に着物の材料としては向いてないだけだよ。ジャイアントダイアウルフリーダーの毛をベースに着物を作ったって、D級かE級がいいとこじゃないかな。それならいっそ毛皮と牙を売っちゃって、そのお金で材料を買いなおしたほうがいい物を作れるし、安上がりだよ」
なるほど……値段的にも質的にもよろしくないと。
そりゃおすすめできないよな。
まあ、狼の毛皮や牙なんて普通着物作りに使わんだろうし、予想はしてたけど。
元より、見た目重視だ。今着ている初期防具よりマシなら、品質は気にしていなかったのだが、そういう事情なら悩む余地すらない。
「ちなみに皮と牙を売り払うとして、金はあとどれくらいあれば足りそうかね。リーズへの製作依頼の分も含めるとしてな」
「うーん、D級を一番安くって前提なら、毛皮と牙のお金があれば着物の一式くらい余裕で足りちゃうと思うよ? C級を作りたいっていうなら難しいけどね」
「おお! D級ならいけるのか!」
風流に来るまでは、毛皮と牙が少しでも着物製作の足しにでもなればと考えていただけなのに、よもや着物製作に手が届くところまできていたとは。
E級というなら考えたが、D級なら十分合格ラインだ。
「うんうん! 何なら私が全部代行してあげよっか? 陸、どうせ材料のことなんてわからないでしょ? 私には全部お見通しなんだから。そう、心の奥までね……」
「手間を取らせるようで申し訳ないが、ぜひ頼みたいな」
毎度お馴染みリーズの余計な一言はスルーするとして、材料のことがわからないというのは悔しいことに否定できない。
たとえ、事前に説明を受けたとしても上手く買って来られない自信がある。携帯電話と電卓を間違って買うレベルの致命的なミスをしでかすことだろう。
「任されたよ!! …………でっ!! 色はどうする? 紋は? あ、そもそも種類も決めてなかったね! 動きやすさでは袴だけど、戦闘とかもするなら袴は足元が危ないかも? でも袴じゃないと足回りが少し窮屈になっちゃうしね。そうだ! 大胆に脇縫いを緩めてみよっか! それなら袴じゃなくても動きやすいかも!? それで肩肌脱ぎとか! 紫の下に赤襦袢とか洒落てていいんじゃないかな!! それで――」
「すまん、俺にはさっぱりわからん。そこらへんも含めて任せちゃ駄目か? 自分のことだってのに重ね重ねすまないが」
俺のような素人が介入したところで、着物の出来がよくなるとは思えない。それなら、恥を忍んででもリーズに任せるべきだ。
リーズの親切心に付け込むようで心苦しいが、リーズ本人はこんなに楽しそうにしているのなら誰が損するというわけでもないし、悪いとも言い切れないだろう。
「あはは、それもそうだよね! 私こそ一人で盛り上がっちゃってごめんね。じゃあ、デザインとかその他もろもろは私が全部決めちゃうよ。あっ、皮と牙の売却も私が代行するってことでいいのかな? 買ってくれそうな人には心当たりあるけど」
「ああ、リーズに頼みたい。俺が売るっていっても仲介依頼所くらいしか当てもないしな」
仲介を通せば費用がかさむのは当然である。金銭の面だけをみれば、直接取引できるならそれに越したことはない。
それに、ここまで任せておいて売却だけこちらがやるというのも、リーズを信頼していないみたいで気が引ける。
「じゃあ、この毛皮と牙は私が預かっておくね! 明日中に売却しちゃうから、もし、やめたくなったらそれまでに教えてね」
「了解だ。風流に来ればいいか?」
「それでもいいけど、どうせならフレンド登録しておこっか」
「あぁ、そういやそんなのもあったな。すっかり忘れてたわ」
フレンド登録さえしておけば、コンソールメニューの『通話』機能が使えようになる。
それさえあれば、わざわざ風流に足を運ばなくても簡単な用なら通話だけで済ませられるはずだ。
今回の件に限らず、役に立つ場面はこの先でてくるに違いない。
「で、どうすればいいんだ? 例のごとくクリスタルバンドに念じればいいのか?」
アイテムや金貨のトレード、宿屋への登録、リンククリスタルへの接続。ここまできて、フレンド登録だけ違うということもないだろう。
「あ、初めてなんだ? ……ふふふ、残念だけどフレンド登録はそれだけじゃ成立しないんだなぁ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「慌てない慌てない……。全てお姉さんに任せておきなさい」
怪しげな笑みを浮かべたリーズが、俺を追い詰めるようにじりじりと寄ってくる。
絶対に逃がさんという心の声が聞こえてきそうだ。
別に逃げようなんて微塵も考えていないのにご苦労なこったな。
大体、逃げたところで……。
どんどん近づいてくるリーズ。どこかのゴブリンのように体当たりしてくるならまだ理解できるが、とてもそんな雰囲気ではない。
既に手の届く範囲だというのに、近づくのをやめる気配はない。
――待て待て待て!!
