アトランティス分裂 シュレーブ
ルードン河を下ったアトラスと反対に、エリュティアは喫水の浅い川船でルードン河をさかのぼって帰国の途についていた。シリャードの辺りでは大河にも見えたルードン河も、シュレーブ国の都パトローサの辺りまでさかのぼると水量も減り、流れが緩やかになり川幅が狭くなって浅瀬や入り江になった川岸の葦が茂る光景が広がる。芦原をすみかにする小鳥たちの鳴き声が響き渡っていた。エリュティアたちが乗る川船を岸で曳いていた馬や人足も姿を消し、今は船の船尾と船首で竿を操る船頭が船を操っているのみである。雰囲気は穏やかで、エリュティアが河を下ってシリャードに向かったときと違うのは、彼女の父親のシュレーブ国王とその側近が共に乗船していることである。
都に近い岸辺の桟橋で船から下りたエリュティアたちを、シリャードから陸路、早馬で都に届いた意外な連絡が待っていた。
「ルージ国、謀反。謀反人どもを討つために兵を挙げよ」というのである。
それを聞いたシュレーブ王は、一瞬、驚きの様子も見せたが、ほとんど間をおかずに即答した。
「話は承った。急ぎ戻って、最高神官の者たちに、そう伝えられよ」
国王はそう短く言って使者を追い返すように去らせた。その後ろ姿を見送りながら、国王は怒りや悲しみや焦燥の感情を織り交ぜた表情を浮かべた。神帝は彼の実の兄である。その兄を殺害した者への怒り、兄が亡くなったという悲しみ、そして国王としての決断を下した。
「千載一遇の好機ぞ」
国王ジソーは傍らに控えていた謀臣ドリクスにそう言った。兄の死によって、この大地は再び戦乱に巻き込まれる。王としては兄の死を悲しむより、この機に乗じて勢力拡大を図るべきだと考えるのである。心の底に怒りもわいていたが、避けられない不条理な運命に対する感情で、リダル王やアトラスに向けられたものではなかった。
その心を読むようにドリクスが言った。
「この機を逃してはなりません。ただ、この詔が我がシュレーブとフローイにのみ布告されたというのは、不可思議な話です」
「最高神官の者どもの仕業か?」
神帝殺害の本当の犯人は、詔に記されたルージ国の者ではなく、神帝の側近の謀反を見抜いているのである。ドリクスは無言のまま頷いた。ただ、国王と謀臣の腹づもりは決まっていた。ここは、精兵を率いてシリャードに向かい、兵を背景にロゲルスゲラどもに事の次第を追求し、不正があれば暴いて、ロゲルスゲラを排除しつつ、その功績を持って、次の神帝の座を狙う。もう一つは、詔に従ってフローイと共にルージとルージに与する国を討ち、領土拡大をする。二人はアトランティスに覇を唱えるために、六神司院の者どもを除くことより、まずルージ国を潰す事を選んだのである。
エリュティアは状況はよく分からないものの、突然に漂った殺気や怒気のこもった雰囲気に怯えて侍女に身を寄せながらも、男たちの言葉の中からこの状況を読み取って呟いた。
「神帝がお亡くなりに? 殺させたのは、あの方?」
この時、彼女の心はまだ幼く、どろどろとした権力争いなど理解できていない。ただ、不安に涙ぐんで震えていただけである。
その同じ知らせは数日の時を経てフローイ国にももたらされるはずだった。




