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10.刺激を求めて -移住生活2日目-

 アトフ生活二日目。

 『グリーンゴブリンの骨』28本を仲介依頼所で売却することで得た金貨39枚を加え、手持ち金貨50枚となった俺は、衣類と簡単な生活用品、最下級魔力回復薬8個を購入した。


 下着をいくつかと、部屋着で金貨24枚。

 生活用品色々で金貨13枚。

 最下級魔力回復薬は8個セットで金貨13枚。

 締めて金貨50枚也。


 ええ、一文無しです。

 でも、生活用品や衣類は文化的な生活を送るためには必要だよね、うん。

 あぁ、さっき買った爪切り。あれはいいものだ。

 早く爪伸びないかなー。


 ――っと、あぶねっ!


「パリング!!」


 そんな文無し生活から脱するためにも、俺はゴブリン狩りをしていた。

 

「ほいっと」


 攻撃を逸らされたゴブリンがよろめいたところに武器の藤娘を振りかぶる。

 防御態勢もまともに取れず俺の攻撃をもろに体に受けた結果、ゴブリンは即死である。

 

 あー、ゴブリン狩りも飽きてきたな。


 ゴブリンの愚鈍な動きにもいい加減飽きてきた。

 行動が手に取るように予測できてしまい、なんの面白みもない。戦いの最中だというのに、朝購入した爪切りが頭をよぎるほどだ。

 こんな雑魚を相手にして己が強いなどと思い上がるつもりはないが、もう2,3ランク上のモンスターと戦ってもいいかもしれない。

 

 戦闘ステータスとスキル表示。



 【ステータス】

 レベル:6

 HP:300 / 300

 MP:250 / 270 


 【スキル】

 【オリジナルスキル】

 ・コマンド:アイテム

 【修得スキル】3 / 5

 ・危険察知 Lv.4

 ・パリング Lv.10

 ・ブロック Lv.10



 うーん、レベル6ってのはいいとしても、スキルレベルの上がりが悪いよなぁ。

 昨日は数時間で一気に上がったのに、今日はこれだけ狩りしてパリングのレベルが1上がっただけだもんな。

 実際、昨日は新たな発見の連続で、スキルを上手く使えるようになってた実感あったからな。


 それに比べ今日は……。

 そもそも経験値や効率などという前に刺激のない狩りなど論外だ。俺はこんな欠伸のでるような戦闘を夢見ていたわけではない。

 こう、血湧き肉躍る戦いというものがしてみたいのだ。

 

 やっぱ格上モンスター狩りか。

 確かラフォリスの北側に面白そうなのがいるんだよなぁ。


 案内に描かれていたラフォリス周辺のモンスター生息図を思い浮かべる。

 手軽に行ける場所では、そこが一番モンスターのレベルが高かった。 

 倒せなくても構わないし、倒せれば経験値的に相当おいしい(はず)。

 スキルレベルの向上にも役立つかもしれないし、なにより俺の好奇心が満たされる。

 悪いことはないはずだ。


 何事も経験だろ。

 それが、たとえ”死”だとしてもな。

 よっしゃ、そうと決まれば移動しましょ。そうしましょ。





 そうしてやってきたのはラフォリス草原北東。

 開けた地形で視界を妨げるものがほとんどなく、周囲をはっきりと見渡せる。

 俺の記憶が正しければ、ここら辺には『ジャイアントダイアウルフ』というモンスターが生息しているはずだ。

 なにやら物騒な注意書きの立て札もあったので方角は間違っていない。


 ん、先客か。

 道理でモンスターが全然いないわけだ。

 

 進行方向上に3人組の冒険者パーティーが見える。

 戦士風の男女が一人ずつ、ぶかぶかのローブを着込んだちびっ子の女魔法使い風が一人。

 

