入り乱れる策謀 アトラス帰宅
「水路を辿りなさい」
そんな少女の言葉に素直にしたがって、アトラスは、ルージ国王の館にたどり着いた。
「王子、我々に無断で外出されるのは困る。警護の役が果たせぬ。」
帰ってきたアトラスを見つけてそう言ったのは、近習のザイラスという男で、非難の口調を隠さず、王子との距離感を感じさせない。この口調がルージという国を象徴している。
漁村の人々が船に乗って漁場に向かう。凪や嵐に協力して立ち向かい、豊漁の時も不漁の時も、得るものは等しく分け合う。その中で、人々は自らの責任を果たす事によって対等で、船を操る船長はその判断の正しさその統率力によって人々を付き従わせるのである。
極論すれば、ルージという国は、そんな漁村を国家にまで拡大したようなものである。組織としては、酷く未熟な国家に違いない。しかし、指導者に恵まれれば、目的に向かうのにこれほど無駄を排除した組織はない。
「すまぬ」
アトラスはザイラスの非難を受けて素直に詫びた。いい訳をする必要は感じなかった。幼い頃から生活を共にし、歳の離れた兄のように感じている関係である。ザイラスは弟を見守るようにそれ以上の非難を避け、アトラスを居室に導いた。
「我らが王子のお戻りだ」
ザイラスは部屋の中の少年たちに声をかけた。アトラスは部屋に入るや否や顔ぶれを見て親近感を込めて三人の名を呼んだ。
「オウガヌ、テウスス、ラヌガン。お前たちも到着したか」
少年が一人ふくれっ面で不満を露わにしつつ抗議した。
「我らが王子よこのスタラススの名をお忘れか?」
「おおっ、お前も来たのか」
四人の少年の年齢はアトラスと大差がない。アトラスと共に寝起きを共にするように育てられた若者たちである。やがて、王になるアトラスを支えるべく、リダル王がアトラスにつけた側近である。ザイラスを伴ってシリャードにやってきたアトラスから一歩遅れてたどり着いたのである。
「我らが王とは」
オウガヌか尋ね、アトラスはため息をつくように言った。
「まだ面会ができぬ」
「よそ者とは面会しているというのに、一人息子のアトラスと顔を合わさぬとはどういう事だ」
「我らが王を批判するのは差し控えよ」
年長のザイラスがそんな言葉でテウススの疑問を封じた。
アトラスが尋ねた。
「よそ者?」
「シュレーブのドリクス殿が、我が王に表敬訪問においでになった」
「ドリクス? 聞いたことのない名だな」
「さもあろう、議会にも軍事にも関わりがない。我々が名を知る人物ではない」
「名もない人物が、我が王と謁見できるものか」
「わけは知らぬよ。ただ、エリュティア様の教師ということだ。」
名を知られていないと言うこと、ただの教師としての肩書きは、密談を交わすのに適しているのである。この時期、ドリクスという人物がシュレーブ国王女の教師であると同時に、稀代の策謀家であることを知るものは少ない。