12.意外な結末
「はぁ……はぁ……いい加減に……倒れて、くれませんかね?」
「グルル……」
ジャイアントダイアウルフとの死闘もかれこれ1時間ほどになる。
直撃を受けた回数は奇跡的にゼロ。直撃と敗北がイコールで結びついているのだから、今も戦闘が続いている時点で当たり前のことではあるが。
用いた配分はパリング90%、ブロック5%、残りはスキルに頼らない回避行動といったところか。
我ながらよく立っていられるものだな。
そろそろやられてくれないと俺も限界だぞ。
直撃は受けていなくても心身は大分消耗している。
甘く見積もってもあと5分が関の山である。
さすがは20レベルのモンスター。いいとこレベル5のゴブリンとは別次元の強さだな。
見切られた技を自重し、俺の苦手そうな技ばかり意図的に狙ってきやがる。
どこぞのゴブリンとは違って狡猾なことで。
「……ふぅ。お前だって俺の顔を見るのも飽きてきただろ? もう諦めちゃえよ」
俺も大概だが、ジャイアントダイアウルフも傷つき今にも倒れそうなのも事実。
ただ残念ながら、勝利を譲る気は毛頭ないところまで一緒のようだ。戦意を失わない赤い瞳が今もなお俺を捉えている。
ステータス確認。
【ステータス】
レベル:6
HP:161 / 300
MP:52 / 270
っち、きついな。
こんなことなら爪切りなんて買うんじゃなかった。
今朝、魔力回復薬の8個セットを買ったばかりだというのに、インベントリには既に一つも残っていない。
爪切りを買った分の資金を魔力回復薬に回していれば、まだまだ闘いようはあったのだが。
いや、たらればの話はやめよう。
そんなことより次の一撃に集中だ。
余計なことばかり考えていては勝てるものも勝てなくなる。加えて、それが原因で敗北などしようものなら、さらに大きな後悔が生まれることになってしまう。
今にも喰い掛かってきそうなジャイアントダイアウルフの初動を逃すわけにはいかない。
集中しろ俺。
「うぉおおお!! 頑張れー!! あと少しだぞー!!」
だというのに、あの野郎……。
いつからそうだったのかは定かではないが、俺とジャイアントダイアウルフの死闘には観客が沸いていた。
1時間も戦っていれば人目にもついてしまうのは仕方がないことだろう。新たな敵の追加を避けるためにも、可能な限りラフォリス側へと誘導しながら戦っていたのだから文句は言えない。
観客の中には先程この草原で出会った3人組もいるようで、男戦士のものだと思われる声援がこうして度々耳に届いてくるのだ。耳障りなことこの上ない。
他の連中は静かに傍観しているだけだってのに、一人でうるさすぎだろ。
マナーモードくらい搭載しといて欲しいもんだな。
……大体こんな戦い見て何が面白いんだか。
アトフ初心者が背伸びして格上モンスターと死闘を繰り広げてるといえば、見せ物として聞こえはいいが、肝心の内容は酷いものだ。なにしろ俺の使うスキルはパリングのみといっても差し支えない。そのパリングもド迫力な攻撃というわけではなく、地味な防御スキルである。戦いに華がない。
「手強い!! 手強いけどおおおお!! いける! いけるぞ!! うおおおおおおおお!」
うるせぇ! 気が散るわ!!
なんでお前が戦ってるような口振りなんだよ!
誰かそいつを黙らせ――くるっ!?
一瞬低姿勢になったジャイアントダイアウルフを俺は見逃さなかった。
残念だったな。狡猾だからこそ、このタイミングでくると思ってたぜ!
騒がしい男戦士のせいで思考に雑念が混じっていたことは否定できないが、気を緩めることは一瞬たりとてしていない。あえて男戦士の言葉に合わせて身体の力を僅かに抜き、ジャイアントダイアウルフを誘っただけだ。
真っ直ぐ飛び掛ってくるつもりか!?
――いや、それにしては遅い!!
負傷していることを差し引いても、こいつならあと2割は素早く動けるはずだ。
ジャイアントダイアウルフにとっても、ここは土壇場。相手の出かたを窺うような真似はあり得ないし、飛び掛ってくるとするなら全力でこない理由はないはず。
とすれば間合いの直前で何か小細工をしてくるつもりなのだろう。
「それさえもフェイントだというなら潔く負けを認めてやるよ!!」
小細工する暇は与えない。
この戦闘において貫き通してきた、攻撃を凌いでから反撃するという一連の流れをここにきて崩す。この瞬間に限っては、攻勢にでることが無難な選択だ。
ジャイアントダイアウルフの前足が地面から離れるタイミングを見計らって足を踏み進め、回避や防御などを考えず、ただ全力で閉じた藤娘をジャイアントダイアウルフの眉間を貫くように突き上げた。
「グァアアアア!!!」
一際大きな叫び声の後、ジャイアントダイアウルフの巨体がどずんと倒れ、静寂が訪れる。
やった……のか?