 彼らがこの周辺で狩りをしているというのなら、俺はもう少し奥まで行くとしよう。

 わざわざ広い草原でモンスターの取り合いをするなど建設的ではない。

 足早に冒険者パーティーを追い越し、先を目指す。


「あ、君!! この辺はレベル20の『ジャイアントダイアウルフ』の生息地だよ!!」


「危ないんだよー」


 背後から二つの女性の声。

 状況的に俺に対して発せられたものだろう。

 別に無愛想キャラを目指しているわけでもないし、コミュ障ということもないので、ここは振り返っておこう。 


「急に引き止めてごめんね。君まだアトフにきたばかりでしょ? もし知らないでここにきてるようだったら教えてあげようと思っただけなんだ。ここで狩りするなら最低でも平均レベル15くらいのパーティーを組まないと厳しいよ」


 善意100%といった眼差しで俺を見る女戦士。なんかとってもいい人っぽい。


「ラフォリス周辺でここだけ急にモンスターのレベルが上がるんだぜ。俺も最初の頃はなにも知らずにきたもんだ……。もちろん即殺されたがな!! 一撃でこう、がぶりとな!!」


 わははと自慢げに笑う男戦士。

 どうやら、危険を知らずに迷い込んだ初心者冒険者だと認定されたようだ。

 俺の服装は、布のシャツとズボン、皮の靴という防具とも呼べない初期装備だ。

 滲み出るオシャレオーラを纏ったところで、勘違いされるのも無理はないだろう。


 まあ、初心者というのは間違いないがな。

 昨日アトフにきたばかりだし。


 とはいっても、迷い込んだわけではない。

 ジャイアントダイアウルフを求めて、自らここに足を運んだのだ。

 レベル6の俺がレベル20のモンスターと戦うなど馬鹿げているかもしれないが、極限のスリルと刺激を味わえるかもしれないという俺の思惑あってこそ。

 敗北を……誰か俺に敗北を教えてくれ……。

 そんな気分である。


「わざわざ忠告どうも。せっかくの気遣い痛み入るが、ここがジャイアントダイアウルフの生息地とわかった上での行動なんで。ただの興味本位だから気にしないでくれ」


「でも本当に危ないんだよ? 数は少ないけど、一度見つかったら逃げるのも難しいんだから。あれに追いかけっこで勝てる人はそういないんじゃないかな」


「食べられちゃんだからー」


 そりゃ狼の足にヒトが勝つってのが無理あるだろ。

 スキルとか装備でなんとかできるなら知らんが。


「はっはっは! メル、止めるのは野暮ってもんだぜ!!」


 メルというのは女戦士のことだろう。

 男戦士がそう口にすると女性陣の視線が俺から男戦士へと移る。


「どういうこと?」

「ことー?」


「俺と同類ってことだ!!」


「同類? なおさら意味がわからないんだけど……。遠まわしに言わないではっきり言ってよ」


「しょうがねえなぁ。そこまで言うなら教えてやるよ」


 自身満々の男戦士。

 彼も男だ。強敵との戦いに身を投じたいという、理屈では語れない俺の気持ちを汲んでくれたに違いない。

 ヒーローごっこに興じる男の子に国籍は関係ないのだ。


「俺もこいつも根っからのドMってことだ!!」


 はい、解散。

 前言撤回です。

 ほら、メルとやらも困ってるぞ。


 恐らく、『そんなわけあるか』と力一杯のつっこみを男戦士にいれたいに違いない。

 しかし、万が一、男戦士の言葉が真実ならば、俺を傷つけてしまう。そんな優しさが心の中で葛藤となり、どう反応すればいいのかと困惑しているようだ。ちらちらと俺の顔色を窺いながら口を開けずにいる。


「ドMー?」


 ん? なんだ?


 少し見下ろした先には、首を傾げながら俺のズボンの裾を引っ張る、ちびっ子女魔法使いの姿があった。

 さっきから口数も少なく、オウム返しのようにしか喋らない不思議少女だ。


 まったく、この男はこんな純真無垢っぽい少女の前でなんてことを口走るんだ。

 変な言葉を覚えちゃったじゃないか、まったく。

 ただあれだな。答えなど求めていないだろうが、ここは俺の尊厳のためにも答えておく必要があるな。


「NO!!」


「じゃあ、ドS-?」


 ――え、意外なんですけど。

 ドMの反意語が出てくるとは。

 意味を知ってるのか? いや、この男戦士の変態的言動の影響か。

 まあ、どのみち頷くことはできん。


「NO!!」


「ノーマルー?」

「イエス!!」


「……ッチ」


 舌打ち!? 


