入り乱れる策謀 フローイ王館にて
夜が更けて月は中天にあり、フローイ国王の館は寝静まる手前で、静けさの中に火の後始末を呼びかける使用人の声が響いている。そんな時間帯の王の寝室に執政のマッドケウスが顔を出した。部屋の隅には気まぐれに果物を囓るリーミルの姿がある。つい先ほどまで、祖父と孫の会話とも、何かの謀略とも区別の付かない言葉を交わしていたのである。
口ごもるマッドケウスにボルススは孫娘の存在は気するなと苦笑いをして部下の言葉を促した。執政のマッドケウスは王の耳にささやいた。
「ボルスス様、謁見を願う者がございます」
「誰か」
ボルススはそう問い、執政は名を秘めたまま答えた。
「彼の者でございます」
ボルススは寝間着にガウンを羽織った。
「会おう。通せ」
マッドケウスが背後の人物に顎をしゃくって入室の許可を与えた。ボルススの寝室である。いわば、この館の策謀の子宮と呼んでも良い場所だった。ここまで足を踏み入れる人間は少ない。部屋に踏み込んできた男は頭部を覆った深いフードを脱いで顔を見せた。アトラスの近習のザイラスである。
ザイラスはボルススに進み出て片膝をついて頭を垂れた。ボルススは短く問うた。
「何か」
ザイラスはリダル王の館と変わりない冷静な声で答えた。
「リダル王がアトラス王子に后を迎える準備を進めております」
「知って居るわ。そこのリーミルをアトラスに引き合わせるつもりで居る。」
「いえ、シュレーブのエリュティア様を」
ザイラスの言葉に耳を傾けていたリーミルの眉が、別の少女の名に反応してぴくりと動いた。ボルススは首をかしげた。
「何かの間違いであろう」
「エリュティア様の教師ドリクス殿が、我が王リダルを訪問され、シュレーブとの間を取り持ちたいとお申し出になり、我が王リダルも了承されたとのことでございます」
ボルススは激怒した。自らの迂闊さについてである。
「聞いたか、マッドケウス。シュレーブの犬めらに、出し抜かれたわ」
武力には長けても政治に疎いルージ王リダルが、自分たちフローイ国の提案をさしおいて、シュレーブ国の策略に丸め込まれたと考えたのである。ただ、その怒りが自分に向くところが、陰謀家でありつつ根が明るいという妙な一面を持っている。
二重三重の陰謀があり、1つ目が破れても別の策略があるという余裕かも知れない。事実、ボルススはルージに政略結婚を申し出つつ、同時にリーミルの弟にシュレーブ貴族の娘を嫁に迎える手だてを整えていた。
先ほどから幔幕の影にいたリーミルが顔を見せ、ボルススはその孫娘に怒鳴るように言い放った。
「リーミルよ、アトラスとの話はご破算になったぞ」
「ご破産ですって? なんと、男たちの短慮なこと」
「しかし……」
「私一人でも、アトラスを陥落させて見せるわ」
「エリュティアとの話が進んでいる以上、ルージ国のリダルが我々の話を受けることはあるまい。連中は愚直なほど義理堅い」
「義理堅いなら、それを逆手に取るまでよ」
(まったく、これが男であれば)
ボルススは苦笑しつつ孫娘のことをそう思った。冷静さを保ち、次の最善の一手に頭を働かせ続けるという点では、この孫娘は自分さえ上回っているのではないかと考えたのである。
「ありがとう、また異変があれば知らせてちょうだい」
リーミルはザイラスにそう言って、その場を去らせた。彼女は弄んでいた腕輪をマッドケウスに渡していった。
「この物に見合う、いえ、その十倍の価値のある銀細工を選んでちょうだい」