第8話「小夜子とリューヤ」
リューヤとビルヘルミナと小夜子はF国行きの飛行機に乗っていた。日本を離れ、F国へ向かう三人の胸中はそれぞれだった。
3人の目的はそれぞれ違う。ビルヘルミナの目的はリューヤをF国に協力させる事だったし、小夜子の目的はリューヤをF国に所属させない事と他国で起こる怪現象の情報収集だった。リューヤの目的だけが、二人とは大きく違っていた。リューヤの目的は、β能力者の背後にある存在を暴く事と、己の運命に対する疑念を晴らす事だった。クライ王国の制約を受けない訳ではないが、他の二人が国の命令を受け大きな忠誠心によってそれを遂行しようとするのに比べ、リューヤの目的は私的な面が強かった。
「日本はよくあんたのようなα能力者を、一時でも手放す事に賛同したものだな。」
リューヤは窓から見える上空からの光景をみながら、隣に座る小夜子にそう言った。
「それだけ、お前が重要な人物だと言う事だ。お前の護衛・・・・・そして場合によっては抹殺する事・・・・それが私の受けた命令だ・・・・・」
小夜子は前を向いたままそう言った。
「なるほどな・・・・場合によっては危険分子を排除する。そういう事か・・・・」
「そういう事だ・・・・・お前も心して自分の行く道を選択する事だ。私も出来ればお前を生かしておきたい・・・・・」
小夜子は鋭い目付きのまま、前を見詰め静かにそう言った。
リューヤは小夜子の方を向いて、目を細めた。
「何故、場合によっては俺を抹殺すると告げる?そういう時が来たら黙って俺の寝首を掻いた方が早い・・・・・任務遂行の障害になる・・・・」
小夜子は前を向いたまま、口元を緩め少し笑った。
「そうね。何故私が、お前にそれを告げたのか・・・・・・私にも謎だ・・・・・」
そこまで言って、小夜子は再び口元を引き締めた。
「私はお前とは正面から決着をつけたい。私の願望か・・・・・甘いな、私は・・・・・」
「・・・・あんたは不思議なオーラをしてる。苛烈で激しい反面、奇妙な温かさを感じる・・・・あんたは、あんたが思ってる程、歯車に徹しきれていない・・・・・そう感じる・・・・・・」
小夜子がリューヤの方を向く。
「いつから、占い師に職業変えしたんだ?リューヤ・アルデベータ・・・・・自分の最愛の者を自らの手で殺した男の言う事とは思えないな。」
リューヤはあからさまな不快感を顔に出した。
「ついてくるつもりなら・・・・・二度とリーンの事を口にするな・・・・・」
「お前も私の詮索などやめる事だ。私は任務を遂行する・・・・・それだけだ・・・・・」
小夜子はそう言って、再び前を向いた。そして小さく呟く。
「お前も私も、普通の幸せなど望むべくもない人間だ。」
リューヤも再び窓の外の景色に目を向けた。
普通の幸せなど望むべくもない人間・・・・・そうなのかもな・・・・・・
リューヤはそう心の中で思い。リーンを撃った瞬間を思い出した。自らの手で最愛の者を殺した人間・・・・・・・小夜子の言う事に間違いはなかった。その記憶のフラッシュバックが心臓を鷲掴みにされたような激情をリューヤの中に駆け巡らせた。いや、実際に心臓を鷲掴みにされたような肉体的な苦痛が伴った。強烈な思いは肉体そのものにも影響を与える。リーン・サンドライトを殺したと言う事実は、時間が経ったとはいえ、リューヤの中で激しい心理的外傷として残っていた。泣けど叫べど戻らないリーンの命を思い身が裂けそうになった。リューヤはその感情を必死で押さえ、何食わぬ顔で窓の外を見詰め続けた。
「顔色が悪いようね?リューヤ」
ビルヘルミナがそう言った。
「なんでもない。」
リューヤはそう言って、自分の内面にある激情を必死で押さえ込み冷静な素振りを見せることに腐心した。