近いッ!! 近いッ!!
密着こそしていないものの、互いの衣服は触れ合い、吐息すら感じられるほどの距離だ。
近すぎる!!
そう声に出したかったが、リーズの顔が近くにあるせいでそれも難しい。僅かな弾みで唇が触れてしまいそうだ。
後ろに下がろうにも、俺の背後の商品棚が退路を塞いでいる。
おい! なんだこれ!!
どうするんだ!? どうなってるんだ!?
はわわわわわ――
「はいっ握手」
「――ふぇ?」
変な声が出てしまった。
「握手だよ、あ・く・しゅ。あはは、もしかして違うこと期待したっ!?」
クリスタルバンドが巻かれた右手にひんやりとした柔らかい感触を感じる。
俺は今リーズと握手をしているらしい。
…………。
「……そ、そんなことだろうと思ったぜ」
ほ、ほら、だってリーズだしね。
そういう悪ふざけしてきそうじゃん。
ばればれだっての。
「あはは! ごめんごめんっ、ちょっとした乙女チックジョークのつもりだったんだけどね。反応があまりにも可愛くてやりすぎちゃったかな」
「……ったく。俺がその気になってたらどうしたんだよ……」
「んー、どうなってんだろうね?」
あははと笑うリーズに俺は溜息を漏らす。
今に始まったことではないが、なんともつかみどころがない女だ。
弄ばれた俺の気持ちにもなって欲しい。
まったく手を握るくらいなら――
――ん? 手?
「そうだよ、フレンド登録はどうなったんだ」
「んー? ……あ! そういえばそんな話もあったね!! もちろん忘れてないよ? うん、忘れてない」
忘れてやがったな……。
ドッキリを仕掛けてきた張本人が忘れてるってのはお父さん感心しないな。
「で、握手してどうするんだよ。このまま指相撲でもするのか?」
「あはは、しないしない! ここからは、さっき陸が言った通りだよ。よっ、こんな感じかな?」
【フレンド登録】
フレンド登録依頼が申請されました。
登録を承認しますか?
「――っお」
なんかきた。
リーズが申請してきたってことだよな。
俺は『承認する』と念じる。
すると、すぐにフレンド登録完了のメッセージがコンソールに表示された。
握手までの工程が異様に長かったが、無事リーズとのフレンド登録を済ませられたようだ。
「はい、これでおしまい!! 陸がまだ手を握ってたいっていうなら私としては構わないけどねっ、あはは」
「遠慮しておく、追加の料金を請求されても困るからな」
「あらら、がっかり。でも、そんな陸に残念なお知らせだよ! 採寸もしないとだから、今度は手くらいじゃ済まないかも? 私は着物作りではいつも全力だからねー。採寸だって相当細かく測らせてもらうよ?」
「…………」
なんてこった……。
俺の新防具のためにも採寸は必要不可欠だし、避けられないイベントのようだ。
初めての店、初めての店員というシチュエーションならば、メジャー片手に採寸しますと言われたところで、『あ、脱いだ方がいいですか? 全部』くらい返せる気概があるつもりだったのに、リーズ相手にそんなことを言えばどうなるかわかったものではない。
手を握るのは正直悪い気がしなかったけどな。
ただ、採寸はなぁ……。
ちょっと俺の趣味とは違うんだよなぁ……。
その後、俺がリーズの採寸から解放されたのは6時間後のことだった。




