第11話「アルネシア」
「ご命令通り、リューヤ・アルデベータ、他2名を連れてまいりました。」
部屋の扉を閉めるなり、ビルヘルミナが言った。
部屋には窓はなく、ベージュに塗られた壁が四方から7人を取り囲んでいた。蛍光灯に照らされ明るい感じを醸し出そうとしている雰囲気はあるが、その試みは失敗に終っていた。窓がないせいか、室内には酷く圧迫された感覚が付きまとう。
正面に机を挟んで三人の男が座っている。机の上にはデスクトップ型のパソコンがあるだけで、余計な物は一切なかった。
「話が長くなると思うので、4人とも掛けてくれ給え。」
机の向こうの三人の中心に座る初老の男が言った。その言葉を聞いてリューヤは、この面会の為に用意されたのであろう、二つの3人掛けのソファーのうちの一つに座った。続いて西城が座り、小夜子が続く。ビルヘルミナはそれを確認してから、三人の男達に敬礼してから座った。
「ミスターリューヤ。まずは、我々の国に来てくれた事を心から感謝する。」
三人の男達のうちの真ん中に座っている男が言った。
「どうも。俺にも目的があって来た事です。あまりお気になさらずに。」
リューヤは相手の目線を真っ向から受けてそう返した。
「私の名前は、ジーマ・アレクサンドライト。我が国の治安維持の長にあたる人間だ。こちらの、軍服姿の男が、イリヤ・デラート。軍事超能力の顧問だ。そして、こちらの白衣の男がシークラット・ネイビー。超能力研究所の所長だ。」
「どうも、リューヤ・アルデベータです。」
リューヤはそう言って軽く挨拶した。
「西城 真治、クライ王国諜報部の人間です。」
「水無月 小夜子。日本の諜報部のエージェントです。」
西城と小夜子が続けて挨拶した。
「長旅お疲れだろうが、早速本題に入りたい。よろしいかな?」
ジーマがそう言った。リューヤが頷く。ジーマは写真を一枚胸から取り出し、机の上に置いた。
「リューヤ君、この男を確保するか抹殺するのに手を貸して欲しい。」
「?」
「この男は、君の国で起こったβ能力者が得たのと同じような能力を持っている。」
「!」「!」「・・・・・」
リューヤと小夜子が驚き、西城は表情を変えなかった。
「そして、始末におえぬことに、自ら隠れる事を選んだ。」
「隠れているというならそう問題はないのでは?」
「・・・・・・隠れている場所が問題だ。」
「というと?」
「表立っても危険なものだが、裏でβ能力を使われる方が始末に終えない。」
もったいぶった言い方だと、リューヤは思った。政治家と言うのは大概こんな喋り方をするのだろうか。
ジーマは顎の先をイリヤに向けて、先を言うように促した。イリヤが立ち上がり、リューヤの元に写真を渡す。
「この男は、極右人種差別グループ「アルネシア」に入り込み、その中で着々と地位を築いている。我が国の恥ずべき団体なのだが、その男のβ能力のせいで、アルネシアは肥大化してきている。今はまだいいが、この調子でいけば、いずれ国の政策にも影響を与えるようになると思われている。」
「国にとっての脅威という事か?」
「それですめばいいが、ドイツのナチスのように自らの優越性を確かめる為に戦争を起こしかねない。」
「それは国内の問題だろう。俺には関係ない。」
リューヤは苦虫を噛み潰すような表情で静かに言った。
「我が国を歴史の恥部にはしたくないのだよ。それに・・・・β能力者が関係しているとなれば、君にも無関係ではないはずだ。」
「β能力者がどんな思想を持っていようが俺には関係ないな。国内の問題は自分達の問題だろう。自分達で解決すべきだ。」
リューヤがそう言うとイリヤは怒気を孕んだ顔つきに変わり、顔を真っ赤にして机を叩いた。小夜子が身構える。
「未来を予知され、我々の作戦は悉く失敗したのだ。その上、ヤツは悪魔の知能とβ能力を使い、罪の無い市民を次々洗脳しているのだ!」
「・・・・・・あんたら詳しいが・・・・・アルネシアにスパイでも送り込めているのか?」
「どこの世界にもタレコミヤはいるのだよ。」
ジーマが静かに言い、続けた。
「あの男、ザルマ・アレクサンドライトは、私の息子であり、β研究所の脱走者なのだ。」
「自分の息子を人体実験に差し出したというのか?」
リューヤは責めるような瞳でジーマを見据える。
「あの男は、私の知らぬところで偽名と偽の戸籍を用意し、β研究所に入り込んだ。そして「全ての人間を超えたい」という目的を持ち、実際に超えた・・・・・・。正直、我々の手に負える存在ではない。」
「彼は、全ての人間に勝る事を第一と考え、我々の研究を利用し、「悪魔」と手を結んだのです。」
白衣の男、シークラット・ネイビーが眼鏡越しの視線をリューヤに向け静かに言った。ジーマ・アレクサンドライトは真剣な面持ちでリューヤを見て、白衣の男の後に続けた。
「私としては全てが公になる前に、ザルマを人としての生活に戻してやりたい。それが出来ぬならせめて人として死なせてやりたい。こう思う事は不自然な感情なのかね。」
「いや・・・・・自然な感情だよ。「悪魔」と手を結んだ男・・・・・少し興味がある。場合によってはカラクリが解けるかもしれない・・・・」
リューヤは誰に言うでもなくそう言った。
「何を言ってる?リューヤ。お前は一国レベルの問題に携わるべきじゃない。場合によっては全世界の運命を背負う男なんだ。軽々しい事は考えるな。」
小夜子が声を大にしてそう言った。
「我々のリューヤ君への依頼はここまでだ。一週間以内に結論を出して欲しい。詳しい事は君の答えがイエスだった場合に話す。取りあえず、一週間は観光でも何でもしてくれたまえ、もちろんビルヘルミナ少尉の監視付ではあるが・・・・・・」
「少し、考える時間をください。」
リューヤは静かにそう言った。