 ちびっ子女魔法使いは、見るからに嫌悪を含めた表情をさせながらそっぽを向いた。

 これが恋愛シミュレーションなら、好感度はマイナスを突破しゲームオーバーになっていてもおかしくない程の変わり様だ。

 

 え、俺悪くないよな?

 

 あまりに予想外、かつ理不尽な出来事に、思わず自分に非があるのではと錯覚さえしてしまいそうになる。

 

 ノーマルは望まれていない選択肢だったと?

 んな馬鹿な。

 

 人は見た目では判断できないということを改めて実感させられる瞬間だった。

 

「あ、ラッチのことで気に障ったならごめんね。この子ちょっと人見知りなんだよねー」


 HITOMISHIRI?


 俺の知らない間に世間の『人見知り』の定義は変わっていたようだ。

 まいったまいった。


「いや、ちょっと驚いただけだ」


 本当は物凄く驚いたし、ショックも受けたけど。


「そっか、それならよかった! それで話を戻すけど、ジャイアントダイアウルフはラフォリス周辺じゃずば抜けて強いんだよ。だから――」

「心配してくれるのはありがたいが大丈夫だ。勝ち負けとかじゃなくて、単純に強いモンスターっていうのがどんなもんなのか知っておきたくてな。昨日アトフにきたばかりでまだ死んだこともないし、復活っていうのも体験してみたいと思ってたんだ」


 これなら納得してもらえるだろう。

 嘘はついていないし、自殺志望だというのなら心配をかけることもないはずだ。

 

「そっか……。そういうことなら……。ただね、余計なお世話かもしれないけど、死ぬのってすんごい痛いから覚悟しておいたほうがいいよ? モンスターと戦うのが怖くなって、生涯、生産一本で生きていくことを決めた、なんて話も珍しくないんだから」


「俺は悪くないとおもうけどなー。痛いんだけどさ、なんかこう、生きてる! っての? そんな実感が得られるんだよ!! な?」


「いや、俺に同意を求めるなよ。まだ死んだことないって言ってるだろ。それに俺にそんな嗜好はない」

 

 本音をいえば少し同意しかけたのは内緒だ。

 生きているという実感が得られるというところには賛同できる。

 痛みに限ったわけではないが、刺激が欲しいからこそ、この狩場まで来たわけだし。

 ドMじゃないけどね。


「あんたはドMだからでしょ!」


 ――ッ!?

 びっくりしたー。

 心の中の言葉につっこまれたかと思ったぞ。

 俺じゃなくて、男戦士に対してだよな。


「ひっで! まあ、否定はしないけどさ」

「ドMー」

「はっはっは、ラッチ、ドMは前衛にとって最高の褒め言葉だぜ!」

「あーあ、また始まったよ――」


 仲間同士でじゃれあう冒険者パーティーの3人。

 こういう絵面を見ると、いつか俺も信頼のおける仲間を探してパーティーを組みたいなと思えてくる。


 そのためにも、まずは強くならんとな。

 このまま眺めてるのも面白いが、先を急ごう。


「んじゃ、そういうことだから。先に行かせてもらうな」


「あっ、ごめんね!! それじゃあ気をつけてね! って、気をつけてってのもおかしいかな。頑張ってね!!」

「ッペ」

「楽しんでこいよー!」


 見送ってくれる3人に小さく手を振り、俺は草原を進む。

 若干1名、見送りとは違うなにか別のものだった気もするが、真実は時として残酷なものなので見送りということにしておこう。

 同じ狩場にいるんだ。また出会うこともあるかもしれないが、その時がジャイアントダイアウルフに噛み殺される場面でないことを祈りたい。

 口ではああ言ったものの、為す術なく返り討ちにされるような情けないところを誰かに見られたくはないものだ。

 もちろん戦闘に最善はつくすつもりだが。


 それにしても、やっぱ死ぬのは痛いのか。

 ……痛いのかぁ。

 ジュルリ。

 いや、俺にそんな趣味はナイヨ?

 ホントダヨ。


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