65 無興の侍
一人の侍がいた。
それは男で、無精髭を生やし、長ったらしい長髪をクリリンとしてて、どこかの流浪人のようであった。
そのような無礼な男が、当潜に勝負を仕掛けてきた。
「御武人と勝負を願い祭る」
「何故だ……お前は何者だ!?」
「我が名は……木通冬十朗と申す」
冬十朗は白い雪のような髪色をしていた。
全てを雪に埋めてしまうようなそんな髪色を。
あぁ凍える絵界はどこか遠いものだ。その背中から、翔ぶ気持ちを抑えきれない。
十行の御詰文をどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも彼は
唱えていた。
「オン サラサラ 、リン アガラアガラ、バルドリュウリュウ……………………雪の包み込む世界を我の世界に溶け込めよ深雪の氷河……」
当潜達はこの侍……は何の目的でこのレイムンゲルの塔に迷い込んだのかと考えたが、あんがい迷い込んだのは本当かも知れないと検討をつけた。
「当潜様!! なんだがあの人こわいですよ~!?」
マホが驚愕の声を上げて、一人の武人を直視できないので、我儘を言ってしまう。
当潜が宥めるが、それでもまだ怖がっている。
「何を思って……迷ったと思うのですが彼は……」
ミヤ神妙な顔つきで、推察する。ミヤの世界の中では侍は東洋の国トウニチコクにしかいないという認識だった。
漢字で書くと当日黒とも灯日谷とも書く。
その国には幕府が存在してて、侍が統治していると言われている。
だが、ミヤも行ったことはなく、殆ど想像でしかない。
それもそのはずその国は島国で、周りを海で囲まれている。
なので、船を出して、何日もかけなければ、行くことが叶わない。
是非、いつか行ってみたいと思うのだが、とミヤは素直に考えていた。
「もし、そこの人……私と一戦手合せ願いたいそうろう」
冬十朗がミヤに問いかける。
だが、当潜が前に出る。
「お前みたいな得体の知れない奴にミヤを戦わせられるか」
「これは失礼した。ならばそこの御仁でもよかろう」
俺はこの冬十朗をどういう存在なのか、あまり考えないようにした。
どう見ても昔の江戸時代の侍だという恰好をしていた。
もちろん生でそういうのは時代劇のテレビを見ていたからだからとしか言えない。
「よし……いいぞ、俺がお前と闘う」
「うむ……ならば命の取り合いとまではいかぬな、だがしかし真剣勝負を行わせてもらうぞ」
張り詰める空気が場の力と力が衝突していくのが感じられる。
限界を超える世界を見てしまおうと思わせられる両者。
両社の波動がお互いの魂に火をつけた。
開始の合図などなく、当潜が前に出る。
抜かれた剣は微動だにしない。
そのまま百石のごとく運河を突き抜け、盤上の駒を引っ繰り返すかのごとく、冬十朗に追いつく。
冬十朗はまだ刀を抜かない。当選が横から剣を打ちに行く。
当潜としては寸止めで終わるつもりだった。
だが、少しだけ斬りつけてもいいという残酷な感情も浮き出ていた。
だが、それすらも敵わなかった。
冬十朗が剣を視ずとも避けたのである。
眼を瞑り、そのまま剣撃の軌道を視ずに読み取ったのである。
妙な足捌きで、剣の攻撃を回避した。
当潜はそのあまりにも鮮やかな回避行動にあっけを取られた。
そしてそのまま決着がついた。
「終い……です」
「なっ……!?」
刀を瞬間的に抜いた冬十朗はその切先を当潜の顎に突き付けていた。
「あまりにも弱い……これでは命を取らないのは馬鹿らしすぎる」
そのまま刀を持ち直して、その切先を当潜に音もなく揮った。
「おい!?」
当潜はあまりにも驚愕だったのか、寸でのところで回避できたが、切先がかすった。
僅かばかりか血が出ている。
「当潜!!」
ミヤが跳びだす。そのまま当潜の前に盾になる。
「嫌なに、悪い癖が出た……少し虐めたくな」
ザクッ! 悪戯な刀がミヤに深く入る。
そのままミヤが崩れ落ちていった。
「はっ!!! 私は何を!??」
「ミヤっ!! ミヤっ!! しっかりしろ!!!」
「よくもミヤさんを!! 僕が打倒してやるあんたなんか!!」
「誤解です!! 私は意識を失いかけていたんだ信じてくれ!!」
「ミヤさんしっかりして下さい!! ヒーリング!!」
だが深手の傷は収まらずに、どんどん血が流れていく。
結局止血剤を大量に使い、マホのヒーリングとリルの気功術による治療でなんとか一命は取り留めた。
◇
俺は何もできなかった。
俺は何のためにここにいるんだ。
俺は俺は…………
「当潜っ……! 何してるんですか?」
「ミヤ……」
痛々しい左腹の傷跡が眼に見える。
包帯をグルグル巻きにしているがまだ傷は癒えてない。
俺が弱かっただけにこんな事態を招いてしまったからだ。
ミヤは悪くない。
悪いのは俺と冬十朗だ。
冬十朗はたまに可笑しくなるらしい。
体質でいつもは穏やかな性格なのに、刃を持つと変貌してしまうらしい。
だから神経を尖らしているらしいが常に。
でも刀に魅せられるらしい。
冬十朗がくれた丸薬を使ったのでミヤが大分元気になったのはお礼を言っておいた。
もとはと言えば冬十朗と俺のせいなのにな。
ミヤはゆっくりと俺に近づいて、礼の言葉を言った。
「当潜、今日はありがとう」
「どうしたんだ……俺が悪いんだぞ、ミヤの怪我は」
「私は誰も恨んだりしない。当潜も冬十朗もだ」
ミヤは少しだけ考えるような素振りを見せてまたこう言った。
「この傷は必要だったのかもしれない」
「なんでだ……?」
「それは……まだわからないとしか言えない」
「そうか……なら傷が癒えるまでここで野営だな」
「そうしましょう」
「なら、さっそくみんなで飯の準備にかかるぞ」
「冬十朗さんもですか?」
「もちろんだ、あいつも一人だと心細いだろうに」
「危険人物ですよ、刃物を持つと当潜を殺すかも」
「だったらお前が俺を守ってくれたらいいだろ」
ミヤが一瞬驚いたような表情になるが、直ぐにいつもの表情になる。
そうしてまた笑顔になって、こう言った。
「当潜なら何時までも何時までも一緒にいても、飽きない……そんな結末も用意して欲しい」
「なんだよ、それ?」
「わかんない。言ってみただけ……特に意味は無い」
「俺もお前を……ミヤを守るから……だから俺の眼の前からいなくなるなよ絶対に」
「はい! 絶対いなくなりません。絶対の絶対です! 当潜」
その後マホとリルと冬十朗と一緒に飯を食って、冬十朗にトウニチコクについての思い出話を咲かした。
剣術の師範の先生との稽古自慢や、悪代官を成敗した逸話や、鬼退治にも行ったとか。
だけど、今は国から追われている身だと言うことも教えてくれた。
十日後、俺達は51階層に転移した。
そこは赤と蒼の絨毯のような土のある天界のような花が生い茂る、場所だった。
突如、薔薇の洪水が押し寄せてきた。
それは薔薇のような絵具のようなものがあり、空には翼竜が飛んでいた。
俺達は地を駆けた。