開いた口からだらしなく舌を地面に垂らして横たわるジャイアントダイアウルフの姿は、どこから見ても絶命しているようにしか見えない。
触れてみるか。
『体に触れインベントリに収納を念じる』、死んでいるかの確認はこれが手っ取り早い。死体が消えれば死んでいるし、消えなければ気絶、もしくは死んだふりでもしているのだろう。
死んだふりをして反撃の機会を窺っているという可能性も捨てきれない以上、頭に手を近づけるような真似はしない。
ジャイアントダイアウルフの背後に周り、用心しながらその背中に触れる。
あー、ふかふかなんじゃー。
――って、そうじゃない。
インベントリに収納っと。
……お、消えた。
取得したアイテムの表示。
【素材・その他】
・ジャイアントダイアウルフリーダーの毛皮:ラフォリス草原に生息するジャイアントダイアウルフ
リーダーの毛皮。
質:C【級】 重さ:8.3【kg】 耐久度:92 / 100 分類:素材
・ジャイアントダイアウルフリーダーの牙:ラフォリス草原に生息するジャイアントダイアウルフリー
ダーの牙。
質:B【級】 重さ:0.2【kg】 耐久度:96 / 100 分類:素材
戦利品の確認を終えることで、ようやく勝利への実感が沸いてくる。
取得したアイテムがどんなものなのかなんてわからない。そんなものより、ただただ勝利が嬉しい。
「よっしゃああああああ!」
普段はクールなナイスガイで通している俺でも、この興奮を内に抑えておくことはできなかった。少数とはいえ周囲に人がいる状況だというのに、不思議と恥じらいは感じない。
こんな達成感と充実感を味わったのはいつ以来だろうか。
「おおおおおお!!」
「すげえなおい!!」
「おめでとう!」
「やるじゃねえか!!」
「抱いて!」
観客からの拍手喝采が草原に鳴り響く。
素直に嬉しいが、ここまで大袈裟な反応はどうなのだろうか。
そりゃあ俺は死闘を繰り広げた本人だし、それに勝利したんだから嬉しいさ。
でもここの連中からすれば、たかがジャイアントダイアウルフって感じじゃないのか?
この草原にいるってことは、ジャイアントダイアウルフ狩りをしてきた奴だって一人や二人じゃないだろ。少なくともこの3人は間違いないぞ。
観衆の中から見知った3人組が俺の前にやってくる。女戦士はメル、ちびっ子女魔法使いはラッチとかいう名前だったはずだ。男戦士の名前は知らない。
「おめでとう!! まさか一人で討伐しちゃうなんてね! 昨日アトフにきたばかりだなんて信じられないくらいだよ! さっき引き止めちゃったのがちょっと恥ずかしいな」
「いや、俺自身勝てたのにびっくりだからな。こんなやばい奴の生息地に俺みたいな初心者が一人で入っていけば、そりゃ止められるのも納得だ」
少し照れくさそうにしている女戦士に俺は正直な感想を述べる。
事実、敗北する要素はすぐ隣り合わせにあった。魔力回復薬があと1個少なければ、途中で別のジャイアントダイアウルフに発見されていたら、男戦士の声援がもう少し煩かったら、数えだせばきりがない。
「謙遜かー? 俺にはこれっぽっちも危なそうに見えなかったぜ?」
「お前の目は節穴か。なにからなにまで危なかっただろ。具体的に言えばお前の声援が1番危なかったがな」
「はっはっは! 熱い声援だっただろ? 欠点といえば、俺が可愛い女の子じゃなかったことくらいだな!!」
などと、欠点だらけのドM男戦士が意味不明な供述をしているがそんなのは無視だ。
「でも私から見ても、本当に危なそうには見えなかったよ。確かに、最後は体力的に辛そうだなーって感じたけど、なんだか逆に動きが安定してたんだよね」
男戦士だけでなく、女戦士にもそう見えたらしい。
当人からすれば常に死と隣り合わせ。目隠しで綱渡りをしているような感覚だったのだが。
「んー、どうなんだろうな。思い当たることがないわけでもないけどさ。なにしろ1時間も戦ってたからな。ジャイアントダイアウルフの動きに慣れてきたのと、自分が使ってるスキルへの理解が深まってきたのが要因かもな」
「……やっぱり凄いね。あんな素早い動き、私には目で追うのが精一杯で、慣れるなんてできそうにないよ。スキルにしたって、戦いの最中に理解を深めるなんて感覚ちょっとわからないな」
「なんとなくって感じだけどな。そんな大袈裟にとらえられると、こっちとしても困るぞ」
アトフにきたばかりで、一つ一つのことで得られる経験値が単純に大きいため、変な錯覚を起こしているだけということだって大いにありえる。
もてはやされるのが嫌だというわけではないが、過剰な評価で、というなら話は別だ。
そういうのは大抵ろくなことにならない。
今にして思えば、勝利できたのはスキルの『危険察知』によるところが大きかった気もしてくる。
『危険察知』はパッシブスキルで――自分から意識して使用することはできない――効果はその名の通り、危険を察知する能力にプラス補正がかかるというものだ。
昨日まではまったく実感できなかったため、その効果も疑わしかったものだが、今回の戦闘ではそれと思い当たるものを何回も経験した。なんの前触れもないのに次の瞬間に攻撃がくることを予感できたり、普段の自分ならパリングを使っていたであろう場面でブロックを使いたくなったり、だ。
今なら言える。
危険察知はあります。
「ってか、いくらなんでも大袈裟すぎないか? そっちだってジャイアントダイアウルフ狩りをしてたんだろ? 俺がソロだったってのは確かだけど、勝てたのは運がよかっただけだぞ本当。それなのにこう大袈裟にされたら、囃し立てられてるんじゃって勘ぐりたくなっちまうぞ」
「は? まさかお前気付いてないのか? 俺達が狩ってたのは間違いなくジャイアントダイアウルフだけど、お前が今ここで狩ったのはジャイアントダイアウルフ”リーダー”だぞ?」
え、なにそれ。
初耳なんですけど。




